太陽は夜にも昇る
ミーナ、オレの一番の友人。
暖かく笑う、太陽のようなひと。
初めて遇ったのは、オレがあるマフィアを潰していた時だった。
麻薬、人身売買、売春斡旋、そんな汚い仕事を生業としている連中のボスが、小さな部屋に飼っていたのがミーナだった。
ベッドの下で、小動物のように震えていた彼女に手を伸ばすと、怯えて奥へと逃げていった。
今まで、たくさん傷付けられて来たんだろう、そう思って、触れるのを止めて、残りの連中の始末に向かった。
全部終わったら、戻ってこよう。
そう思って放置したのがいけなかった。
ファミリーのボスは逃げ足が早くて、なかなか捕まえられなかった。
追って追って追って、なんとか追い付いたとき、ソイツはミーナを盾にして逃げようとしていた。
少女の手を掴んで、引き摺ろうとする男の首に、ナイフを振るって、始末する。
でもそれよりもちょっと早く。暑くなって脱いでいた自分のコートを、彼女に掛けてやった。
彼女の手を離して倒れる男、トドメとばかりに、その喉を踏み抜いて潰した。
オレは慣れてしまったけれど、きっとそれはとてつもなく気分の悪くなる光景。
彼女にそれを見せるのは、余りにも酷だと思った。
コートを剥ごうとする手を、掴んで止める。
手首に残る手形を見た後では、あまり強く掴む気にはなれなかった。
少女は酷く混乱している様子だった。
なんとか言いくるめて、コートを被せたまま抱き上げて、その場を離れる。
オレの腕の中で、すぐに気絶した少女。
怖かったんだろう。
こういう奴は、いつも修道院に連れて帰っていた。
その日もそう。
でも修道院について、空いてる部屋のベッドに彼女を下ろし、出ようとしたとき、何かが服の裾を引っ張った。
彼女の手が、オレの服をしっかりと掴んで引き留めていた。
引き離すことは出来たと思うけど、どうしてもそんな気になれず、武器を床に投げ捨てて、そのまま彼女の隣に寝た。
若い身空でこんな目にあって、怖かっただろう、辛かっただろう。
ずっと助けを求めていたはずだ。
人の温もりを求めるくらい、許されたって、良いだろう?
「……おやすみ」
そう言って、彼女の隣で眠りに落ちた。
実に4日ぶりの睡眠だった……。
そして目が覚めたとき、彼女はなぜか、ペタペタとオレの胸を触っていた。
そのまま服を脱がそうとしてきて、慌てて止める。
バレただろうか、女だと言うことが。
変なことを言われる前に立ち去ろう。
仕事を理由に部屋を去ろうとしたら、オレはまた彼女に引き留められた。
一人は嫌、と。
置いてかないで、と。
そう言う彼女に、オレはたぶん、幼い頃の自分を重ねた。
……そんなこと言われたら、置いてなんかいけないじゃないか。
でも、彼女と一緒にシスターの元に行ったのは、間違いだったかもしれない。
オレはその場で服を脱がされて、女であることを確かめられた。
しかも着替えた後には、シスターに過去の事を話されるし、もう散々。
しかも彼女には何故か、友達になってやる宣言をされてしまった。
友達なんて要らない。
あっても煩わしいだけだ。
そう思っていた。
でもその日から何日かして、オレは少し、その考えを改める。
あの日、オレは面倒な仕事を片して、血濡れの状態で修道院に向かっていた。
拠点にしてる所よりも、修道院の方が近くて、そこで体の血を洗い落とそうと思っていた。
そして何より、疲れた体を、修道院で癒してもらおうと思っていた。
でも、礼拝堂に着いたところで、疲れきった体が限界を迎えた。
ガクッと膝をついて、そのまま座り込む。
立ち上がれなくて、仕方ないから壁際によって、体力が回復するまで待つことにした。
体についた血は、既に乾いて、床に付くこともない。
壁に凭れてぼんやりすること5分。
近くの階段を、誰かが降りてくる音が聞こえた。
シスターだろうか。
そう思ったが、降りてきたのは彼女、美奈で、美奈はオレの姿を認めると、瞠目した後、駆け寄ってきた。
「どうしたの!?怪我したの!?」
「……疲れただけだぁ。血は、返り血」
「立ち上がれないの?」
「もう少し待てば、立ち上がれる」
オレの友達になるなんて馬鹿なこと抜かしやがった変な奴、そう思っていた美奈は、座り込むオレを見上げて、力強く言った。
「取り合えず、部屋にいってちゃんと休まないと。こんな所じゃ風邪引いちゃう」
「……放っとけよ」
「バカ!女の子放っとけるわけないでしょ!ほら掴まって、行くわよ」
美奈はオレの腕を自分の肩に回すと、よいしょっ、と掛け声を掛けて立ち上がった。
彼女の助けもあって、オレも何とか立ち上がれる。
そのまま美奈は、オレの体を引き摺るようにして、自分の部屋に連れて帰った。
「ほら服脱いで!」
そう言って強引に服を脱がせて、ベッドに投げられる。
「体冷たいじゃない!お風呂沸くまで休んでなさい!」
オレに向けて毛布を投げて、慌ただしくバスルームに駆け込んでいく彼女の背を見送りながら、何でここまでするのか考える。
助けてもらったお礼、かな。
ここまでしなくても良いのにな。
「ほら!お風呂入って!」
少しして戻ってきた彼女に、オレは質問してみた。
ほんの、気紛れで。
「何で、ここまでするんだぁ?」
「は?」
「放っとけば一人で出来るのに」
「それは、さっき言ったじゃない。女の子放っとけるわけないでしょ!って。それに、私の事を助けてあまつさえ隣で寝てくれたような優しい子に、私も優しさで応えてあげたいと思ったのよ。……私の自己満足かもしれないけど」
「……そう、か」
最後の方は恥ずかしくなったのか、モゴモゴと口を濁らせた美奈は、ちょっと乱暴にオレをバスルームに突っ込む。
湯に浸かって、体を洗って、すぐに出てきたオレに、美奈は髪を梳かすと言ってきた。
逆らう理由もないから、後ろを向いて梳かしてもらう。
頭を撫でる手が気持ちよくて、気付いたらオレは寝てしまっていた。
起きたのは朝。
ベッドに寝ていて、隣には美奈が寝ていた。
オレの体を抱き締めるようにして、何かから守るようにして、美奈は寝ていた。
「美奈」
「んー……」
「オレの体の血を見て、何で怖がらなかったんだ?」
「すぅ……」
「お前、他人に構ってる暇、あるのかよ」
「くぅ……」
可愛らしい寝息を立てる美奈の頬をつつく。
こいつはここに来てから1度も、帰りたいとは言わないらしい。
どこから来たのかもわからないし、何かを隠しているらしいが、それを語ることもない。
別に、それはそれで構わない。
マフィアに関わって、大きく変わってしまう人は多い。
家に帰りたくないと言う人もたくさんいる。
でも、帰りたいとも、帰りたくないとも言わず、ただここで生きる決意をしているらしい彼女は、オレにとっては少し物珍しかった。
「変な女」
「むぅ……」
その日は彼女を起こさずに、そっとベッドから抜け出して帰った。
でもその時から、自分から彼女に接する時間が増えた。
いつからだろう、彼女をミーナと呼ぶようになったのは。
いつからだろう、彼女に弱音を吐くようになったのは。
いつからだろう、彼女の傍に居たいと思うようになったのは。
ミーナの傍は落ち着いた。
彼女が歳が近くて、オレの事情を全て知っていたから、かもしれない。
仕事の事はあまり話せなかったけど、親しい話を、たくさんするようになっていった。
ミーナ、オレが大きな仕事に行く度に、怪我をするなと心配してくれて、怪我をすると本気で怒ってくれる、心優しいオレの友人。
気付けばその存在は、手放せないほどに大切になっていた。
10年後の記憶の中に、彼女が出てきたときは驚いた。
『手伝ってあげようか?』
なんて、軽い調子で放たれたあの言葉を現実にしてしまうなんて、恐れ入った。
ミーナの笑顔を見ると、ミーナの声を聞くと、オレはとても嬉しくなる。
血塗られたオレの世界を、太陽のように照らす、優しい友人。
オレの幸せを願ってくれて、その幸せを自分の事のように喜んでくれる、可愛い友人。
きっと、ミーナが幸せになれる、そんな世界を、作りたいと思った。
だからミーナ、幸せになって。
そしてオレの前で、笑っていてくれ。
オレの大切な、太陽のひと。
暖かく笑う、太陽のようなひと。
初めて遇ったのは、オレがあるマフィアを潰していた時だった。
麻薬、人身売買、売春斡旋、そんな汚い仕事を生業としている連中のボスが、小さな部屋に飼っていたのがミーナだった。
ベッドの下で、小動物のように震えていた彼女に手を伸ばすと、怯えて奥へと逃げていった。
今まで、たくさん傷付けられて来たんだろう、そう思って、触れるのを止めて、残りの連中の始末に向かった。
全部終わったら、戻ってこよう。
そう思って放置したのがいけなかった。
ファミリーのボスは逃げ足が早くて、なかなか捕まえられなかった。
追って追って追って、なんとか追い付いたとき、ソイツはミーナを盾にして逃げようとしていた。
少女の手を掴んで、引き摺ろうとする男の首に、ナイフを振るって、始末する。
でもそれよりもちょっと早く。暑くなって脱いでいた自分のコートを、彼女に掛けてやった。
彼女の手を離して倒れる男、トドメとばかりに、その喉を踏み抜いて潰した。
オレは慣れてしまったけれど、きっとそれはとてつもなく気分の悪くなる光景。
彼女にそれを見せるのは、余りにも酷だと思った。
コートを剥ごうとする手を、掴んで止める。
手首に残る手形を見た後では、あまり強く掴む気にはなれなかった。
少女は酷く混乱している様子だった。
なんとか言いくるめて、コートを被せたまま抱き上げて、その場を離れる。
オレの腕の中で、すぐに気絶した少女。
怖かったんだろう。
こういう奴は、いつも修道院に連れて帰っていた。
その日もそう。
でも修道院について、空いてる部屋のベッドに彼女を下ろし、出ようとしたとき、何かが服の裾を引っ張った。
彼女の手が、オレの服をしっかりと掴んで引き留めていた。
引き離すことは出来たと思うけど、どうしてもそんな気になれず、武器を床に投げ捨てて、そのまま彼女の隣に寝た。
若い身空でこんな目にあって、怖かっただろう、辛かっただろう。
ずっと助けを求めていたはずだ。
人の温もりを求めるくらい、許されたって、良いだろう?
「……おやすみ」
そう言って、彼女の隣で眠りに落ちた。
実に4日ぶりの睡眠だった……。
そして目が覚めたとき、彼女はなぜか、ペタペタとオレの胸を触っていた。
そのまま服を脱がそうとしてきて、慌てて止める。
バレただろうか、女だと言うことが。
変なことを言われる前に立ち去ろう。
仕事を理由に部屋を去ろうとしたら、オレはまた彼女に引き留められた。
一人は嫌、と。
置いてかないで、と。
そう言う彼女に、オレはたぶん、幼い頃の自分を重ねた。
……そんなこと言われたら、置いてなんかいけないじゃないか。
でも、彼女と一緒にシスターの元に行ったのは、間違いだったかもしれない。
オレはその場で服を脱がされて、女であることを確かめられた。
しかも着替えた後には、シスターに過去の事を話されるし、もう散々。
しかも彼女には何故か、友達になってやる宣言をされてしまった。
友達なんて要らない。
あっても煩わしいだけだ。
そう思っていた。
でもその日から何日かして、オレは少し、その考えを改める。
あの日、オレは面倒な仕事を片して、血濡れの状態で修道院に向かっていた。
拠点にしてる所よりも、修道院の方が近くて、そこで体の血を洗い落とそうと思っていた。
そして何より、疲れた体を、修道院で癒してもらおうと思っていた。
でも、礼拝堂に着いたところで、疲れきった体が限界を迎えた。
ガクッと膝をついて、そのまま座り込む。
立ち上がれなくて、仕方ないから壁際によって、体力が回復するまで待つことにした。
体についた血は、既に乾いて、床に付くこともない。
壁に凭れてぼんやりすること5分。
近くの階段を、誰かが降りてくる音が聞こえた。
シスターだろうか。
そう思ったが、降りてきたのは彼女、美奈で、美奈はオレの姿を認めると、瞠目した後、駆け寄ってきた。
「どうしたの!?怪我したの!?」
「……疲れただけだぁ。血は、返り血」
「立ち上がれないの?」
「もう少し待てば、立ち上がれる」
オレの友達になるなんて馬鹿なこと抜かしやがった変な奴、そう思っていた美奈は、座り込むオレを見上げて、力強く言った。
「取り合えず、部屋にいってちゃんと休まないと。こんな所じゃ風邪引いちゃう」
「……放っとけよ」
「バカ!女の子放っとけるわけないでしょ!ほら掴まって、行くわよ」
美奈はオレの腕を自分の肩に回すと、よいしょっ、と掛け声を掛けて立ち上がった。
彼女の助けもあって、オレも何とか立ち上がれる。
そのまま美奈は、オレの体を引き摺るようにして、自分の部屋に連れて帰った。
「ほら服脱いで!」
そう言って強引に服を脱がせて、ベッドに投げられる。
「体冷たいじゃない!お風呂沸くまで休んでなさい!」
オレに向けて毛布を投げて、慌ただしくバスルームに駆け込んでいく彼女の背を見送りながら、何でここまでするのか考える。
助けてもらったお礼、かな。
ここまでしなくても良いのにな。
「ほら!お風呂入って!」
少しして戻ってきた彼女に、オレは質問してみた。
ほんの、気紛れで。
「何で、ここまでするんだぁ?」
「は?」
「放っとけば一人で出来るのに」
「それは、さっき言ったじゃない。女の子放っとけるわけないでしょ!って。それに、私の事を助けてあまつさえ隣で寝てくれたような優しい子に、私も優しさで応えてあげたいと思ったのよ。……私の自己満足かもしれないけど」
「……そう、か」
最後の方は恥ずかしくなったのか、モゴモゴと口を濁らせた美奈は、ちょっと乱暴にオレをバスルームに突っ込む。
湯に浸かって、体を洗って、すぐに出てきたオレに、美奈は髪を梳かすと言ってきた。
逆らう理由もないから、後ろを向いて梳かしてもらう。
頭を撫でる手が気持ちよくて、気付いたらオレは寝てしまっていた。
起きたのは朝。
ベッドに寝ていて、隣には美奈が寝ていた。
オレの体を抱き締めるようにして、何かから守るようにして、美奈は寝ていた。
「美奈」
「んー……」
「オレの体の血を見て、何で怖がらなかったんだ?」
「すぅ……」
「お前、他人に構ってる暇、あるのかよ」
「くぅ……」
可愛らしい寝息を立てる美奈の頬をつつく。
こいつはここに来てから1度も、帰りたいとは言わないらしい。
どこから来たのかもわからないし、何かを隠しているらしいが、それを語ることもない。
別に、それはそれで構わない。
マフィアに関わって、大きく変わってしまう人は多い。
家に帰りたくないと言う人もたくさんいる。
でも、帰りたいとも、帰りたくないとも言わず、ただここで生きる決意をしているらしい彼女は、オレにとっては少し物珍しかった。
「変な女」
「むぅ……」
その日は彼女を起こさずに、そっとベッドから抜け出して帰った。
でもその時から、自分から彼女に接する時間が増えた。
いつからだろう、彼女をミーナと呼ぶようになったのは。
いつからだろう、彼女に弱音を吐くようになったのは。
いつからだろう、彼女の傍に居たいと思うようになったのは。
ミーナの傍は落ち着いた。
彼女が歳が近くて、オレの事情を全て知っていたから、かもしれない。
仕事の事はあまり話せなかったけど、親しい話を、たくさんするようになっていった。
ミーナ、オレが大きな仕事に行く度に、怪我をするなと心配してくれて、怪我をすると本気で怒ってくれる、心優しいオレの友人。
気付けばその存在は、手放せないほどに大切になっていた。
10年後の記憶の中に、彼女が出てきたときは驚いた。
『手伝ってあげようか?』
なんて、軽い調子で放たれたあの言葉を現実にしてしまうなんて、恐れ入った。
ミーナの笑顔を見ると、ミーナの声を聞くと、オレはとても嬉しくなる。
血塗られたオレの世界を、太陽のように照らす、優しい友人。
オレの幸せを願ってくれて、その幸せを自分の事のように喜んでくれる、可愛い友人。
きっと、ミーナが幸せになれる、そんな世界を、作りたいと思った。
だからミーナ、幸せになって。
そしてオレの前で、笑っていてくれ。
オレの大切な、太陽のひと。