凍てついた手

その日オレは、初めて人を殺した。


 * * *


「素晴らしいな、お前。うちに入らないか?いや、うちに入れ、餓鬼」
「あ゙あ?」

開口突然にそう話し掛けられて、オレは眉間にシワを寄せて相手の事を睨んだ。
三十路くらいのガッシリとした筋肉質の男。
偉っそうに仰け反り返って、感情のない声で言った野郎に、噛みつくように言った。

「なんでオレが暗殺部隊なんかに入らなきゃならねぇ?舐めたこと言ってるとカッ捌くぞぉ!」
「おや、ヴァリアーの事は知っているのか?なら当然、オレ様の事も知っているだろう?」
「……剣帝テュール」
「ならば話は早い。お前、世界中の剣豪と名の付く者に、喧嘩を売りまくっているそうだな。オレ様も相手をしてやろう。その代わり、マフィアになれ。お前が入ればヴァリアーは百人力だ」
「ヴァリアーもマフィアも興味はねぇ!」
「ならばお前とは戦えんな」
「……」
「考えろ。だが考えた末に来ないと言うのならば……」
「ならば?」
「拐う」
「結局ヴァリアーに行くことは確定じゃねぇかぁ!」

どんな手を使ってでも、野郎はオレをヴァリアーに入れたいらしい。
奴の言う通り、オレは世界中の剣豪を倒して回っていた。
いつか剣帝と戦えれば良い、とも思っていた。
だがまさか、向こう側から来るとは。
素直に従うのが癪だったし、その時は丁度、くそ弱い自称『剣豪』を倒した直後でイラついていたのもあって、反抗的な態度を取ったが、野郎と戦えるのならば、悪くはないかもしれない。
……まあ、ヴァリアーに入るかどうかは奴に勝った後、好きなように決めればいい。

「チッ……!まあ良い。テメーと戦ってやる」
「よし、ならさっさとアジト行くぞ」
「は?……はあ゙!?んでわざわざアジトに行かなきゃならねぇ!ここで良いだろぉがぁ!!」
「いや、お前がヴァリアーに入った時に、入隊条件を満たしてなかったら困るからな。まずはお前に必要な事を叩き込んでから、最後にオレ様と戦って、そしてヴァリアー入隊だ!」
「そんな話聞いてねぇぞぉ!却下だ却下ぁ!」
「ちなみにアジトに愛用している剣を忘れたから、どっちにしろ戻らねば戦えない!」
「もう帰れテメー!!」

話に聞く剣帝は、剣の帝王と呼ばれるほどの実力を持つ、とんでもない男だった。
だが、なんだこいつは!?
自分勝手で何も考えてない!
こんな奴が剣帝?認められるか!!

「もういい、今の話はなしだぁ!」
「いいや!一度口にしたことは守ってもらわねばならんなぁ」
「あ゙?……っ!?」

踵を返してソコから立ち去ろうとした。
だが直後、僅かな風の動きを感じて、剣を構えて振り返った。
途端、剣帝の重い一撃が剣に落ち、衝撃が腕に響いた。
目を見開きながら、その攻撃を辛うじて受け流す。
剣帝が目の前で、ニヤニヤと笑っている。

「……命令だ、来い」
「……はっ、悪くねぇ」

そのたったの一撃が、奴の強さを物語っていた。
オレは……、テュールに着いていくことを決めたのだった。


 * * *


ヴァリアーに着いたオレは、応接間に入れられて、数枚の紙を前にして苛立たしげに膝を揺すっていた。

「……んだぁ、これはぁ」
「ふん、決まっているだろう。ヴァリアーの入隊テストだ」
「なんでオレがこんなテスト受けなきゃならねぇんだって聞いてんだぁ!」
「お前をヴァリアーに入れるためだ」
「クッソ面倒くせぇ!」

こんなテスト受けるなんて聞いてない!
ヴァリアーの資格ってのは身体能力だけじゃねぇのか!?
こんな面倒なテストとかあんのかよ!

「なんだ?頭は弱いのか?ん?」
「るせぇ!面倒くせぇだけでこれくらい簡単に解ける!黙って見ていろぉ!」

チッ!やるならさっさとやりてぇってのに、なんだよテストって。
しかもしち面倒くせぇ問題ばかり並んでいやがる。
これが終わったら、この男をぎったぎたにしてやる!
そう決意して問題を解き始める。
そして1時間後、解き終わった問題用紙を渡したオレは、身体能力テストを受けるために、運動場に連れていかれた。

「ここで戦うのかぁ?」
「そんなわけないだろう。またテストだ。お前の身体能力をオレ様達に見せてみろ」
「……チッ!」

言われた通りに、様々なテストを受ける。
短距離走、長距離走、懸垂、幅跳び、その他諸々……。
まるで学校の体力測定だ。
天下のヴァリアーが、好感度がた落ちだ。
全ての測定を終えて、オレはテュールに詰め寄る。

「ゔお゙ぉい、こんな生温いテストでヴァリアーってのに入れんのかぁ?」
「生温い、か……。その割りには、体力はそれほどないな。まあ、テストは合格だ。しかし、ヴァリアーはこれだけのテストで入れるような生温い組織ではない!」
「なに?」

剣帝のその言葉に、一瞬近くにいた隊員がピクッと反応した。
その後は、何事もなかったかのように作業に戻る。
いったい、……なんだ?

「ヴァリアー入隊には、オレ様の許可がいるのだ。そして、オレ様はこのままのお前を、ヴァリアーに入れてやる気はない!!」
「はあ!?」
「このオレ様が!直々に!お前を素晴らしい暗殺者に育てあげてやろう!」
「っざけんなぁ!!それこそ初耳だぁ!誰がそんなことをするか!」
「オレ様と戦えなくても良いのか?」
「……ぐ、ぅ……それは……」
「まあ安心して任せろ!1ヶ月もあれば十分だ!」
「いっ、1ヶ月ぅ!?」

そして剣帝の言うがままに、オレはヴァリアーに1ヶ月の体験入隊をすることになったのだった。
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