太陽は夜にも昇る

「まだ、かな……」

待ってろ。
そう言われてから、大分時間が経った。
あの人は帰ってこない。
そして部屋の外は、大分静かになった。

「まだかな……」

こんなに人を心待ちにするのは、一体いつぶりだろう。

―― カツ……ン

今、何か音が聞こえた。
一体何の音だろう、靴音、だろうか……。
耳を済ませて、様子をうかがう。
音は連続して聞こえてきて、段々と大きくなってくる。

―― カツカツカツカツ……

近付いてきている。
さっきの人は、靴音を一度も鳴らさなかったから、きっと別の人。
まさか……

―― カツン

ドアの前で音が止まる。
見えた靴は、さっきと同じ、あの男の革靴だった。
足音荒く入ってきた男は、今度は真っ直ぐにベッドに向かってきた。
来るな……来るな……!
でもそんな私の願い虚しく、男はベッドの縁に手をかけた。

「ヒッ!!」

バッターン!と、大きな音を立ててベッドが引っくり返される。
男がキレた顔で怒鳴るけど、何を言ってるのかはやっぱりわからなかった。
男が手を伸ばしてくる。
あの人の手とは違う、私に乱暴をする手。
何をされるんだろう。
わからないけど、このまま捕まるのはまずい気がした。
バチッと男の手を振り払って逃げる。
服なんてない。
でも毛布を被って、男の横をすり抜けて必死に走り出した。
怒鳴りながら、男が追い掛けてくる。
ずっと長い間走ってなかったせいで、すぐ息は切れたし、脚がガクガクと震えたけど、そんなことで止まってなどいられなかった。
走る、走る、走る。
でも所詮私は女で、加えて運動だって得意じゃない。
あいつに追い付かれてしまい、腕を強く掴まれる。

「いっ……!!」

痛い!
女の子に何でこんなに乱暴ができるんだよ、こいつやっぱり人間じゃない!
腕に跡が付きそうなほど強く掴まれて、痛みに脚が止まった。
思わず振り向こうとした、その時。

「え……、うわぁ!!」

頭の上に、何か大きな布が落ちてくる。
視界が突然真っ暗になって、私は慌ててその布を掴んで退かした。
いや、退かそうとした。
布を退かそうとした私の腕を、何かが掴んで止める。
さっきの男の手ではない。
厚めの革の感触。
気を使っているのか、あまり強く掴まれてはいない。

「え、あ……さっきの、人?」
「遅れたな、すまん」
「え?」

安心させようとしたのか、肩を優しく叩き、その人は私の目が見えない状態のままで手を引いて連れていこうとする。
いやいやいや、待て待て待て。

「あの!この布?取って、ください……!」
「……取らない方が良い」
「え?」
「お前は見るべきじゃない」
「え?」

見るべきじゃないって、何を……?
いや、それよりも、あの男は?
突然、私は不安で堪らなくなる。
本当に、この人は大丈夫?
一体、何者なの?

「あの男は……?あなたは、いったい何者なの……!?」
「……」
「なんで?何で答えてくれないんですか?私は……これから、どうなるの!?」
「……、ごめん」
「え?」

一体今日だけで何度、え?と言っているんだろう。
その人は謝って、少しだけ布を捲る。
って、近いっ!

「ち、近い……!」
「今ここは、普通の人間が耐えられる状態じゃない」
「え、……え?」
「……悪いが、少しだけ我慢してくれ」
「ええ!?」

その人は、もうヘルメットを被ってはいなかった。
真っ白な顔、銀色の髪、瞳。
まだ、幼さの残る顔立ちが、彼が振る舞いよりも大分若いのだろうことを推測させる。
手袋も、片方だけ外したらしい。
素手のまま、彼の手が一度だけ私の頭を撫でて、その直後に、私の視界は再び暗闇に包まれた。

「怖かったら、しっかり捕まってろ」

思ったよりも近くで聞こえたその声。
それに驚くよりも早く、体が浮き上がった。
驚いて、咄嗟に彼の体を掴む。
私の掴んだところはたぶん肩、なんだけど……あれ?
なんだか思っていたより、ホッソリしていて、柔らかかった。

「すぐに着く。大丈夫だからな」

またヘルメットを被ったのか、声はくぐもっていて聞き取りづらい。
でもその声にひどく安心して、私は意識を失った。
後から考えれば、あんな状況で寝落ちなんて、迷惑以外の何物でもなかったけど、恐怖から解き放たれ、彼の傍で私はそれだけ安心していたのだろうと思う。
手のひらに、その人の体の暖かさを感じながら、私は夢の世界へと旅だったのだった。
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