闇に映える白銀

キラキラと光る銀色が近付いてくる。
口の中に血が溜まって、だらしなく開いたその端から垂れていく。

「け、んてい?」

戸惑うようなその口調から、奴がまだ、現実を認識できていないらしいことがわかった。
いつもなら大きすぎるくらいの奴の声が、小さく掠れて、頼りない。

「……ぅ……お、まえ……女、か」
「け、剣帝!お、オレは……いや、今人を……!」
「うるさい、ぞ。黙れ……聞け……」

女、だったのだろう。
奴はそれを隠して、ずっと隠し続けて、戦ってきたのか。
騙された、と思うより、悔しさが勝る。
何故話してくれなかったのか。
オレ様が、そんなことで手加減するはずもないのに。
オレ様と奴の間には、そこそこの信頼関係があると思っていた。
だがそれは、どうやらオレ様の思い違いだったらしい。
傷口を塞ごうとでも考えているのか、手で押さえている奴の顔の辺りを見ながら、思わず責めるような言葉を放った。

「ゴフッ……」
「お、おい……!」
「クソガキめ……はぁ、この、オレ様を、謀るとは、なぁ……」
「もう、良いからっ!しゃべるなよ!」

話し始めたオレ様を、覗き込むようにして地面に手を付いた奴の顔が、少しだけハッキリとした輪郭をもって見える。
オレ様にはもう、時間がないらしい。
それだけはわかっていた。
喋ろうが喋るまいが、オレ様はもう助からない。
ならば少しでもいい、こいつに、言葉を残そうと、そう思った。
ただ腕を動かし物を掴むことでさえ、時間が掛かる体……。
それでも必死に動かして、宙をさ迷っていた奴の手を掴んだ。
その手は情けないほどにガタガタと震えていて、義手越しの腕にまで、その震えが伝わってくる。

「お前、殺しは……カハッ!……初めて、だな……。はっ、震えて、のか……?情け、ないな……」

こいつと共に戦いたくて、こんな勝負を始めたと言うのに、結果、オレ様がこいつの、初めて殺した相手になってしまうなんて、何とも皮肉な、話だと思った。
情けないのはオレの方だ。
きっとオレは、この少年に……いや、少女に、消えることのない大きな傷を刻み付けた。
ただ殺したのとは違う。
お互い認め合っていたであろう相手を、殺してしまったのだ。
奴を掴んだ腕が、引っ張られるのを感じる。
誰かを、呼びに行こうとしているのだろう。
それは、それだけは嫌だった。

「オレは、剣士だ……!」
「ぁ……」
「このま、ま……コフッ……、死なせて、くれ……。お前は、その様を……しっかり、目に、焼き付け、て……忘れ、るな……!」
「わか、た……」

オレの死は、オレが認めた相手だけのものであってほしい。
オレは、こいつだけに、自分を、テュールという名の剣士の死を、遺していきたい。
ワガママだよなぁ。
傷付けることをわかっていて、こんなことを言うのだから。
だがオレの心は、今までにないほど軽やかで、とても穏やかであった。

「ハッ……だが、良い、気分、だ……!強い奴に、戦いで、負けて……死ねる。そ、れに……、女を、殺さず……済んで、よか、た……」
「ぇ……?」

いい気分だった。
剣士としては、最高の死だ。
この子の心に、深い暗闇を残して逝くことは心残りではあるが、こいつはオレの認めた、剣士なのだ。
きっと、その痛みを乗り越える。
そして、最期の闘い、女を殺さずに済んだ。
オレ様は剣帝なのだ。
罪無き女子供を殺すような、下劣な真似をせずに済んだ、その誇りを、汚さずに済んで、良かった。

「わるか、たな……ゲフッ……!にゅうたいの、はなし、……わすれて、いい……」

ああ、そうだ。
こいつとは、ヴァリアーの入隊を賭けていたんだったか。
思い出して、そう口にする。
こいつを引っ張ってきたのはあくまでオレのワガママだったのだから、自分が死にゆく今はもう、こいつが無理してヴァリアーに入る必要はない。
急激に、全身の感覚が消えていくような気がした。
全てを言い終わったからだろうか。
奴の顔も、今まで以上に掠れて、血の色の中に沈んでいく。

「ハァ……ガフッ……いい、たたかい、だった、……スクアーロ。あり、が、とう……」

最期の息を、吐き出していく。
遠くで、奴が何かを叫んでいるのが聞こえてくる。
ああ、オレはもう眠ると言うのに、五月蝿いな、この馬鹿は……。
最期の瞬き。
少しクリアになった視界に、泣いているスクアーロの顔が見えた気がした。
最期の力。
腕を上げて、目元を拭う。
最期の、鼓動。
オレの命は、そこで尽きた。
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