太陽は夜にも昇る

私の名前、荻野美奈。
でも友達には、ミーナと呼ばれる。
イタリア人っぽいあだ名で、私は結構気に入っている。
私をミーナと呼ぶ友達は、毎日クッソ忙しいくせに、結構マメに会いに来てくれる。

「ミーナ、元気かぁ?」
「元気、あんたよりはどう考えても元気」
「どういう意味だそれぇ」

そのままの意味に決まってる。
仕事仕事の仕事人で、休む間もなく働いて、折角の休める時間も私達に会いに来るのに費やしてしまう彼女より、どう考えても私の方が元気。
今だって、土砂降りの雨に打たれて、身体中から水滴を滴らせて、彼女は疲れたように息を吐いた。

「こんな夜中に来たってみんな寝てるわよ?どうしたのよ、突然」
「……別にどうもねぇよ」

この子との付き合いは、まだほんの1年にも満たないけれど、この子が無理をしてまでこの修道院に来るのは、いつだって何か嫌なことがあったときって事くらいは、私でもわかる。

「泣きたいならぁ、私の胸貸して上げてもいーけど~?」
「貸す胸なんてあんのか?」
「あんたよりはあるわよ!」
「オレは無くて良いんだよ」
「もうっ!」

頭からタオルを被って、クスクスと笑う彼女は、疲れたように礼拝堂の長椅子に体を預けて力を抜く。
だいぶ疲れが溜まっているらしい。

「無理しちゃダメよ?スクちゃん、無理ばっかりするんだから」
「無理しなきゃ死んじまうんだから、仕方ねぇだろぉ」
「でも、それで貴女が死んじゃったら元も子もないじゃない……」
「……死んだりしない」

彼女は、強い瞳でそう言った。
言うと共に、手を伸ばして、私の服を摘まんで引っ張った。

「なあ、胸、貸してくれんだろぉ」
「なぁに?要らないんじゃないの?」
「ミーナ、ごめん、胸貸して」
「凄く棒読みね」

服を強く引っ張られて、私はそれに逆らわないで、されるがままに、スクちゃんに抱き締められた。
もしかしたら、思っていたよりだいぶ参っていたのかもしれない。
彼女の濡れた髪が、私の服をじんわりと湿らせる。
体の中に溜めてた疲れを一気に吐き出すように、彼女は深呼吸をする。
濡れた髪に、するりと指を通すと、擽ったそうにクスクスと笑う声が漏れてきた。

「恋人同士みてぇ」
「あんた、女じゃない」
「でも見た目的には大丈夫」
「私が大丈夫じゃないわよ。私は将来絶対超絶イケメンな優しい旦那ゲットすんのよ」
「オレだって超絶イケメンだろ?」
「あんた優しくないもん」
「ああ?そんなことねぇだろ」

不満そうに口を尖らせるスクちゃんを、宥めるように撫でていると、彼女は突然疲れたように、愚痴を溢した。

「……オレ、超絶イケメンだろ?」
「あんた結構ナルシストよね」
「事実を認識してるだけだぁ。……だって、女がたくさん寄ってくるし。オレ、一々相手にするの、面倒くせぇ」
「やぁね、スクちゃん、こんなに可愛い女の子なのに」
「……それに、周りの奴ら、偉そうにしてて、本当にうぜぇ。オレより弱いくせに」
「そうかぁ……」

ああ、だいぶ参ってたんだ。
ブツブツとこぼす彼女を抱きしめて、よしよしと頭を撫でる。
私がこの子に助けられたあの日、この子の暖かな体温に、とても安心したことを良く覚えている。
私の体温が、少しでもこの子に伝われば、少しでも、この子が安心してくれれば、そう思って、抱き締めた。

「……スクちゃん、あんた一人で頑張りすぎなのよ」
「……んなこと、ねぇよ」
「お姉さんが手伝ってあげようか?」
「お前に何が出来んだよ?」
「むっ、色々できるもん。イタリア語も話せるようになったし、今みんなと一緒に護身術も習ってるんだよ?」
「マフィアにゃ通用しねぇだろぉ」

手伝ってあげようか?と、そう言った瞬間に、彼女はパッと体を離した。
また馬鹿なことを言い始めて、って、呆れた顔で眺めてくるけど、私は本気だ。

「私知ってんのよ?あんたがここの運営費援助してんのも、そのせいでお金なくなってこの間女の子に奢ってもらったことも……」
「おい、前者は良いが、何でてめぇ後者の知ってんだぁ?」
「私だっていつまでも甘えてらんないわ!でもただ働くんじゃなくて、あんたと、ここのみんなの為に働きたいの。危ないことはしないわよ」
「……オレは、お前が傷付くのなんて嫌だ。オレのために動いて傷付かれるのは、もっと嫌だ」
「私だって、あんたに傷付かれるのなんて、絶対嫌よ」
「……」
「友達なんだから、もっと頼ってよ」

離れてた彼女の体を引っ張って、もう一回抱き締めた。
この子は優しくて、そして酷く独り善がりだった。
周りに人がいることを、誰かが助けてくれると言うことを、彼女は知らない。

「……お前が強くなったら、考えてやるよ。それまでは、絶対、ダメ」
「……むぅ」

ほら、今もまたダメって言う。
でも絶対に、認めさせるよ。
スクちゃん、貴女と、この場所が、今の私の居場所なんだ。
私も守りたい。

「認めさせるんだから、待っててね」
「……無理するなよ」
「しないもん。スクちゃんじゃないんだから」

スクちゃんにむにっとほっぺを摘ままれる。
呆れたように笑うスクちゃんに、何だか少し安心した。

「元気になった?」
「元々、元気だった」
「えー?本当かしら?」

クスクスと笑い合う、そんな何気ないことが、幸せだった。
今の私に、彼女を守るほどの力はないけれど、それでも、このささやかな日常を守っていきたい。
そう、思った。
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