凍てついた手

「オレと戦え、剣帝テュール」
「……ふん、良いだろう。このオレ様が相手をしてやるぞ、スペルビ・スクアーロ」

ある日、ある時、オレと剣帝はようやく剣を携えて、向き合うことが出来た。
テュールの剣は身の細いサーベル。
対してオレの持つ剣は、丈の長く、刀身の平たいモノ。
サーベルを使う敵と戦ったことは何度かあるが、きっとテュールは奴らの比ではない。
胸が高鳴る。
体が熱くなる。
思わず舌舐めずりをすると、テュールが珍しく、口元に薄い笑みを浮かべた。

「お前と戦うことに、オレ様は珍しく歓喜している」

テュールがそう言った。

「今までずっと、こき使い続けて戦おうとしなかったくせにかぁ?」
「……別にオレ様は、お前との戦いを避けていた訳ではない」
「あ゙あ?」
「お前を暗殺者にしたかったのだ。暗殺者になったお前と、同じ仕事がしたかったのだ。才ある者と、共に戦いたかったのだ。……もう一度聞こう、これが終わったら、ヴァリアーに入ってくれるな?」
「はっ!テメーが勝ったら考えてやるよ!!」
「ふむ、ならば覚悟しろガキィ!」

やり取りが終わるが早いか、オレ達は地を蹴り、飛び出した。
オレ達が戦うのは、ヴァリアーの一番広い訓練場だった。
何もないだだっ広いだけの部屋で、二人っきりで戦う。
ルールは無用、どちらかが敗けを認めるか、戦えなくなるまでの勝負。
あっという間に目の前に迫った剣帝のサーベルを横に跳んで避け、下段から剣を振り上げる。
だがオレの剣は剣帝の肩を掠め、そして有らぬ方向から、奴のサーベルが飛んできた。

「っと……それがテメーの剣かぁ?」
「ああ、オレ様の剣は変幻自在。手がないからこそ、どんなところにも手が届くのだ。素晴らしい剣技だろう?」
「悪くねぇ……が、その剣もオレが食い潰してやるよぉ!!」

テュールの剣は、変幻自在。
その言葉通り、奴の剣は突然にその軌道を変えて、オレの頬を掠めた。
秘密は奴の、腕にある。
奴の右腕の手首から先が、ぶらん、と外れて、全く逆の方を向いていた。
剣帝には右腕がない。
故に、奴は特別な義手を使い、戦う。
手首が有り得ないところまで曲がるなんて、確かに変幻自在のとんでもない剣だ。
オレは頬の傷から流れる血をベロリと舐め、奴に問い掛けた。

「ゔお゙い、この戦いはルール無用、だったよなぁ?」
「ああ、もちろんだ。……お前の持てる、全ての技を、武器を使って、オレ様を倒して見せろ」

剣帝がニヤリと笑う。
オレも自然と、口角が上がった。

「ゔお゙ぉい!行くぜぇ!!」
「来い、ガキィ!!」

訓練場中にワイヤーを張り巡らせた。
オレが一番強くなれるフィールドは障害物のある場所。
多彩な足場を利用して、縦横無尽に駆け回り、敵を翻弄して打ち負かす。
地面を蹴り、ワイヤーの上に飛び乗った。
ワイヤーの反発を利用して、最小限の力で飛び跳ねる。
上へ下へ右に左に、前へ後ろへ縦に横に。
そして十分スピードがついたところで、剣帝に向かって飛び出した。
ギャァン、と派手な金属音。
剣で防がれたか。
今度は上からの攻撃。
これは避けられ、だが今度はそのまま、地上での切り合いが始まる。

「ゔらぁっ!」
「はあっ!」

二人の剣が重なり、離れ、再び重なる。
再び迫った剣を蹴りつけていなし、自分の剣を突き出す。
ルール無用、だったけれど、奴への直接の攻撃に剣以外を使う気はなかった。
だってこんなに楽しい事はない。
オレ達の力はこんなにも拮抗している。
オレの方が体力がなくて、時間が経てば経つほどに不利になることはわかっていた。
勝ちたいという気持ちにも嘘はない。
だが、この楽しい時間がいつまでも続けば良い、その気持ちも確かだった。

「はっ、良い剣だガキ!」
「他人の剣を誉めてる暇があんのかぁ?」
「ああ、ない!ないが!誉めざるを得ないほど、お前は素晴らしい!」
「そう言うあんたも、良い!」

夢中だった。
夢中で奴と切り合った。
オレの剣が奴の肩を削ると、奴のサーベルがオレの腹を刺す。
オレの剣が奴の脚を切り裂けば、奴のサーベルはオレの腕を斬る。
斬って、刺して、削って、裂いて、オレ達は夢中で戦い続けた。
どれ程の時間が経っただろう。
オレ達の体力は尽きて、気力だけで立っているようなモノだった。
身体中ボロボロ、傷だらけで血塗れ。
息を切らして向き合い、残った力をかき集めて、剣を振り上げ、ザリと脚を踏み出した。

「ゔお゙ぉぉお!!!!」
「はぁぁあああ!!!!」

眼前に迫るサーベルを、体を捻って避ける。
来ていた服に切っ先が掛かり、ビリッと裂けて、弾け飛ぶ。
元々着ていた上着も、防弾チョッキも、既にボロボロに裂かれて捨てていた。
残っていたのは中のTシャツだけで、破かれたその中から、サラシを巻いた胸が露になった。

「……は?」

剣帝の間抜けな声が聞こえたのと、オレの剣が、奴の肩から腹に掛けてを切りつけるのとは、同時のことだった。

「がっ、あぁあっ!?」

混乱したような、剣帝の声。
肉を経つ、生々しい感触。
飛び散る赤い色。
遂に力が入らなくなった手から、剣が滑り落ちた。
ガランガランと響く音。
オレは何が起きたのかわからずに、キョトンとして呟いた。

「な、んで……?」

だって、わからなかったんだ。
剣帝なら避けられると思ってた。
剣帝が倒れるはずないと思ってた。
オレの目の前に倒れ付した男を、ただ呆然と見詰めることしか出来なかった。
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