if群青×黒子、違う世界の人たち

ロビーへと向かった少年達の背を見ながら、スクアーロは綱吉に話し掛ける。
その様子は、少し疲れているようだった。

「沢田ぁ、オレは一度イタリアに帰る。向こうの様子を確認して……ヴァリアーの様子も確かめておきてぇ」
「……XANXUSの事が気になるって、素直に言えば良いのに」
「う、うるせぇな……」

まあ、彼女にしては珍しく、だいぶ長い間XANXUSと離れていた。
そんなに長い間、敬愛する主と離れていては、一度で良いからその顔を見に戻りたい、そう思うのは納得だ。
そんなことを考えたのは獄寺である。
主を慕っているという、その一点においては、彼女に対して共感できるのだ。

「良いよ……って、言ってあげたいんだけど、ゴメン、まだイタリアには帰してあげられない」
「あ゙あ!?」
「怪我したでしょう、スクアーロ。それに、今イタリアに帰るのは危ないよ。敵も、赤司君達を逃したせいで焦ってる。何をしてくるのか、わかったもんじゃないんだから……」
「っ……!チッ、わかったぁ。しばらくはここで、大人しくしている」

グシャグシャと頭を掻き回して、被っていたウィッグを外したスクアーロの背に、怪我の治療をちゃんとするようにと声をかける。
振り向かないまま、手をあげて答えたスクアーロは、黒子達とは別の道を行く。
恐らく、自分の部屋で治療をするつもりなのだろう。

「そう言えば、彼らの周囲の人達にはちゃんと誤魔化せたのかな?」
「それなら、さっきマーモンから無線で連絡が入ってました。上手くやったみたいっすよ」
「そっかぁ、良かった!獄寺君もお疲れ様。今日はゆっくり、休まないとね」
「はいっす!」

綱吉達もロビーへと向かって歩き出す。
そこには、スクアーロ以外のバスに乗っていた面々が集まっていた。


 * * *


「一先ず、お前らに害意がないということは分かったのだよ」

ロビーに集まった者達の中で、初めに口を開いたのは緑間だった。
気に食わない、という感情を、顔の全面に押し出しながら、白蘭に向けて言葉を投げる。

「だが、オレ達が襲われて、他の人間が襲われない、その違いがわからん。ただの高校生を、そのマフィアとか言う奴らが、何故欲しがるのだよ」
「真ちゃんのどこがただの高校せ……あ、ごめんなさい黙ってる」
「ふんっ」

水を差してきた高尾に、緑間は鋭い視線を向けて黙らせる。
だが、確かに、おは朝信者で語尾がなのだよ、更にキセキなんて呼ばれる程のバスケ選手である彼を普通とは呼ばない、という事は、その場にいる緑間以外の全員の総意である。
ちょっとだけ肩を竦めて、白蘭は彼の問いに答えた。

「言ったでしょ、敵は君達の身体能力を買ってるんだって。ちなみに他の人間に手を出さないのは、沈黙の掟のせいさ」
「おめるた?」
「そ、沈黙の掟(オメルタ)♪裏社会の掟なんだけどね。表の人間に、裏のことをむやみやたらに知らせるようなことをしたり、表の人間を引っ張り込むようなことをしたら、問答無用で裁かれるのさ。どんな制裁が与えられるのかは……ふふ、知らない方が良いだろうね」

白蘭の言葉を聞いて、次に疑問を口にしたのは赤司だった。

「ならばオレ達に手を出すのも、違法なんじゃないのか?」
「それは……」
「君らを頷かせた上で、君ら以外の人間が巻き込まれず、二度と表に帰すことがなければ、黙認されてしまうんだよ、赤司君」
「……綱吉、無事だったんだね」
「うん、まあね」

赤司の問いに答えたのは、後からその場に現れた綱吉で、一瞬赤司に笑顔を見せた彼は、しかしすぐに顔を不快げにしかめて話し出す。

「相手はあくまで、君達の勧誘、って名目で動いているんだ」
「あれが?随分と乱暴な勧誘があったもんだね」
「うん、本当に、ね……」

綱吉の頭の中には、自分の友人を強引にマフィアへと勧誘した、家庭教師の顔が浮かんでいる。
あれでも相当なモノだと思うが、今回のはそれを優に上回る。

「そこにいる山本は……」
「ん?オレ?」
「……野球と剣の名手で、そしてオレの家庭教師曰く、天性の殺し屋、なんだって。中学の頃に、本人の自覚がない内に巻き込まれて、マフィアの一員にされた」
「え……?」

赤司が目を見開いて、山本を見る。
山本は困ったように頭を掻いて、いつもよりも慎重な声音で話した。

「オレは別に、後悔はしてねぇぜ。ダチの為に、戦ってたって、ただそれだけの事なんだもんな」
「……ありがとう、山本。赤司君、ここには、色んな人がいる。マフィアに人体実験されて憎んでる人、優れた才能を持ちながらも、マフィアの世界に身を落とした人、マフィアでありながら、マフィアを嫌ってる人、……マフィアとしての誇りをもって、君達を助けるために戦っている人」
「……マフィアだらけ、ですね」

黒子の素直な感想に、皆が頷く。
マフィア、マフィア、マフィア……ここは裏社会。
赤司は、背中に冷たいものが這うような感覚を覚えて、手を強く握り締めた。

「……恐い、よね」
「そんなことは……」

ない、と、ハッキリと口にすることは出来なかった。
恐くないハズがない。
目の前にいる彼らは、人殺しかもしれないのだから。
だが赤司の思考は、自分の背後から突然現れた手に中断させられる。
その手は赤司の背中を力強く叩くと、彼の血のように赤い髪を掻き回した。

「怖かねぇだろぉ。そこにいるガキどもは、誰も殺さずにテメーら守りてぇなんて抜かす、甘っちょろいだけのカスなんだからなぁ」
「スクアーロ!」
「あなたは……あれ?」
「せ、先生……髪が!」

赤司の背を叩いたのはスクアーロで、その声を聞いて振り返った少年達は、彼女のその姿を見て愕然と口を開いた。
銀糸の長い髪は腰よりも下の位置で揺れていて、長い前髪の隙間から覗く瞳は、淡い銀灰色の不思議な光彩を持っている。
集まる視線に、少し気まずそうにしながら、スクアーロは軽く咳払いをする。

「オレなんかとは違って、ソイツらはただのクソガキだぁ。テメーらと、大して違わねぇ」
「……容姿まで、偽っていたんですね、スクアーロさん」
「黒子君……スクアーロは……」
「しし、オレ達にゃ後ろ暗いことが山程あんだよ。本名に素顔で娑婆に潜り込んでたら、命が幾つあってもたんねーのっ」
「……そういうわけだぁ。狙われるんだよ、このままの格好で潜入なんてするとなぁ」
「クハッ、業が深いですからねぇ、ガットネロは」
「骸、余計なこと言わない!とにかく、スクアーロは危険を侵してまで学校に潜入してくれたってことだよ!」

皮肉っぽく言った骸の言葉に、綱吉は怒ったようにそう言った。
業が深い、という言葉に、黒子達は少し怯えたようだった。
スクアーロ自身は、彼らの様子を気にしてはいないようだったが、綱吉は不安そうに彼らの様子を見ていた。

「とにかく、なるべく早くテメーらを狙う敵を倒して、元の場所に返してやる。しばらくは、ここで我慢して待ってろぉ」
「もう!なんで皆命令形で話すのかな!?」

怒ったように言った綱吉を置いて、スクアーロは踵を返して部屋を出ていく。
……こうして、彼らの波瀾の生活が幕を開けたのである。
と言っても……。

「えっと、地下14階にはバスケとかも出来る運動場もあるし、他に何か不便なこととかがあったら、遠慮なく言ってください」
「よっしゃあ!おい、バスケしに行こうぜ!」
「1on1しようぜ!」
「僕も行きます」
「ズルいっス!オレも青峰っちとバスケしたい!」
「ねー、なんかお菓子ないのー?」
「この自由人どもが……!」
「落ち着けって真ちゃん!オレ達もバスケしに行こーぜ!」

そんなに心配することはないのかもしれない、と、綱吉は思い、少し安心して肩を落としたのだった。
……それはただの、空元気かもしれなかったが。
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