凍てついた手

「初めて殺した相手は、剣帝と呼ばれる男だったぁ」
「……はい、あなたの魂の欠片に、そう聞かされました」

古里炎真は、イタリア、ヴァリアーの屋敷に訪れていた。
ゴタゴタが続いていたため、ずっと渡しそびれていたという、数少ないシモン・コザートの遺品を受け取りに来たのだ。
ボンゴレ中を探した結果、初代シモンと初代ボンゴレの手紙や、古い写真など、ほんの幾つかしか見付けることは出来なかったが、その遺品を渡したい、と連絡を受け、炎真はイタリアまで来たのだった。
訪ねてきた彼に応対したのは、ヴァリアーのスクアーロだった。
部屋に通されて、遺品を渡され、お茶を出されて、何とはなしに世間話をしている最中だった。
壁に掛かったサーベルに気付いて、炎真がそれについて訪ねた。
そして、冒頭の言葉を投げ掛けられた。

「あのサーベルは剣帝の武器だったぁ。あれは戒めのために飾っている」
「戒め、ですか?」
「初めて人を殺した時の事を、忘れないように」
「初めて人を殺した時……」

シモンがボンゴレを襲撃した時、炎真は彼に言われた。

―― オレぁ、全部背負う覚悟、して、この仕事、……してんだよ
―― テメーに、人殺してでも、守りたい誇り、あんのかよ……
―― テメーに、人の命なんか……背負えねえ!!

「初めて人を殺した時、あなたはどう思ったんですか……?」

気付けば、炎真は半分無意識に尋ねていた。
スクアーロがキョトリと目を瞬かせて、炎真を見返していることに気付き、ハッとして頭を下げた。

「ご、ごめんなさい!話したくないですよね……?」
「……いや、話すのは構わねぇが、聞いていて気持ちの良い話じゃあねぇぞ?」
「……聞かせて、欲しいです」
「……」

炎真の言葉に、スクアーロはふむ、と頷く。

「テュールを殺した時、まず、吐いた」
「は、吐いた!?」
「ああ、気持ち悪くて、吐いた」

その様子が想像できなくて、炎真は難しい顔で考え込む。
それが面白かったのかクツリと喉で笑って、スクアーロは話を続けた。

「元々、殺したかった訳じゃなかった。一種、事故のようなものだったのかもなぁ。だが確かに、剣帝はオレの手で切り殺した。肉を断つ感覚とか、刃が骨に当たる感覚とか、そんなのがフラッシュバックするんだぁ。剣帝が息を引き取って、その感覚が蘇ってきた途端に、自分が殺したんだって分かって、気付いたら吐いてた」
「……」

炎真の武器は重力で、きっと生涯、誰かの体を直接切ることなんてないんだろう。
でも彼女の話に目を閉じて、炎真はその様子を頭の中に思い描く。

「……僕も、きっと吐きます」
「はっ……普通の感性を持ってる奴ならそりゃあ、なぁ」

立ち上がり、壁に掛かったサーベルを手に取ったスクアーロは、おもむろに柄を握り、引いた。
ガツッと固い音がして、サーベルは鞘を付けたまま動かない。

「抜けないんですか?」
「中で血が固まって、錆びちまってんだろぉな」
「血……」

二人が戦って、テュールが死んだ。
ならそこに着いている血は、スクアーロの……。

「その後、とりあえず無意識のまま歩き回ったらしくてなぁ、病院の前で倒れて、目が覚めたときには3日が過ぎてた」
「3日も寝てたんですか!?」
「だいぶ重症だったらしいな……。で、目が覚めたその日に、ボンゴレに行って、ヴァリアーに入る許可もらった」
「……え?突然!?」
「ああ。オレが剣帝を殺したんだ。その分の責任は、取らなけりゃならねぇ」

責任……。
その言葉が炎真の体に重く伸し掛かる。
人を殺した、責任。
炎真が相対した彼女の魂の欠片は、その責任に耐えきれず、戦うことで殺した理由を探そうとした。
戦いの先に、死の理由を求めていた。

「死に、理由なんてない。殺したことも、理由があった訳じゃない。それでも殺したことへの、責任をとる必要があると思った」
「それが、あなたの思ったこと?」
「……まさか」

炎真の問い掛けに、スクアーロはふっと息を吐き出した。
サーベルを壁にかけ直し、炎真に振り向く。

「ぶっちゃけすげぇ怖かった。ヴァリアーのボス殺して、ヴァリアーに恨まれたら、きっと殺しに来るんだろうし、ボンゴレ本体に報復に殺されるかもって思った。ヴァリアーに入ったらもっとたくさん人を殺さなきゃならなくなる、それも怖かった。逃げ出したいと思ったのも、1度や2度じゃねぇよ。不安で不安で仕方がなかったぁ。しかも、時間が経つにつれて段々と殺すことに疑問を感じなくなってくる。殺しが恐ろしくなくなってくる。自分の選んだ道が正しかったのか、恐怖と不安で、潰れそうだった」
「……そう、だったんですか」
「意外か?」

ちょっと恥ずかしそうに言うスクアーロに、炎真は遠慮がちに頷く。
普段から、強気で凛とした人だったから、そんなことを思っていたなんて、考えも付かなかった。

「……アーデルも、そんなこと考えてたのかな……」
「そればかりは、本人に聞かなきゃなぁ」
「……ですよね」
「でも、きっと平気だろぉ」
「どうして、ですか?」
「アーデルハイトには仲間がいた。一人で背負ってる訳じゃ、ねぇからな」
「……はい」

炎真は、ゆっくりと頷く。
この人が、ボンゴレにいて良かったと思う。
例え、責任を果たすために、より多くの人を殺していたとしても。
例え、誰よりも多く人を殺してきていたとしても。
彼女に出会えて、良かったと思う。

「ちゃんと生きて、ちゃんと死のう、だったか?」
「え?」
「オレが昏睡してた時に、欠片になっていたオレの魂と、そんな話をしたんだろぉ?」
「あ、そんなことも、言ったかな……」
「……よし。ちょっと、付き合え」
「え……?どこに、ですか?」
「オレがカッコ良く生きるために、頑張った結果に」
「え?」

そのまま、炎真はとある修道院に連れていかれる。
子供達と戯れ、気に入られた様子の炎真と、それを楽しそうに眺めるスクアーロ。
そして翌日、その出来事を聞いたディーノが拗ねて部屋に閉じ籠った話は、……蛇足だろう。
8/9ページ
スキ