Vista mare con te
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「スペルビ、おいで」
「?はい!」
小さな我が子を連れて、私が向かったのは、海の見える小さな高台だった。
仄かに丸くに見える水平線を眺めながら、腕に抱えた幼い子どもに語り掛ける。
「スペルビ、お前はこの海のように、強く、穏やかで、たくましい子になるんだよ」
「なる!」
「……頼んだよ、スペルビ。……こうして、私と海を見たことを、こうして話したことを、成長したお前が覚えていれば良いのだけど」
小声で、そう呟いた言葉は我が子には届かなかったらしい。
私と同じ銀髪を海風に靡かせながら、スペルビは屈託なく笑う。
「とーさん!うみ、きれー!」
「そうだな」
「きらきらー!」
「ああ、キラキラしている」
同じ様に、太陽の光を受けて輝くスペルビの髪を撫でる。
きっと将来は、私によく似るのだろう。
そしてこんな美しい景色を、愛する人と眺めて、年を取った私はスペルビから、二人の話をうんざりするほど聞かされる。
きっと、きっとそんな未来が待っている。
「とーさん?ほっぺ、あかいよ?さむい?」
「ん……少しな。スペルビ、お前こそ、頬が赤い。寒いだろう?」
「おれ、へーきだよ!」
「そうかそうか、スペルビは強いんだな」
「うん!だからね、とーさんのこともあったかくしてあげるね!」
「うん?」
スペルビはそう言うと、私の首に抱き付いて、頬にキスをする。
驚いた、一体誰にそんなことを教わったのだか……。
将来、女たらしにならなければ良いが。
「ほっぺにチューするとね、あったかくなるんだって!クレアがいったの!」
「優しい子だね、スペルビは。さあ、そろそろ家に戻ろう」
「はい!」
元気な返事に、私も自然と笑みをこぼす。
スペルビ、どうか親孝行の、優しい子になっておくれ。
強く、賢く、優しく、逞しく。
私の、私だけの、最愛の息子を抱いて、私は近くに止めてあった車に向かった。
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親子の、ささやかな幸せの記憶は既に忘れ去られ、海を見ても、彼女が父との記憶を思い出すことはない。
それでも、かつて父が夢見たように、愛する人と海を眺め、彼女はその輝く青さに目を細め、潮騒の音に耳を傾ける。
「スペルビ、おいで」
「……ああ」
自分の名を呼ぶ彼の元へ駆けながら、彼女の胸に、微かな思いが込み上げる。
今の幸せな自分を、愛する人々を、彼らとの大切な思い出を、父に、聞かせてあげられたなら。
「スペルビ、どうかしたか?」
「いや、何でもねぇよ」
でもその考えは、脳の一端を掠めるだけで、軽く頭を振った彼女は、彼と寄り添い、海を背にして歩いていったのだった。