if群青×黒子、違う世界の人たち
静かに走るバイクの上で、黄瀬は目の前の人物について考えていた。
白銀の髪の毛は、黒いヘルメットの下に隠されて見えない。
しかし、黒い後ろ襟の中にチラチラと覗く後れ毛は、確かに銀色をしていて、自分がしがみついてる人が、本当にあの怖い顔の男なのだと、理解させてくれた。
理解なんて、したくもなかったが。
「あの……」
「口閉じてろぉ。舌噛むぞ」
「……はいっス」
何を聞いても答えてくれない。
ため息を吐きながら、彼に言われた通りに口を閉じた。
夜中少し出歩いただけでこんなことになるなんて……。
黄瀬の後悔は尽きないが、スクアーロは気に掛ける様子もない。
下に何か着ているのか、ゴツゴツとする背中は、彼と外界を固く阻む壁のようだ。
何故、こんな真夜中に、男の腰にしがみついてタンデムなんてしなければならないのか。
初めの方は、怖くて怖くて仕方がなかったが、こうも長く移動時間が続くと、だんだんとイラついてくる。
「ねぇちょっと!いつまでこうして走ってるつもりなんスか!?」
「すぐにつくぜぇ。……お゙ら、見えてきた」
「え?」
思わず怒鳴って聞いた黄瀬に、スクアーロはようやくそう答えた。
スクアーロの肩越しに目の前の景色を見た黄瀬が、はっと息を飲む。
「うわ……、海……?」
「お゙う、良い景色だろぉ」
目の前に広がっていたのは、満月の光に照らされて輝く、真っ黒な夜の海だった。
二人の乗ったバイクは、海を見渡せる小さな高台で停止する。
バイクから降りた黄瀬は、ぼうっとする頭でその景色を眺める。
水平線が、夜空と交わって曖昧に見える。
墨をこぼしたような、という表現が、ピッタリと当てはまるような、深い深い黒。
月の光と、それを照らし返す海面だけが、銀色に輝いている。
「あそこに自販機がなけりゃ、最高なんだがなぁ」
至極残念そうにそう言う、スクアーロの視線を辿ると、確かに高台の端に、ポツンと寂しげに立つ自動販売機がある。
この幻想的な風景に、確かにあの人工物は似合わない。
「おい」
「え?……うわっ!!」
唐突に、スクアーロが黄瀬に何かを投げ渡してくる。
慌ててキャッチしたのは、何の変哲もない500円玉だった。
「これ……?」
「好きなもん買ってこい」
「は?」
「ダッシュ」
「は、はいっス!!」
言われた通り、素直に走って自販機に駆け寄り、適当な飲み物を2本選ぶ。
コーヒーで良いかな、と考えて、無糖の缶コーヒーと、自分用に暖かいココアを買う。
2つを持って戻ると、スクアーロはベンチに座ってケータイを弄っていた。
「あの、買ってきたっス……」
「……あ゙あ?オレのも買ったのかぁ?」
「え、いらなかったっスか?」
「……いや、もらう。ありがとよ」
スクアーロの隣に腰を落とし、黄瀬は持っていたコーヒーを手渡す。
ふっと口元を緩ませたスクアーロを見て、少し意外に思った。
この人、ちゃんと笑うんだな、なんて。
カコッとプルタブを開ける音が2つ。
揃って缶を傾けながら、夜の海を眺める。
「……あの、なんでオレの事、ここに連れて来たんスか?」
長い沈黙を破って、黄瀬が口を開いた。
コーヒーを一口飲んでから、スクアーロは徐に話し出した。
「……オレは、遠回しに話すのとかは苦手でなぁ」
「……はい?」
「お前、保護した奴らの中でも、同じ学校の仲間が一人だけいなかっただろぉ」
「は、はあ……」
「寂しいんじゃねぇのかと、思ってなぁ」
「……オレがっスか?」
「勘違いなら、それはそれで構わねぇがぁ、まああれだぁ、気晴らしにでもなれば良いと思って連れてきた」
「き、気晴らし……」
何をされるのか、ドキドキしていたというのに、まさかただ気晴らしの為に連れてこられたとは……。
「ここに来るとよぉ、なんか落ち着ける気がするから、まあこれ以上ストレス溜める前に、発散しておけって事だぁ」
「そう、だったんスか……。……意外と優しいんスね」
「そんなんじゃねぇよ。オレ達には、お前らを護る責任がある。もちろん、心身共にだぁ」
「責任……スか?」
「あ゙あ、だからお前も、嫌なこととか、辛いこととか、そんなんがあったら、気にせず吐き出せ。オレに出来ることは少ねぇだろうが、出来る限りは、力になる」
「嫌なこととか、辛いこと……っスか」
そんなこと、たくさんある。
残ったココアを飲み干して、海に向かって文句を吐く。
「嫌なことばっかりっスよ。いきなり知らないところ連れてこられて、命狙われてるなんて知っちゃって、あんな化け物がまた襲ってくるかもって思ったら、怖くて夜も眠れねぇっス」
「はっ……、だろうなぁ」
「助けてくれたことには感謝してるっスけど、でもあんた達みんな、なんか怖いし。って言うか、転校生とか何とかって言って、オレ達のこと騙してたんだって思うと、スゲーイラつく」
「そうだなぁ、騙してたな」
「いつもなら、あのまま家帰って、いつもみたいに学校に行って部活して、休みの日にはモデルの仕事して」
「あ゙あ」
「……なのに、突然全部取り上げられた」
「……」
「オレ、帰りたいっス……」
『帰りたい』と、そう言った黄瀬の声は、掠れていて頼りなく、瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
「親に会いたい、姉ちゃん達に会いたい、先輩に会いたい……!」
「……」
「みんなは、良いっスよね!友達とか、先輩とかと一緒に連れてこられてて!!なんかオレだけ、仲間外れにされてるみたいっスよ……!皆にそんなつもりがないの、わかってるけど、どうしてもそう思っちゃって……!」
「……」
「あんたの、言う通りっス……。寂しいし……、苦しくて、辛いっス……。でもみんな我慢してるから、こんなこと言えないって……!言っちゃダメだって……」
項垂れて、地面を見る。
涙のせいでぐにゃぐにゃと歪む地面には、黄瀬自身のスニーカーと、ゴツくて黒いブーツが並んでいた。
並んだ靴のサイズが、思ったよりも小さく見える。
そう言えば、バイクに乗ってたときにも思ったが、彼は思っていたよりも小柄らしい。
突然、黄瀬は頭に僅かな重みを感じる。
「言って良い。好きなだけ言え」
「は……」
「オレ達に言いたくないことはダチに話せば良いし、ダチに聞かれたくないことは、オレ達に吐き出せ」
わしゃわしゃと、頭を撫でられる。
ボタボタと地面に落ちていった涙が、染みを作っているのが見える。
「う……うぁあ……っ」
「オレの胸でも貸してやろうかぁ?」
「男の胸なんてっ……ひぐっ、いらねっスよ……!」
「そうかよ」
泣きじゃくる黄瀬の背を撫で、スクアーロはぼんやりと海を見渡す。
この様子じゃあ、他の奴らも相当ストレス溜め込んでそうだなぁ、なんて考えて、思わず眉間に力が入る。
左手でグリグリと揉み解して、眉間のシワを伸ばす。
「ふぐっ……、顔ぐちゃぐちゃっス……」
「あ゙ーもう、きったねぇなぁ。ちゃんと拭け」
「うぶぶっ!痛いっスよ!!」
モデルとは思えないほど、ぐちゃぐちゃになっている黄瀬の顔を、スクアーロはハンカチで乱暴に拭う。
ハンカチはそのまま渡して、再びヘルメットをかぶる。
「ゔお゙い、帰るぞぉ」
「はいっス!」
投げ渡されたヘルメットを受け取り、バイクに跨がる。
ここに来る前よりも、確実に軽くなった心。
黄瀬は明るく笑うと、目の前の人物に話し掛けた。
「スクっちって、見た目よりずっと優しいんスね!!」
「……スクっち?」
「オレの親愛の証っス!」
「……あ゙ー、まあ、良いか」
明るくなったのは良いが、このノリは少しウザいな、という心の内は知らず、帰りは楽しそうに景色を眺めている黄瀬に、スクアーロは遠い目をしたのだった。
白銀の髪の毛は、黒いヘルメットの下に隠されて見えない。
しかし、黒い後ろ襟の中にチラチラと覗く後れ毛は、確かに銀色をしていて、自分がしがみついてる人が、本当にあの怖い顔の男なのだと、理解させてくれた。
理解なんて、したくもなかったが。
「あの……」
「口閉じてろぉ。舌噛むぞ」
「……はいっス」
何を聞いても答えてくれない。
ため息を吐きながら、彼に言われた通りに口を閉じた。
夜中少し出歩いただけでこんなことになるなんて……。
黄瀬の後悔は尽きないが、スクアーロは気に掛ける様子もない。
下に何か着ているのか、ゴツゴツとする背中は、彼と外界を固く阻む壁のようだ。
何故、こんな真夜中に、男の腰にしがみついてタンデムなんてしなければならないのか。
初めの方は、怖くて怖くて仕方がなかったが、こうも長く移動時間が続くと、だんだんとイラついてくる。
「ねぇちょっと!いつまでこうして走ってるつもりなんスか!?」
「すぐにつくぜぇ。……お゙ら、見えてきた」
「え?」
思わず怒鳴って聞いた黄瀬に、スクアーロはようやくそう答えた。
スクアーロの肩越しに目の前の景色を見た黄瀬が、はっと息を飲む。
「うわ……、海……?」
「お゙う、良い景色だろぉ」
目の前に広がっていたのは、満月の光に照らされて輝く、真っ黒な夜の海だった。
二人の乗ったバイクは、海を見渡せる小さな高台で停止する。
バイクから降りた黄瀬は、ぼうっとする頭でその景色を眺める。
水平線が、夜空と交わって曖昧に見える。
墨をこぼしたような、という表現が、ピッタリと当てはまるような、深い深い黒。
月の光と、それを照らし返す海面だけが、銀色に輝いている。
「あそこに自販機がなけりゃ、最高なんだがなぁ」
至極残念そうにそう言う、スクアーロの視線を辿ると、確かに高台の端に、ポツンと寂しげに立つ自動販売機がある。
この幻想的な風景に、確かにあの人工物は似合わない。
「おい」
「え?……うわっ!!」
唐突に、スクアーロが黄瀬に何かを投げ渡してくる。
慌ててキャッチしたのは、何の変哲もない500円玉だった。
「これ……?」
「好きなもん買ってこい」
「は?」
「ダッシュ」
「は、はいっス!!」
言われた通り、素直に走って自販機に駆け寄り、適当な飲み物を2本選ぶ。
コーヒーで良いかな、と考えて、無糖の缶コーヒーと、自分用に暖かいココアを買う。
2つを持って戻ると、スクアーロはベンチに座ってケータイを弄っていた。
「あの、買ってきたっス……」
「……あ゙あ?オレのも買ったのかぁ?」
「え、いらなかったっスか?」
「……いや、もらう。ありがとよ」
スクアーロの隣に腰を落とし、黄瀬は持っていたコーヒーを手渡す。
ふっと口元を緩ませたスクアーロを見て、少し意外に思った。
この人、ちゃんと笑うんだな、なんて。
カコッとプルタブを開ける音が2つ。
揃って缶を傾けながら、夜の海を眺める。
「……あの、なんでオレの事、ここに連れて来たんスか?」
長い沈黙を破って、黄瀬が口を開いた。
コーヒーを一口飲んでから、スクアーロは徐に話し出した。
「……オレは、遠回しに話すのとかは苦手でなぁ」
「……はい?」
「お前、保護した奴らの中でも、同じ学校の仲間が一人だけいなかっただろぉ」
「は、はあ……」
「寂しいんじゃねぇのかと、思ってなぁ」
「……オレがっスか?」
「勘違いなら、それはそれで構わねぇがぁ、まああれだぁ、気晴らしにでもなれば良いと思って連れてきた」
「き、気晴らし……」
何をされるのか、ドキドキしていたというのに、まさかただ気晴らしの為に連れてこられたとは……。
「ここに来るとよぉ、なんか落ち着ける気がするから、まあこれ以上ストレス溜める前に、発散しておけって事だぁ」
「そう、だったんスか……。……意外と優しいんスね」
「そんなんじゃねぇよ。オレ達には、お前らを護る責任がある。もちろん、心身共にだぁ」
「責任……スか?」
「あ゙あ、だからお前も、嫌なこととか、辛いこととか、そんなんがあったら、気にせず吐き出せ。オレに出来ることは少ねぇだろうが、出来る限りは、力になる」
「嫌なこととか、辛いこと……っスか」
そんなこと、たくさんある。
残ったココアを飲み干して、海に向かって文句を吐く。
「嫌なことばっかりっスよ。いきなり知らないところ連れてこられて、命狙われてるなんて知っちゃって、あんな化け物がまた襲ってくるかもって思ったら、怖くて夜も眠れねぇっス」
「はっ……、だろうなぁ」
「助けてくれたことには感謝してるっスけど、でもあんた達みんな、なんか怖いし。って言うか、転校生とか何とかって言って、オレ達のこと騙してたんだって思うと、スゲーイラつく」
「そうだなぁ、騙してたな」
「いつもなら、あのまま家帰って、いつもみたいに学校に行って部活して、休みの日にはモデルの仕事して」
「あ゙あ」
「……なのに、突然全部取り上げられた」
「……」
「オレ、帰りたいっス……」
『帰りたい』と、そう言った黄瀬の声は、掠れていて頼りなく、瞳にはうっすらと涙が滲んでいた。
「親に会いたい、姉ちゃん達に会いたい、先輩に会いたい……!」
「……」
「みんなは、良いっスよね!友達とか、先輩とかと一緒に連れてこられてて!!なんかオレだけ、仲間外れにされてるみたいっスよ……!皆にそんなつもりがないの、わかってるけど、どうしてもそう思っちゃって……!」
「……」
「あんたの、言う通りっス……。寂しいし……、苦しくて、辛いっス……。でもみんな我慢してるから、こんなこと言えないって……!言っちゃダメだって……」
項垂れて、地面を見る。
涙のせいでぐにゃぐにゃと歪む地面には、黄瀬自身のスニーカーと、ゴツくて黒いブーツが並んでいた。
並んだ靴のサイズが、思ったよりも小さく見える。
そう言えば、バイクに乗ってたときにも思ったが、彼は思っていたよりも小柄らしい。
突然、黄瀬は頭に僅かな重みを感じる。
「言って良い。好きなだけ言え」
「は……」
「オレ達に言いたくないことはダチに話せば良いし、ダチに聞かれたくないことは、オレ達に吐き出せ」
わしゃわしゃと、頭を撫でられる。
ボタボタと地面に落ちていった涙が、染みを作っているのが見える。
「う……うぁあ……っ」
「オレの胸でも貸してやろうかぁ?」
「男の胸なんてっ……ひぐっ、いらねっスよ……!」
「そうかよ」
泣きじゃくる黄瀬の背を撫で、スクアーロはぼんやりと海を見渡す。
この様子じゃあ、他の奴らも相当ストレス溜め込んでそうだなぁ、なんて考えて、思わず眉間に力が入る。
左手でグリグリと揉み解して、眉間のシワを伸ばす。
「ふぐっ……、顔ぐちゃぐちゃっス……」
「あ゙ーもう、きったねぇなぁ。ちゃんと拭け」
「うぶぶっ!痛いっスよ!!」
モデルとは思えないほど、ぐちゃぐちゃになっている黄瀬の顔を、スクアーロはハンカチで乱暴に拭う。
ハンカチはそのまま渡して、再びヘルメットをかぶる。
「ゔお゙い、帰るぞぉ」
「はいっス!」
投げ渡されたヘルメットを受け取り、バイクに跨がる。
ここに来る前よりも、確実に軽くなった心。
黄瀬は明るく笑うと、目の前の人物に話し掛けた。
「スクっちって、見た目よりずっと優しいんスね!!」
「……スクっち?」
「オレの親愛の証っス!」
「……あ゙ー、まあ、良いか」
明るくなったのは良いが、このノリは少しウザいな、という心の内は知らず、帰りは楽しそうに景色を眺めている黄瀬に、スクアーロは遠い目をしたのだった。