if群青×黒子、違う世界の人たち

その頃、誠凛高校バスケ部では、珍しい客人に部員達がザワついていた。

「へぇ~、バスケ部ですか。楽しそうですね!」
「はい、創部して2年ですが、全員優秀な選手です!」
「そうなんですか。是非見学させていただきたいです!」

今日から英語教師に就任したという、アルノルド・パルマーラを遠巻きに眺めて、部員達は興味深そうに小声で話していた。

「1年の英語担当なんだろ?」
「うす、そうだ……です」
「すげーイケメンだな!」
「生徒にもモテそうだな……。クソ、イケメン爆発しろ!」
「なんか母国のイタリア語の他に、日本語と英語もペラペラらしいですよ」
「スッゲー!!」
「……」
「水戸部も凄いって!」
「あと、僕のことにも気が付いたんです」
「えっ!?黒子の事に!?」
「それは……確かにスッゲーな」

そんな会話が交わされているのを、スクアーロは監督である相田リコと話しながら聞いていた。
ヴァリアークオリティと言われるだけあって、五感も一般人よりずっと優れている。
彼らの言葉を聞いて(主に爆発しろという言葉に)微妙な顔をした彼女に、相田は不思議そうに首を傾げた。

「どうかしましたか?」
「いや、何でもありませんよ。それより、ここのバスケ部は今度大会に出ると聞いたんですけど」
「ああ、WCの事ですね。少し先の話ですけど、全国のバスケ部が集まって日本一を決める大会があるんです」
「じゃあ今が丁度大変な時期だったんですね……、お邪魔してしまいましたね」
「えっ!?そんな先生は気にしなくても良いんですよ!!むしろ明日行く温泉合宿に着いてきてくれたらな~なんて思ってるくらいで!」
「温泉合宿、……ですか?」
「あっ!いやその、部員にはちょっと温泉で体を休めるだけって言ってるんですけど、丁度近くに体育館がありますし、祝日が重なって休みなんで……」
「そうなんですか……。……着いていってしまっても良いんですか?オレなんかがいても邪魔になるだけかもしれませんよ?」
「いえ!是非来てください!うちの顧問の武田先生はご高齢で、着いてこられないそうですし……、もし来ていただけるならとても助かります!」
「そこまで言ってくれるなら……、是非着いていかせてください。オレ、試合見るくらいですけどバスケ結構好きなんですよ」
「本当ですか!?お願いします!!」

そう言えば、確か桐皇の連中と同じところに行くことになってる、って報告が上がっていたな。
などと思い出し、スクアーロは喜んで、と首を縦に振る。
まあ、武田という教師が本当に見ているだけ、という事は知っていたし、予想していた状況ではあるのだけれども。

「今日は、隅の方で見学させてもらいますね」
「はい!……みんなー!練習始めるわよー!!」

相田の声に、男達の威勢の良い声が答える。
その様子を見ながら、彼らに気付かれないように、無線に向けて話した。

「……で、様子はどうだぁ、入江」
『あ、はい!誠凛高校周辺に複数の敵が潜伏しています。ベルフェゴールさんに討伐に当たってもらっています。必要ならスクアーロさんの端末にも敵の情報を送りますが……』
「いや、必要ねぇ。引き続きサポート頼んだぞぉ」
『はい!』

獄寺の元に敵が来た後、ポツリ、ポツリと敵の情報が出始めていた。
今のところ匣兵器達だけでもどうにかできるような、低レベルの奴らばかりだが、いつ守護者クラスの敵が来るのか、警戒を怠ることは出来ない。

「ほら、足止めないで!キビキビ動く!!」
「うっす!」
「しっかり回り見て!視野が狭くなってると怪我するわよ!!」
「はい!」

バスケ部の声が無線の先にも聞こえたのだろう、感慨深そうな入江の声が耳に届いた。

『なんか青春って感じですよね』
「……そういうもんかぁ?」
『スクアーロさんは部活とかって入ってなかったんですか?』
「オレはそもそも、学校にはほとんど行ってなかったからなぁ」
『え、あっ、変なこと聞いちゃってごめんなさい!』
「良い。一々そんな事気にしてんなぁ」
『は、はい……』

申し訳なさそうに謝る入江に、スクアーロは事も無げにそう言った。
学校に行く必要性を感じてなかったから、辞めた。
彼女にとって学校はその程度のものだったからだ。
だがそれでも、懐古の情に浸ることはあるようで、彼らの姿に目を細め、自分が16歳だった頃の事を思い出す。

「オレがコイツらくらいの頃は……、ゆりかごの2年後になるのかぁ。ヴァリアーの仕事はほぼなかったからなぁ、アクーラ……ボンゴレの仕事をしていた」
『一人で……活動してたんですよね』
「本当に一人っきりだったら、どれだけ良かったか……。たまに入ってくるお偉いさんのご機嫌取りの仕事ほど、面倒なもんはなかったぜぇ」
『……そんな仕事もあったんですね』
「色々だぁ、イ・ロ・イ・ロ」
『僕達と同じくらいだったのに……苦労してらしたんですね……』
「……まあなぁ」

入江の労る声に、スクアーロは思わず苦笑を漏らす。
確かに苦労した。
苦労の連続の少年時代だった。
……正しくは少女時代、だが。

「とにかくまあ、青春とかってのはなかったなぁ」
『勿体ないなぁ……ん?あれ?』
「あ゙あ?どうしたぁ」
『ヤバい!一人ベルフェゴールを突破して校内に入りそうです!部活棟の西側です!!』
「わかった、行く」

焦る入江の報告を聞いたスクアーロは、舌打ちを抑えて、体育館を抜け出す。
部活棟は、体育館からそう離れていない位置にある。
人目が無くなった途端、目にも止まらぬスピードで駆け出したスクアーロは、無線の向こうに問い掛ける。

「ベルは何やってる!」
『敵が多過ぎて、対処しきれていないようです!』
「一人だけだなぁ?」
『はい!今のところは』

部室棟に着き周囲を見回したスクアーロは、建物の一部屋に目を向けた。
男子バスケ部の隣、男子バレー部の部室。
一足に跳んでその部屋の前に着地する。
無造作にドアを開けた瞬間、頸動脈に向けて突き出されたナイフを、紙一重で避けてその腕を掴んだ。
同時に、敵の足を凪いでバランスを崩す。

「ぐあっ!」
「チッ!!カスがぁ……、隠れたところで、殺気が隠しきれてねぇんだぁ!!」
「クソ……、てめぇみたいな、なよっちい奴に……!」
「オレの顔も知らねぇとは、旧ボンゴレが見境なく率いれたチンピラの一人だなぁ!?相手にするだけ無駄だぁ。入江、人を寄越せ。オレは戻る」
『わかりまし……スクアーロさん!今すぐ体育館に戻ってください!敵が一人向かってます!』
「クソッ、次から次へとぉ!!」

呆気なく捕まった男の意識を奪い、部活棟近くの茂みに放り投げると、スクアーロはまた走り出す。

「ベルは何してやがる!」
『ベルフェゴール一人じゃ無理ですって!』
「他のヴァリアーは!?」
『交戦中です!』
「っ野郎、真っ先にオレの事潰す気で来やがったのかぁ!?小型モスカ飛ばせんだろ、今すぐ飛ばせ!!」
『もう飛ばしてます!ベルフェゴールも敵の8割を討伐!スクアーロさん、中に入った奴をお願いします!』
「チッ、わかった!」

適当に襲ってきたと思ったら、突然の兵力の大量投入。
意地の悪い攻撃を予測していなかったと言えば嘘になるが、ベルとヴァリアーの精鋭部隊でも手こずる程の人数を、こんなところで送り込んで来るとは……。

「あのハイエナ野郎マジ殺す!」
『ちょっ!今は目の前の敵ですよ!?』
「わぁってる!」

吼えるように短くそう言うと、スクアーロは気配を消して体育館に近付いた。
そこに自分以外に隠れている殺気を見付け、顔色を変える。
既に敵が体育館に入ろうとしている。
モニター越しに、窓からするりと侵入した敵を見て、入江が叫んだ。

『嘘っ!?早く!』
「っ……!」

スクアーロが、彼女の持てる全速力で駆け、敵に接近した。
敵は相田リコの背後に迫っている。
本人達はまるで気付いていないが、それはスクアーロ達にとってはむしろ好都合だった。
彼らに恐怖を感じさせるよりも早く、終わらせる。
敵が腕を振り上げるより早く、スクアーロの脚が、その首を蹴り飛ばした。

「っ……ぁが……!」
「え、なに……?」

それまでの彼らの無音が嘘だったかのように、男の口から呻き声が漏れ、床に激突して大きな音を立てた。
その音に驚いた相田と部員達が振り向いたとき、そこにいたのは、彼らの後方数メートルの位置、怪しい男と、それを組伏せる英語教師だった。

「……驚きました、日本は平和だと思ってたんですけど、こんな事ってあるんですねぇ」

呆然として、彼らを見詰めることしか出来ずにいた彼らは、のんびりとした調子の教師の声で、ハッと我に返る。
慌てて二人に駆け寄ろうとすると、やんわりとした声が押し止めた。

「ああ、不審者みたいなので、近寄らないでくださいね」
「ふ、不審者って何時の間に体育館に!!」
「さあ……、トイレに行って帰ってきたらいたんで、急いで捕まえたんですけど、ちょっと強く蹴りすぎたかもしれません」
「え……いや、え!?先生それ捕まえたんですか!?てか蹴ったんですか!?」
「ええ……まあ、そこそこ喧嘩は強いんですよ?こう見えても」

ニコニコと笑うスクアーロだったが、内心では冷や汗をかいていた。
危なかった。
そして一発で気絶させられて良かった。
部員達は、突然現れた不審者に驚けば良いのか、それともそれが突然倒されたことに驚けば良いのか、それとも不審者を呆気なく捕まえた教師に何かツッコめばいいのかわからないらしく、混乱しているようだった。
そして、スクアーロの無線から入江の声が報告する。

『敵、全滅。警察に連絡する振りをして、その男を仲間に引き渡してください』

それを聞いて、スクアーロは立ち上がり、不審者を担ぎ上げた。
見た感じ細身な彼が、軽々と人一人を持ち上げたことに部員達は唖然とするが、それをスルーして、スクアーロは彼らに言葉を掛けた。

「オレはこの男を警察に渡して来ます。教職員には報告しておきますし、部活は続けてもらって構いませんけど、今日は早めに切り上げて帰るようにしてくださいね」
「えっ、アル先生!?」
「あ、それと相田さん。これ、オレのケータイのアドレスと番号。何かあったらいつでも連絡してくれて構いませんから!」
「は、はい……?」
「明日の事もここに連絡くれれば良いですから、お願いしますね」
「わ、わかり、ました……」

納得いかない顔で頷いた相田に、スクアーロはちょっと考え、そしておもむろに彼女の頭を撫でた。

「へぇっ!?」
「突然不審者が来て驚いたでしょう?どんな下らないことでも良いので、何かあったらオレに電話してください」
「えっ?えっ!?」
「そうですね……、主将の、えーっと、日向君、今日は彼女を家まで送って帰ってあげてもらえますか?」
「な、え?……は、い?」
「それじゃあオレは行きますので、後はお願いしますね」
「は、はいぃいーっ!!?」

部員達の絶叫を背中に受けて、スクアーロはケータイを手に取った。
警察に掛ける振りをして仲間に連絡を取った。

「裏門だ、来い」
『ハッ!』

短くイタリア語でそう言ったあと、警察に連絡しているような言葉を連ねる。
裏門でしばらく待って現れた、警察を装った車両に、持っていた敵を押し込み、スクアーロは警察の制服を来た部下と話した。

「頼んだぞ」
「いえ、それより、お怪我は?」
「オレは問題ない。それよりも、対象達が危険だった。計画を見直した方が良いかもしれねぇ」
「ええ……」

その言葉の後、二人はガラリと雰囲気と会話を変えた。

「ではよろしくお願いします」
「はい、後程お話を聞くことになると思いますが、よろしくお願いいたします!!」

警官がビシッと敬礼をし、パトカーで去っていくのを見送り、スクアーロは職員室に向かった。
その顔色は優れない。

『……イエナという人物の考え、読めませんね……』
「ああ」

不安げな入江の声に答え、溜め息を吐く。
これからどうするのか、詳しく煮詰めなければならない。
入江と二人、胃を押さえながら、スクアーロは再び、教師の仮面を被り直すのだった。
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