if群青×黒子、違う世界の人たち

フィールド形成用匣・村雨。
それはここ2年の間に開発された新型匣の内の1つだ。
自身のいる場所を中心に雨を降らせる、言うなれば天候操作を可能にする匣。
幸いなことにその匣は、屋内外問わず発動出来る代物であった。
館内がびちゃびちゃになるが、そんなことで文句を言っている余裕はない。
鼠のキメラなら、嗅覚が敏感なはず。
雨の炎で臭いを隠しながら、日向を連れて男子更衣室の中に隠れたスクアーロは、腰を抜かしてへたり込む彼の頬をぺちぺちと叩いた。

「おい、しっかりしろ」
「あ……あんた何者だよ……。普通、男子高校生小脇に抱えて、あんなスピード出せねぇだろ……」
「しっかりしろ。今からあの男をどうにかしてくる。その間、ここから絶対に動くなよ」
「は、はい……。……って!オレ一人ですか!?」
「すぐに戻る。ほんの少しの間だぁ。それに、ボディーガードを付けてやる」

スクアーロはそう言うと、持っていた匣の1つを開匣する。
現れた1羽のカラスを腕にとまらせ、驚きに目を見開く日向に見せた。

「いざとなったら、コイツがお前を助ける。持っておけ」
「か、カラスが……匣から……!」
「時間がねぇ。悪いが、オレはもう行くぞぉ」
「ま、待ってくれよ……!」

一人、慣れない場所から動かないように言われて、おかしな化け物に追い回され、日向の精神は疲労しきっていた。
ただでさえ、試合後で疲れているだろうに、こんな事になって正気でいられるら訳がない。
それでも、今はそばから離れなければならなかった。
スクアーロは自分の服の裾に掴まって追い縋る日向の手を外し、その頬を両手で挟んだ。

「ぶぎゅえ!?」
「訳がわからないだろう。怖くてたまらねぇだろう。でも、オレを信じて待っていてくれ。必ずお前を助ける。ここに戻ってくる」
「せ、先生……!」
「大丈夫だから、今は待っていろぉ」

乱暴に頭を撫でてその場を去った。
既に敵が近くまで迫ってきている。
今の彼女に出来る限りの装備を揃え、スクアーロは更衣室の扉を開いたのだった。


 * * *


屋内に降り続く雨の中を、スクアーロは物陰に隠れながらゆっくりと進んでいた。
神経を研ぎ澄ませれば、敵の殺気を僅かに感じられる。
まだ姿は見えないが、確かに彼は近付いてきている。
目を閉じて、その気配を全身で探しながら、スクアーロは息を吐く。
幸い、敵を更衣室から遠ざける事は成功したらしい。
だがここでスクアーロが負けてしまえば意味がない。

「……来たなぁ」
「いひひ……、鬼ごっこはお仕舞いか?つまらんのう。もっと、必死に逃げんがか?」
「逃げてたって切りがねぇだろぉ。それに、テメーももう、我慢の限界だろう?……殺りたくて殺りたくて、堪らねぇ、って顔だぁ」
「いひひひひひっ!わかるかぁ?そうじゃ、ワシは殺し合いたい。おんしの血を全身に浴びて、臓物を体に巻き付けて、骨をすばくりたい」
「は?すばくる?」
「しゃぶる、ゆうことじゃき」
「はっ……良い趣味してんじゃねぇかぁ!」

男は、何もなかったかのように通路を歩いて現れた。
ごく自然な様子、だがその体の内に、途方もない狂気を孕んでいることを、スクアーロはすぐに気付く。
2つ3つ、会話を交わした。
そして、スクアーロが彼の言葉を鼻で笑ったその瞬間、お互いに地面を蹴って飛び出した。

「っらぁ!!」
「ひひっ!!ほがな剣じゃ届かん……っがひ!?」
「何が届かないだぁ!?」

スクアーロが振り抜いた剣。
その輪郭が一瞬ぶれ、タイミングを合わせて避けたはずのキメラの腹を一文字に裂く。
だが、傷はどうやら浅そうだ。
素早く飛び退り体勢を整えたキメラは、牙を剥き出して再び地面を蹴る。
まともに剣で受ければ、先程の二の舞。
だがスクアーロは避ける気配は見せずに、そのまま剣を横に構えると、その刀身に雨の炎を纏わせた。
薙いだ剣と、キメラの鋭い牙がぶつかり合い、高い金属音を立てて止まった。

「っ!?」
「同じ手は2度も食わねぇ。てめぇの歯は嵐の炎を纏っていたぁ。考えてみりゃ、いくら顎の力が強くても人の顎で鋼が砕けるわけねぇよなぁ?嵐の炎で鋼を分解していたから、硬い剣が呆気なく壊れたんだろぉ?ならば同等以上の雨の炎を纏わせて相殺すりゃあ良い。……ドブ鼠がぁ、舐めてんじゃねぇぞ」
「ぐ、ぐぞがぁっ……!」

鼠キメラの噛み付きは一撃必殺。
つまり、一撃で倒せなかった場合のリスクは、とても高いと言える。
今だって、口を離せばその瞬間、スクアーロの剣が襲い掛かるし、その上炎の応酬で押し負ければ、雨の炎に飲まれて、終わる。
男は牙同様鋭く尖った爪を振り翳すと、スクアーロの無防備な首に向けて躊躇なく突き刺した。

「ぐぅぅううっ!!」
「甘い」

しかし彼の爪が届くより早く、スクアーロは次の行動に出る。
剣に施した仕掛けを作動すると、仕込み火薬が発射された。
火薬は男の顔面を中心に襲い掛かり爆発する。
潰れたような悲鳴が聞こえ、爆発で曇った視界のどこかにいるであろう男が、剣から口を離したことを察知したスクアーロは、間髪入れずに剣を引いて突き刺す。
再び短い悲鳴が聞こえた。

「……この程度の火薬の量じゃあ、精々が視力を奪って、顔中血だらけになる程度だろうなぁ。はっ、よかったじゃねぇかぁ。即死、なんて事にならなくて。それとも、クソ痛ぇ今の状態よりは、もっと強い火薬で頭吹っ飛ばされた方が幸せだったかぁ?いや、だがお前、血を浴びてぇって言ってたよなぁ。なら、ちょうど良いやられ方だった、ってわけかぁ」
「ぐぁあ!くそっ!クソ野郎がぁ!!セコい真似ばしょーて、この白髪野郎!」
「あ゙あ?殺し合いにセコいもクソもねぇだろうがぁ。あとオレは、白髪じゃなくて銀髪だぁ」

男の肩に突き刺さった剣をぐり、と捩じ込みながら、スクアーロは更に言葉を続ける。

「ぐあぁあ!!」
「テメーがどうしてキメラになったのか知らねぇがなぁ、オレ達の前に立ちはだかったんだぁ。悪いが、一思いに殺してはやれねぇぜ」
「ぐぅぅう!うぐぁあ!離せっ!!殺す!殺す殺す殺す殺すぅう!!」
「……最早言葉も通じねぇかぁ」

叫び、暴れる男からは、既に人間らしさは感じられず、スクアーロは冷たく目を細めると、足で暴れる男の動きを抑え、袖から出した注射器を傷口へと刺した。
強力な麻酔を注入し、意識を失わせたスクアーロは、彼を厳重に拘束して日向の元へと戻ったのだった。
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