白銀に手を伸ばす

次にオレが目覚めたのは、病室のベッドの上だった。
白い天井と、蛍光灯、同じく白い壁を見て、ここが病室であることを覚った。
膝の近くに、何か暖かいモノを感じる。
見下ろしてみれば、オレの膝元には白と黒の塊があった。
いや、たぶんこれは、カスザメだ。
というか、こんな命知らずな事をするのはあのカスだけだ。

「おい、カス」
「……スゥ……」

返事はない。
聞こえてきたのは吐息の音だけだ。
ベッドの上に突っ伏して寝ているらしい。
ぶん殴って起こそうかとも思ったが、面倒くさくなってやめた。
どうせ直ぐに起きるだろう。
このカスは眠りが浅いから、誰かが側にいるだけで直ぐに起きてしまうはず。

「……」

それにしても、オレはだいぶ長い間眠り続けていたらしい。
耳が見えるくらい短かったカスザメの髪は、今は腰にも届くくらいの長さになっていた。
オレが野望を勝ち取るまでは、その髪を切らないと、そう言っていたのは、つい数日前の事だった。
数日前の事だと、思っていた。
だがオレの知らない間に、世界は予想以上に進んでいた。
ゆっくりと身を起こし、シーツに広がるカスの髪の毛を掬った。
長い髪、これだけ伸びるには、1年や2年では足りないだろう。
隊服に埋もれて見える顔の、目の下にはうっすらと隈がついている。

「チッ……、カスが」
「ん゙……ん?」

思わず口をついて出た言葉に反応し、カスザメが目を開けた。
苛立ちのままに、その脳天に拳を落とす。

「いぎゃっ!?」

短く悲鳴を上げて椅子から落ちたカスザメを見届け、オレは再びベッドに戻った。
カスがオレの名を呼び、医者が駆け込んでくる。
眠いというのに、うぜぇ。

「ザンザス!お前8年も氷ん中に……」
「知るか、うるせぇぞドカス」
「んなぁっ!?」

ドカスを殴り飛ばして、そのまま医者ごと退室させる。
布団の中に潜り込み、目を閉じた。

―― 8年も氷ん中に……

オレは、そんなにも長い時間を奪われていたのか。
あの、ジジイ……!
ギリッと噛み締めた歯が軋み、肌に薄く傷跡が浮かぶ。
これまで生きてきた半分の時を、あの小さな氷の牢獄に閉じ込められて、過ごしてきただなどと。
これまで受けてきたその仕打ち以上に、許せることでは、ない。
何より、中途半端に封印を解いたことを、その曖昧な態度を、許すことなど、決して出来ない。
奴を殺す。
そしてオレは、ボンゴレの頂点に立つ。
最強のボンゴレの10代目に。
オレこそが、名にX(10)の字を二つ持つ男。
オレの下僕はまだいる。
どれだけ時間が過ぎても、褪せることのない忠誠心を持った、オレだけの鮫。

「ふん……」

必ずや、あの場所を手に入れる。
カスザメなら、上手くやる。
だからオレは、今は寝る。
そう結論を出して、瞼を閉じた。
……暫くして、誰かの気配を感じた。
いや、気配というより、誰かがいると、勘付いた。
手に何かが触れる。
じんわりと温もりが伝わる。
氷の中で感じた、あの温もりだった。

「……」

そいつは何も言わなかったが、微かに甘い匂いが鼻を掠め、オレはその正体を知る。
手のひらの上の温もりを握り締めて、オレは眠った。

「……――」

やっと届いた白銀色が、何かを言ったような気がした。
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