太陽は夜にも昇る

「……な、に?」

わあわあと、人が騒ぐ声が聞こえて、私は一人、首を傾げた。
いつも部屋の外は騒がしいけれど、いつもの騒がしさとは何かが違う。
緊迫していて、切羽詰まっていて、まるで恐怖しているような声だ。
一体、何があったんだろう。
……考えるだけ無駄だろう。
部屋の隅っこに踞って、私はその声が収まるのを待っていた。
…………うん、静かになってきた。
でもなんだろう、嫌な予感がして、どうにも仕方がない。
私はベッドの下の隙間に身を滑り込ませて、息を殺した。
それと同時に、部屋のドアが派手な音を立てて開かれた。
聞こえてきたのは、乱暴なイタリア語。
それと部屋中を踏み荒らし、その後ベッドの前で止まった一組の革靴が目に入った。
あの男の革靴。
男はベッドの下を覗くことはなく、荒々しくベッドを蹴りつけると、ドアを開け放したまま何処かへと去っていった。

「……なに、今の?」

自分の声が震えているのがわかった。
どう見たってただ事じゃあない。
そして男が出ていったすぐ後、ドアから中に入ってくる足があった。
さっきの男とは違う。
真っ黒な革のブーツ。
それが音もなく部屋に侵入してきた。
真っ直ぐにこちらに向かってきて、そしてブーツは、私の目の前で立ち止まると、その場に膝をついて、ベッドの下を覗き込んだ。

「ヒッ……!!」
「……」

こちらを覗き込んできたのは、真っ黒なヘルメットだった。
ヘルメットは暫く無言でこちらを見ていたけど、少しするとおもむろに話し出した。

「ジャポーネ?」
「じゃ、じゃぽーね?に、日本人、ってこと、ですか?」
「……お前は、さっきここに入ってきた男や、テオファミリーについて知っているか?」
「てお……?ておって、なに?」
「……、お前は暫くここに隠れていろ。すぐに戻る」
「え……?でも……」
「大丈夫だ、待ってろ」

ヘルメット越しのくぐもった低い声がそう囁き、黒い革の手袋が伸びてくる。
思わず身を引いてしまう。
手が空を切って、私は、ヤバいと、思った。

「ヒッ……あ、ごめん、なさ……」
「……悪かったな」
「え……?」

逃げたりしたら、叩かれる。
そう思っていた。
でもその手は、私を叩いたりする事はなくて、少し躊躇うように固まってから、引っ込んでいった。
あ、れ?
予想していたのと、なんか違う。

「いいか、動くなよ」
「は、はい……」

ブーツメットの人が離れていく。
私は、頷いたけれど、その人が離れていくのを見ていたら、思わずその背に手を伸ばしそうになった。
でも私が動くことはなく、その人も出ていってしまい、また、部屋には私だけになる。
遠くにまた、人の叫び声が聞こえた。
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