凍てついた手

力の入らない脚を無理矢理動かして、倒れた剣帝に駆け寄る。

「け、んてい?」
「……ぅ……お、まえ……女、か」
「け、剣帝!お、オレは……いや、今人を……!」
「うるさい、ぞ。黙れ……聞け……」

近寄ると、微かに胸が上下しているのが分かった。
コヒューと、苦しげな息が喉を抜けていく。
傷口から血が溢れて、地面に水溜まりを作っていた。
膝をついて、剣帝を見たが、どうすれば良いのかわからず、血塗れの手は宙を彷徨うだけだった。

「ゴフッ……」
「お、おい……!」
「クソガキめ……はぁ、この、オレ様を、謀るとは、なぁ……」
「もう、良いからっ!しゃべるなよ!」
「お前、殺しは……カハッ!……初めて、だな……。はっ、震えて、のか……?情け、ないな……」

ゴボリと血を吐きながら話す剣帝を、止めようとしても、奴は話を止めなかった。
手をガッシリと掴まれて、医者を呼びにいくことも出来なかった。
カタカタと震える手を、奴は離さないまま、濁った瞳をこちらに向けた。

「オレは、剣士だ……!」
「ぁ、う……」
「このま、ま……コフッ……、死なせて、くれ……。お前は、その様を……しっかり、目に、焼き付け、て……忘れ、るな……!」
「わか、た……」
「ハッ……だが、良い、気分、だ……!強い奴に、戦いで、負けて……死ねる。そ、れに……、女を、殺さず……済んで、よか、た……」
「ぇ……」
「わるか、たな……ゲフッ……!にゅうたいの、はなし、……わすれて、いい……」

泡の混じった血が剣帝の口端から垂れて、言葉の端々にゴポゴポと不快な水音が混ざる。
肺が傷付いているんだと分かったが、オレは剣帝の言葉を聞き取ろうと必死で、その事には構っていられなかった。

「ハァ……ガフッ……いい、たたかい、だった、……スクアーロ。あり、が、とう……」
「ま、てよ……待てよ!死ぬな……死なないでくれよ!なんだよそれ!オレを、殺さなくて良かった!?死ねて、満足なのかよ!?オレは、オレはまだ、あんたと戦いたい!一緒にでも、なんでも良い!あんたの言うこと聞く!だから、死ぬなよ!オレを、置いていくなよっ!!」
「う……せ……」
「なあ……!待って……死ぬなぁ!ふざけんなよ!オレが女だったから攻撃避けなかったのか!?あんなの、本当の勝ちじゃねぇ!もう1回、あと1回だけで良いからっ!立ち上がってくれ!戦ってくれよ!」
「……」

剣帝はもう、喋ることも出来ないようで、ただ荒く息を吐きながら、オレに手を伸ばす。
手は、目の下を擦って、そのままオレの膝の上に落ちていった。
オレの腕を掴んで離さなかった義手からも、力が抜ける。
目から、光が消えた。

「てゅー、る?」

オレの声に答えてくれる人はいない。
あんなにもオレを振り回した剣帝テュールは、死んでしまった。
……いいや、オレが、殺した。
この手で、殺したんだ……!

「っぐ……ゔ、ぇえ゙……っ!」

手に、人を、テュールを切った生々しい感覚が蘇ってくる。
思わずテュールの体から離れて、地面に胃の中身を吐き出した。
殺した……!
剣帝を、オレが殺した……!
あんなに側にいてくれた奴を。
オレと共に戦いたいと言ってくれた男を。
オレがこの手で、殺したんだ!!

「ぐっ……!はあ……、はっ……テュール……!」

血塗れの体に手を伸ばす。
つ、と触れた体は、既に冷たくなっていた。
血液の巡らない肉塊。
そこから、冷気が伝わってくるような気がして、咄嗟に手を引っ込める。
引っ込めた手は、情けなくもブルブルと震えて止まらなくて、指の先からどんどん冷えて、凍り付いていくように感じて、恐ろしくなった。
ぷつん、ぷつんと、何かが切れていく。
世界が、フィルターを通したかのように、ぼんやりと貸すんで見える。

「きず、ちりょう、しなきゃ……」

ふと、そう思った。
腹から、肩から、頭から、腕から、脚から、体中の至るところから血が垂れていた。
口を拭って立ち上がり、散らばる武器と防具、ボロボロの上着を拾い上げて、部屋を出た。
そこから先の、記憶はない。
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