闇に映える白銀

その日は、あっという間に来た。
オレ様とスクアーロは、ヴァリアーで最も広い訓練場の中で向き合っていた。

「オレと戦え、剣帝テュール」
「……ふん、良いだろう。このオレ様が相手をしてやるぞ、スペルビ・スクアーロ」

スクアーロが獰猛な肉食獣が如く、舌舐めずりをしてニヤリと笑う。
オレ様も珍しく、無表情を崩して笑った。
血液が身体中を巡る音が聞こえてくるようだった。
腹の底が熱い。
オレ様の身体は今、悦びに支配されている。

「お前と戦うことに、オレ様は珍しく歓喜している」

口に出してそう言った。
この戦いを、待ち望んできたのだ。
これが終われば、この少年はオレ様の隣へと来る。
スクアーロはオレ様の言葉を、憎たらしく鼻で笑っている。

「今までずっとこき使い続けて戦おうとしなかったくせにかぁ?」
「……別にオレ様は戦いを避けていた訳ではない」
「あ゙あ?」

こき使う……か。
まあ、間違えてはいないだろう。
オレ様はこの少年に大分無茶苦茶なことも言ってきたからな。

「お前を暗殺者にしたかったのだ。暗殺者になったお前と、同じ仕事がしたかったのだ。才ある者と、共に戦いたかったのだ。……もう一度聞こう、これが終わったら、ヴァリアーに入ってくれるな?」
「はっ!テメーが勝ったら考えてやるよ!!」
「ふむ、ならば覚悟しろガキィ!」

脈打つ血流が、一瞬止まったかのような気がした。
奴が踏み込む。
オレ様も踏み込む。
勝って、こいつを、オレ様の隣に。
オレ様の剣は、一撃目も、二撃目もギリギリで避けられた。
ああっ!なんて素晴らしいのだろう!!
奴の剣は、鈍重そうなその見た目に反して、速く鋭く、オレ様の急所を狙ってくる。
その姿はまるで、血を求める鮫の如く、狂暴である。
しかしその動きは、軽やかで、伸びやかで、どこか神々しさすら感じるのだ。
何度も何度も、重なり合い、その度に弾き合って離れていく鋼鉄の牙。
それは獣同士の醜い食い合いのようでもあったし、高尚な剣舞のようでもあった。

「はっ、良い剣だガキ!」
「他人の剣を誉めてる暇があんのかぁ?」
「ああ、ない!ないが!誉めざるを得ないほど、お前は素晴らしい!」
「そう言うあんたも、良い!」

どれ程の時間が経ったのだろう。
オレ様達は戦い続けた。
長かったような、短かったような。
まるで夢の中にいるかのように、曖昧な時間感覚。
切って、刺して、削って、貫いて。
戦い、闘い……オレ様達はとにかく斬り合い続けた。
いつしかお互い、体力は底を尽き、遂には気力だけで立っているような状態になっても、それでもまだ、剣を振るい続ける。
しかし……ああ、しかし、それでも終わりはやって来た。
お互い、次の攻撃が最後になると直感して、残った僅かな力をかき集める。
振るい上げた剣の切っ先は、微かに震えて覚束無い。

「ゔお゙ぉぉお!!!!」
「はぁぁあああ!!!!」

オレ様の突き出した剣は、奴の胸元の服を切り裂く。
裂けた服の隙間に見えた白いものは、男の肌ではなく、ほんの微かに膨らんだ……そう、まるで女の体のような……。

「……は?」

思わず溢れた、間抜けな自分の声。
その一瞬に、油断が生まれた。
視界の端を掠めた鈍色。
肩に掛かる重さ。
皮膚を引き裂き、肉を断ち、骨を削っていく、刃の音。
世界が一瞬、止まったようだった。

「がっ、あぁあっ!?」

自分の意思とは関係なく漏れていく悲鳴。
遅れてきた熱さと痛みに、目の前にチカチカと火花が飛ぶ。
負けた……?
オレ様は、負けたのか?
痛みでぶっ飛びそうになる意識の中で、オレ様は確かに、その小さな呟きを聞いた。

「な、んで……?」

そんなの、オレ様が知りたい。
飛び散る血の赤、脳を焼く火花の橙に縁取られた視界の中に、銀色が滲んで見えていた。
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