if群青×戯言、零崎威識の人間遊戯

哀川潤は金庫を抉じ開け、目的のモノを手に入れた。
その事も、他の二人には通じないネタを使って彼女が滑ったことも、別に構わない。
だが、無理矢理に金庫を抉じ開けたことで防犯システムが稼働したことだけは、スクアーロにはちょっと……いや、かなり、許しがたいことであった。
窓を鋼鉄のシャッターが覆う。
直ぐに、天井のスプリンクラーらしきモノから、ばふっと粉が吹き出して、あっという間に視界を白く染め上げた。

「……これは、」
「なんだよ、ちゃちな防犯システムだな」

スクアーロは粉の正体に思い至るが、その名前を口にするより早く、哀川潤が動いていた。
さっきまでの暴れっぷりを見ていれば、初対面でも何をする気なのかは嫌でもわかる。
窓を覆う鋼鉄を突き破って脱出する気なのだ、彼女は。
スクアーロがそれを慌てて止める。

「待て!!この粉、どう見ても毒だぞ!鉄を破るのは構わねぇが、あまり動くと毒を吸いすぎて死ぬ!それにこの粉がもし可燃性だったとして、それで火花が散ったら粉塵爆発で死……」
「あ?そんなもんであたしが死ぬかよ」
「!?」

爆発でも死なないとか、こいつは何をすれば死ぬのだろう一体。
爆発でも死なないという言葉をすんなり信じられたのは、二人の化け物染みた戦いぶりを見ていたからだが、それは一旦置いておく。

「い、いや、爆発が平気でも最上階から飛び降りたら死ぬ、だろ?……死なないのか?」
「死なない!」

死なないのかよ。
空調システムも停止したらしく、いつまでたってもなくならない毒のヴェールの向こうの彼女は、自信満々に胸を張ってそう答えた、ようだった。

「でもよ……怪我くらいは、する、……よな?」
「ん?掠り傷くらいはあるかもな」
「掠り傷……程度なのか」

絶句を通り越して笑えてくる。
何から何まで規格外。
マフィアとして何年か過ごしてきているスクアーロだったが、ここまで規格外甚だしい人物には遭ったことがなかった。

「……だが、出来る限り怪我をしない方法を選ぶべきだろぉ。万が一ってことはあるんだからよぉ」
「なんだよ、心配してくれてんのか?心配ご無用……って言って窓蹴破っても良いが、今回はその心配に免じて一階から脱出することにしたぜ」

視界不良な状況ではあったが、哀川潤が嬉しそうに笑ったのはわかった。
意気揚々とドアに向かい歩いていった哀川潤を、スクアーロは脱力して見詰める。
そんな彼女の横を通りすぎながら、出夢がぎゃはぎゃはと笑った。

「赤色は気紛れだからな。いちいち付き合ってると疲れるぜ」

呆然と立ち尽くすスクアーロを置いて、易々とピッキングでドアを開け、廊下に踏み出した二人を、慌てて追いかけた。



 * * *



「うへぇ、まさかビル全部に毒の粉撒いてんの?ぎゃはは、どんだけ好きなんだよ」
「……そういう訳じゃねえだろ。つーかあんたら、口も塞がないで大丈夫なのかよ」
「わはは、全く問題なし!」

毒すらも意味をなさない彼女達を追い掛けて、スクアーロは慎重に辺りを見回した。
外に出るにはどこかしらを破壊しなければならない。
その場合、破壊するのは窓かドア。
恐らくその全てが、鎧のようなシャッターが覆っていることだろう。
哀川潤のように素手で破壊するにしても、武器を使うにしても、破壊の瞬間、鋼と鋼が擦れあって、そこに一瞬火花が散る。
それが可燃性かもしれない毒の粉に引火すれば、その火は全ての粉を伝っていき、大爆発を引き起こす。
侵入して金庫に手を着けたものを逃がさないようにするためのシステムなのだろうか。
随分と変わったシステムではある。
きっと、敵が正面から正々堂々と入ってきて、屈強な用心棒達を相手に、虐殺を繰り広げるなどとは思わなかったのだろう。
これはあくまで、敵を逃がさないようにするための、その為だけの罠だ。
毒もたぶん、致死毒ではなく麻痺毒かそれに準ずるもの。
爆発は……するかどうかはわからないが、捕まったやつがまともな人間なら、警戒して動けなくなることは必至だ。
……ついでに考察すると、仮にその爆発で本当に哀川潤が死ななかったとしても、スクアーロは確実に死ぬだろう。
出夢については、……微妙なところだ。
正面扉に辿り着いたところで、スクアーロはどうやって脱出するか困り果ててドアを眺めた。

「……っとここが正面扉だよな?」
「ぎゃは、どうするつもりなんだ?」
「このシャッターを解体して……」
「そんな面倒くせぇことするのか?」

やれやれと呆れたようにスクアーロを見た哀川潤に、そんな顔をしたいのはこっちだ、と叫びたくなる衝動をグッと堪える。

「ならどうするってんだぁ?」
「決まってんだろそんなこと」

哀川潤は、そこでやっぱりシニカルに笑い、そして堂々と言い放った。

「ぶち破った方が断然早い!」

それは先程止めた手法だったはずなのだが、そんなことは露知らず、哀川潤は言うが早いかシャッターに向けてその強靭な脚を突っ込んだ。
その時彼女が『北斗飛衛拳!』と叫んでいたのだが、そして出夢が底抜けに楽しそうに大口を開けて笑った拍子に粉を大量に吸って噎せていたのだが、スクアーロの頭にその事は全く入ってこなかった。
哀川潤の飛び蹴りが決まってひしゃげたシャッターが、火花を散らしているのがスローモーションに見える。
そして誰かの手が自身の襟を掴んだ。

「ゔっ……ぅぉおああっ!!?」

シャッターに向けて放り投げられる。
つまり、着火した粉の中に突っ込んでいった訳で。
だが、スクアーロの体は爆発の炎を一瞬で通り抜けて、破壊音と高らかな笑い声と一緒に、壊れたドアも通り過ぎて、ゴロゴロと転がりながらアスファルトの地面に着地していた。

「ぎゃは、ぎゃはははははは!!やっぱり建物崩壊か。流石は哀川潤が踏み入った建造物は例外なく倒壊する、とまで言われただけあるな」
「なっ……!!言ってる場合かぁ!?倒壊に巻き込まれる前にさっさと逃げるぞぉ!!」

どうやら出夢がスクアーロを投げ飛ばしたおかげで、爆発の被害から免れることが出来たらしかった。
しかしこのままここにいればビルの倒壊に巻き込まれてお陀仏だ。
結局は可燃性だった粉によって、粉塵爆発が起こったビルは、ドゴン、ボカンと爆発に次ぐ爆発を起こしていて、崩れて無くなるのは時間の問題である。

「お、二人とも無事じゃねーか。良かったな」

そう、時間の問題なのだ。
だからいけしゃあしゃあとそう言った哀川潤に、文句を言っている暇などはないのだ。
焼け焦げた跡が服の所々についている二人に比べて、哀川潤が無傷で汚れすらなくピンピンしていることに対して、責めたり疑問に思っている暇などはないのだ。
言いたいことは全部無理矢理飲み下し、スクアーロは呑気にぎゃはぎゃはと笑う出夢を引っ張って、その場から逃げるように走り出した。
哀川潤は勝手に追ってくるだろう。
その予想通り、愉しそうに笑いながら着いてきた哀川潤と、崩壊していくビルを首を捻って振り返り見たスクアーロは、大きく大きく溜め息を吐いた。

「厄日だ、今日は……」

安全なところに着いて、そこでやっと引っ張っていた出夢の腕を離した。
出夢はまだ、バカ笑いを続けている。
何がそんなに楽しいんだか。
ポケットから時計を取り出して見ると、ようやく12時を越えたところだった。
だが、スクアーロの厄日は、まだもう1日だけ続く……。
10/90ページ
スキ