Vista mare con te

「スクアーロ!」
「っ……なんだよ」
「大丈夫か?」
「……大丈夫だって、言っただろぉが」
「だって大丈夫そうじゃないし」
「……大丈夫だ」
「嘘。女らしい格好した途端にナンパされて、らしくもなく動揺してんだろ」
「してない!」

ディーノを引っ張って宛もなく歩き続ける。
だが彼に言われた言葉を、怒鳴って否定したスクアーロは立ち止まり、少し高い位置にある榛色の瞳を睨み付ける。

「早すぎる否定は肯定と同じだ」
「っ……」
「まあイタリアの男なんて、大体が可愛い子見たら口説きに掛かるもんだけど、初めてナンパされたんじゃ驚くよなー」
「……驚いてねーよ」
「へーへー。取り敢えずさ、そこ座ろうぜ」
「……ん」

自分が口説く側になることはあっても、口説かれる側になることは初めてで、驚きと動揺が隠せない様子のスクアーロの頭を、ディーノは優しく撫でる。
その手を頭を振って払い、スクアーロはまたディーノを睨み付ける。

「崩れるだろぉ」
「崩れたらまた、何回でも結ってやるよ」
「でも……」
「ああ……、『大事な人に結ってもらった』んだっけ?」
「っ!このバカ馬がぁ……!!」

ぐしゃぐしゃと折角結った髪を乱し、ディーノはスクアーロの頭に唇を寄せる。
嫌そうにディーノの胸板を押して退けようとするスクアーロだったが、その頬はほんのりと朱色に染まっていた。
ディーノはその頬には気付かない振りをして、彼女の肩を抱いて引き寄せる。

「っ何だよ?」
「んーん、スクアーロが彼女で良かったなー、って思っただけ」
「意味わかんねーよカス!」
「あはは……相変わらず毒舌だなぁ」

理不尽に貶されながらも、ディーノは手を離さない。

「スクアーロってさ、男臭いし口悪いし声でかいけど」
「何だよ文句あんのかオラァ」
「でも一途だし、何だかんだでオレの為に頑張ってくれたりしてさ、健気なとこあるよな。そーゆーとこ、好きなんだ」
「うるせーよなんだよいきなり!もう顔くっつけるなよ!!」
「恥ずかしがり屋さんめ~」
「気持ちわりーんだよバカ!」
「あっ!」

スクアーロが悪態を吐くのにも構わず、ディーノは更に擦り寄っていく。
それがいい加減嫌だったのか、無理矢理ディーノを振り払ったスクアーロは、彼を置き去りにして座っていたベンチから離れて近くの手摺に歩み寄る。
その行動には特に意味はなかったが、手摺を掴んだときに見えた景色に、スクアーロは一瞬にして目を奪われた。

「う……わぁ……」
「ったく待てって……お、すげぇ!海だな……!!」

そこに広がっていたのは一面の海だった。
色々な場所を練り歩き、最後スクアーロが宛もなく歩き回ったせいで、いつの間にか海の見える高台まで来てしまっていたらしい。

「綺麗……だな」
「ん……そうだな。まあスクアーロには劣るけど?」
「ふざけるなよバーカ」
「真剣だしバーカ」

ふざけ合いながらも、スクアーロの目は海から離れなかった。
自然と、口数も減って、二人は黙ったまま海を見詰める。
しばらく経った後、スクアーロがコートの襟を掻き寄せたのを見て、ディーノが身体を寄せる。

「寒い?」
「……少し」
「こうすれば暖かいぜ?」
「あ゙あ?」

首を傾げたスクアーロの腰に手を回して、ぎゅっと引き寄せた。
不満そうな顔をするスクアーロに、苦笑いをしながら、ディーノは自分のコートを広げて中に彼女を入れる。

「確かに、暖かいけどよぉ……」
「へへっ、スクアーロとくっ付けてしかも暖かいなんて、一石二鳥だな」
「……っせぇよ」
「嬉しいくせに」
「嬉しくねーよカス」

やっと海から目を離したスクアーロが、もぞもぞと動きながらディーノに抱き付く。
驚く彼を、腹を締めて無理矢理黙らせながら、スクアーロは額を肩に押し付けてボソボソと話す。

「海、さ」
「ぅぐっ……なんだっ?」
「こうやって誰かと見るの、たぶん、初めてだと思うんだ」
「そうなのか?」
「ずっと、そんな暇なかったし、そもそも誰かと海見ようとか、考えもしなかった」
「……」

すり、とディーノの肩に顔を寄せて、スクアーロが呟く。
ディーノはただ黙って、彼女の体を抱き寄せた。
子どもの頃から、自由はなくて。
少年時代にも忙しく、そして誰かと何の目的もなく歩くこともなかった。
今だって、忙しい合間を縫って、何とかこうしてディーノと逢っている。

「こんなに綺麗な海、初めて見た」
「……一緒に見たの、オレで良かった?」
「良かった、に、決まってんだろぉがバカ。……ありがとな、今日、色んなとこに連れてってくれて」
「いえいえ、大事な彼女に喜んでもらう為だもんな。これくらい、いくらでもする」

ぐっと肩口に頭を押し付けたまま、スクアーロは礼を言う。
その耳が赤くなっているのを見ながら、ディーノは笑って彼女を抱き締める手に、力を込める。

「また来ような、ここ」
「ん゙……絶対だからなぁ」
「うん、二人で、絶対に」

ディーノの言葉を聞いて、スクアーロは顔を上げる。
その赤い頬に手を添えて、ディーノは彼女の額に額を付ける。

「良い?」
「……ん」
「……その顔スゴい萌える」
「あ゙あ!?……っん!!」

目を閉じたスクアーロに、ディーノはからかうように言葉を掛ける。
雰囲気にそぐわない惚けた台詞に、スクアーロが目を見開いたその瞬間に、ディーノは彼女の唇に己の唇を重ねた……。
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