if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

「ん゙、そろそろだな……」

正午より少し前、腕時計を見たスクアーロは立ち上がって、自分の装備を確認する。

「何してるのな?」
「あ?今から来る奴が、毎回会う度に攻撃してくるからな。とりあえず最低限の抵抗が出来るようにだな……」
「……どんな奴なのな、それ?」

どんな奴……。
そう聞かれて考え込んだスクアーロは、途切れ途切れに答える。

「見た目は……活発そうな、女の子、だが……中身は化け物だな。腕を1つ振るえば、敵は呆気なく凪ぎ払われ、奴に敵うものは、裏世界にもそうそういないだろう」
「なんか、凄そうな奴だな」
「……まあ、そうだな」

凄そうな奴、でも、凄い奴、でもなく、スクアーロから見れば裏世界の奴らなど、もれなく全員、ただの化け物である。
出来ることなら会いたくなかった。
会わずに済むなら、やもうこのまま帰りたい。
だが出夢はあくまで殺し名序列第一位匂宮の殺し屋で、序列第三位零崎と必要以上に深く関わるのは好ましくないはず。
だからやっぱり、スクアーロが山本を零崎まで送り届けるしかないのだ。
そのためには、会って、話して、聞かなければならないわけで。
そう考えると、溜め息が止まらなかった。
ああ、帰りたい。

「はあー……」
「んーと、なんか、ごめん?」
「お前は悪くねーよ」

申し訳なさそうな山本にヒラヒラと手を振って、もう一度時計を確かめる。
12時1分前。
そしてスクアーロの耳が、こちらに近付いてくる足音を捉えた。
時刻的には待っていたはずの相手。
だがおかしい。
もし出夢なら足音なんて立てないし、理澄ならもっと騒がしい足音になるだろう。

「……まさか!!」

スクアーロの頬に、たらりと汗が伝う。
一人だけ、自分の知り合いで、こんな自信満々威風堂々とした足音を立てて歩く人物に心当たりがあった。
平穏や安心とはかけ離れた、スクアーロにとっての災厄の種でしかない、最強の女性。

「チャオチャオ、スクたーん!久しぶりじゃねーか、うん?スクたんのあつーぅい要望でこのあたしが来てやったぜ!!」
「なっ、なっなな、なっ……!!なんでお前がいるんだぁぁあ!!?」

山本が見たのは、生い茂る木々の間から飛び出してスクアーロに向かって飛び掛かる真っ赤な影。
そして絶叫してその影から逃げ出したスクアーロだった。



 * * *



「そうかそうか……この間日本に来た時にあたしと会えなかったのが、そんなに寂しかったのか?うん?この寂しがり屋さんめ♡」
「ひとっ!こともっ!言ってねぇ!!」
「安心しろってスクたん。あの時は仕事が忙しくて会いに行けなかったけど、その分まで今から存分に可愛がってやるからな」
「いらねぇ!」

例え、スクアーロが速さに自信があろうとも、人類最強には敵うはずもなく、数分後には、地面に仰向けに押し付けられ、哀川潤にマウントポジションを取られたスクアーロがいた。

「なんで出夢への依頼にお前が絡んでくるんだぁ!?」
「『おつースクアーロ、悪いけど僕と理澄は仕事があっていけなくなっちゃってさー。ぎゃはは、代わりに人類最強に情報を届けるように頼んでおいたから、精々頑張ってくれよな。ぎゃはははは!』っとのことだぜ」
「くそっ、相変わらず声帯模写が上手いなこのヤロー!!」

何とか抜け出そうと体をくねらせながら、必死の抵抗を見せるスクアーロだったが、人類最強の前には全てが無意味である。
そして一人置いてけぼりを食らっている山本は、何とか首をよじって二人の姿を認める。

「ちょっ!スクアーロ!?」
「あん?お前が生まれたての零崎か?あたしのスクたんに迷惑かけるたぁ、良い度胸してるじゃねーか」
「今一番迷惑かけてんのはテメーだろうがぁ!!」

喧嘩腰に山本にメンチを切る哀川潤に、彼女の下から必死のツッコミが入る。
しかし哀川潤はそんな健気な抵抗など意にも介さず、自分の下に敷かれているスクアーロをざっと見て顔を顰める。

「しっかし、スクたん。またそんな可愛いげのねー格好してんのか?上から下まで黒尽くめじゃん」

哀川潤の言う通り、スクアーロは確かに『可愛いげのねー格好』である。
黒の厳つい安全靴に、これまた黒いジーンズ、そのジーンズの股下まである大きめのサイズの黒のパーカー。
そして色のせいで目立つ髪と目を隠すためか、サングラスとニット帽を着けている。
ちなみにもちろん色は黒。
ついでに言えば、パーカーの下には体型を隠すためのプロテクターやら仕込み武器、その他様々なアイテムが仕舞い込んであるのだが、それを見た哀川潤は、不満そうに眉をひそめてごそごそとスクアーロの服をまさぐる。

「またこんなに武器隠してよー。いや、そんなスクたんも好きだけど、やっぱりスクたんには可愛い格好してもらいたいわけよ」
「おまっ、どこに手ぇ突っ込んで……!!うぎゃっ!?離せぇ!!」

服をまさぐりながら少しずつ脱がそうとされて、スクアーロの抵抗もいっそう強まる。
それでも哀川潤はびくともせず、結局なされるがままに脱がされるスクアーロ。
山本も慌てて顔を背けて目を瞑ったが、視覚は閉じられても、手を塞がれている以上聴覚までは閉じられない。

「本当にやめろっ……うわっ!オイそれオレの通信機……ああ!?何通信機壊してんだテメッ!!……ちょっ、ちょちょ、ちょっと待てバカそこはダメ、クッ……う、や、止めろっつって……ヒッ!」
「あ、その顔良いなー。折角だからこのままこっちの服に着替えようなー」
「うぁ……いい加減にっ、しろ!は、離せって言ってんだろぉがぁ!!ちょっ、寄るな触るな止めろ昂るなぁあ!!」

山本がいたたまれない気分になりながら聞いたのは、いつもならあり得ないスクアーロの悲鳴、楽しそうな哀川潤の声、そして、恐らくスクアーロが暴れる音と、布の擦れる音だった。

「あのスクアーロが襲われてるのな……」

少し頬を赤らめて、山本は今朝別れを告げたばかりの少年に、心の中でSOSを送ったのだった。
ツナ、オレ、裏世界で上手くやっていく自信がないのな……。
実際には哀川潤は分類上一般人であることも、彼女が裏世界の人々からも恐れられていることも、まだまだ知らない山本は、スクアーロが解放されたときにしっかり労ってやろうと心に誓ったのだった。
16/90ページ
スキ