白銀に手を伸ばす
「ザンザス、ザンザス……!!行くなぁ、ザンザス!!」
カスザメの声が聞こえる。
意識が暗闇に飲まれていく中で、鈍い光を放つ、白銀色だけが見えた。
オレがその色に手を伸ばしたのは、何故だろう。
ただ、奴の泣きそうな顔が見えた気がして、煩わしいそれを掻き消そうと、手を伸ばしたのかもしれない。
……遠くに、悲鳴のような、嘆き声のような、苦しげな叫びが聞こえた気がする。
まるで水の中にいるように、その声は酷くボヤけて聞こえ、もどかしい。
だが、この声はどこかで聞いたことがあるような気がする。
オレはこの声を、知っている。
なのに、思い出せない。
ずっと近くで、この声を聞いていたような気がする。
……。
思い、出せない。
……。
……。
……?
不意に、己の手に温もりが宿る。
指の先から、手のひらへ。
手のひらから、腕に。
腕から、体へと巡り、全身を包んだその温もりが、オレを緩やかに、眠りの世界へと誘った。
襲い来る眠気に逆らう事なく、瞼を閉じようとした時だった。
――……カスザメ、か
声の主を思い出し、その顔が思い浮かぶ。
狂おしい程の忠誠を誓い、命を懸けてオレの隣に立つ、バカな女。
あの叫びは、奴のモノなのか。
何故、あんなにも苦しげに叫んでいたのか。
オレにはわからない。
……わかるはずもない。
オレは今まで、奴の事をわかろうとしたことなど、なかったんだから。
……。
……これからも、わかろうとなんて、しないだろうが。
抗えない程の強い眠気が、オレの意識を追い立てる。
ゆりかごの様に、優しく体を包む温もりの中で、オレは眠りに就いたのだった。
× × ×
「ぐっ……ぅう!!」
体が崩れ落ちる。
途端に、痛み、光、臭い、音……鮮明な感覚が、脳髄を刺激する。
ここは……?
オレは、いったい……?
力の入らない体に鞭を打って、上半身を起こす。
倒れた時に膝を打ったのか、じんじんと痺れるような痛みが広がる。
微かな光は、壁の高いところに灯してある松明のものだった。
木材の燃える匂い、火がパチパチと弾ける音が届く。
その独特の臭いに混ざって、ホコリやカビの臭いが鼻をつき、鼻と口を手で塞ぐ。
ここは、ボンゴレの地下室か……?
振り向いたところには、小さな7つの焦げ跡と、大きな水溜まり。
水……いや、これは、氷。
「そう、か……。そうか……思い出したぞ、クソ!あのジジイ、あんな隠し玉を持っていやがったとは……!」
全て、全てを思い出し、オレは虚空に向かって吼えた。
あの氷の封印を受けてから、いったいどれ程の時が経ったのだろう。
喉はヒリつき、声は掠れて、いつもの声量とは程遠い、頼り無い声しか出ない。
その事に対しても悪態を吐きながら、ずるずると引き摺るようにして起き上がる。
身体中の全ての筋肉が悲鳴をあげる。
だが歩む足を止める気はない。
「ぐぅっ!クソ、ドカスがっ……!」
脚が、腹が、背が、腕が、首が、痛い。
痛みに支配され、何も考えられぬまま、兎に角前へと足を踏み出す。
ざりっ、ざりっ、と足を引き摺る音が、やけに耳につく。
ほとんど無意識のまま、勘を頼りにひたすらに歩き続け、気付くとオレは、見覚えのある屋敷の玄関に着いていた。
ここは……ヴァリアーの、
「ゔおぉい、帰ったぞぉ!!」
この声は、カスザメの。
相も変わらず、馬鹿デカい声だ。
煩わしい程の大音声に、一つ息をこぼし、思ったままの感想を吐いた。
「仕事帰りの親父か、ドカスが」
「あ゙あ!?……はぁ!!?」
なんとか、その声のする方へと移動する。
そこで見えたのは、見覚えのない、鬱陶しいほど長い髪。
だが振り向いたその顔は、馴染みのあるカスの顔だった。
「ざん、ざす……?」
「それ以外の誰に見える、カスザメが」
白銀色の髪、同色の瞳。
この間見たときとは、装いも雰囲気も大分違ったが、オレを見て目を輝かせるその様子は、驚きの声は、紛れもなく、オレの下僕であるバカな鮫のモノだった。
「お前、あの封印から出て……!」
その容姿には酷く時の流れを感じたが、尻尾でも振りそうな様子で駆け寄ってくるその様は、正しくカスザメであった。
奴が手を伸ばしてくる。
それを掴もうとしたが、それより早く、体の限界が訪れた。
「ザンザス……っゔお!?」
自分の体重を支えきれずに、カスザメの方へと倒れ込む。
カスザメは危なっかしくも何とかオレを支え、だが直後、事もあろうにオレの耳元で叫んだ。
「ちょ、まっ、重いぞ、ザンザスぅぅう!!」
うるせえと殴る。
腕を上げる、ただそれだけの事が、酷く億劫に思えた。
このオレが、テメーで歩くことも出来なくなるとは、屈辱だ。
屈辱でも、歩けないのは事実。
荷物を投げ捨てて、オレを背負うようにして引き摺るカスが、息を切らしながら言った。
「ったく、ちょっと待ってろよぉ」
「早くしろドカス」
ヴァリアーの屋敷は広い。
その中を、病室に向かって歩くカスがいつまで保つだろうか。
女にしちゃあ力はあるが、それでもオレを背負って歩くのは重労働だろう。
どんどん、意識を保つことが難しくなってくる。
首がカクンと落ちて、自然とカスザメの髪に顔を埋める形になった。
カスザメのくせに、やたらと柔らかく触り心地の良い髪からは、微かに甘い匂いがした。
「誰かいねえか!ルッスーリア!!レヴィ!!ベル!マーモン!!」
「あらん?スクちゃん来てたの?」
「!手ぇ貸せルッスーリア。ボスのご帰還だぜぇ!!」
「んま!大変!!」
ルッスーリアがオレを見て、パッと顔を輝かせる。
キモい、うぜぇ。
だが不安定なカスザメの背中から退けるのは良い。
「ザンザス、言いてえことは山程あるが、今は休め。暫くは休養が必要だ」
「ああ」
カスザメの言葉に、何とか喉を震わせて、返事を返す。
休養、その言葉が切っ掛けとなったように、オレはあっという間に、意識を失った。
カスザメの声が聞こえる。
意識が暗闇に飲まれていく中で、鈍い光を放つ、白銀色だけが見えた。
オレがその色に手を伸ばしたのは、何故だろう。
ただ、奴の泣きそうな顔が見えた気がして、煩わしいそれを掻き消そうと、手を伸ばしたのかもしれない。
……遠くに、悲鳴のような、嘆き声のような、苦しげな叫びが聞こえた気がする。
まるで水の中にいるように、その声は酷くボヤけて聞こえ、もどかしい。
だが、この声はどこかで聞いたことがあるような気がする。
オレはこの声を、知っている。
なのに、思い出せない。
ずっと近くで、この声を聞いていたような気がする。
……。
思い、出せない。
……。
……。
……?
不意に、己の手に温もりが宿る。
指の先から、手のひらへ。
手のひらから、腕に。
腕から、体へと巡り、全身を包んだその温もりが、オレを緩やかに、眠りの世界へと誘った。
襲い来る眠気に逆らう事なく、瞼を閉じようとした時だった。
――……カスザメ、か
声の主を思い出し、その顔が思い浮かぶ。
狂おしい程の忠誠を誓い、命を懸けてオレの隣に立つ、バカな女。
あの叫びは、奴のモノなのか。
何故、あんなにも苦しげに叫んでいたのか。
オレにはわからない。
……わかるはずもない。
オレは今まで、奴の事をわかろうとしたことなど、なかったんだから。
……。
……これからも、わかろうとなんて、しないだろうが。
抗えない程の強い眠気が、オレの意識を追い立てる。
ゆりかごの様に、優しく体を包む温もりの中で、オレは眠りに就いたのだった。
× × ×
「ぐっ……ぅう!!」
体が崩れ落ちる。
途端に、痛み、光、臭い、音……鮮明な感覚が、脳髄を刺激する。
ここは……?
オレは、いったい……?
力の入らない体に鞭を打って、上半身を起こす。
倒れた時に膝を打ったのか、じんじんと痺れるような痛みが広がる。
微かな光は、壁の高いところに灯してある松明のものだった。
木材の燃える匂い、火がパチパチと弾ける音が届く。
その独特の臭いに混ざって、ホコリやカビの臭いが鼻をつき、鼻と口を手で塞ぐ。
ここは、ボンゴレの地下室か……?
振り向いたところには、小さな7つの焦げ跡と、大きな水溜まり。
水……いや、これは、氷。
「そう、か……。そうか……思い出したぞ、クソ!あのジジイ、あんな隠し玉を持っていやがったとは……!」
全て、全てを思い出し、オレは虚空に向かって吼えた。
あの氷の封印を受けてから、いったいどれ程の時が経ったのだろう。
喉はヒリつき、声は掠れて、いつもの声量とは程遠い、頼り無い声しか出ない。
その事に対しても悪態を吐きながら、ずるずると引き摺るようにして起き上がる。
身体中の全ての筋肉が悲鳴をあげる。
だが歩む足を止める気はない。
「ぐぅっ!クソ、ドカスがっ……!」
脚が、腹が、背が、腕が、首が、痛い。
痛みに支配され、何も考えられぬまま、兎に角前へと足を踏み出す。
ざりっ、ざりっ、と足を引き摺る音が、やけに耳につく。
ほとんど無意識のまま、勘を頼りにひたすらに歩き続け、気付くとオレは、見覚えのある屋敷の玄関に着いていた。
ここは……ヴァリアーの、
「ゔおぉい、帰ったぞぉ!!」
この声は、カスザメの。
相も変わらず、馬鹿デカい声だ。
煩わしい程の大音声に、一つ息をこぼし、思ったままの感想を吐いた。
「仕事帰りの親父か、ドカスが」
「あ゙あ!?……はぁ!!?」
なんとか、その声のする方へと移動する。
そこで見えたのは、見覚えのない、鬱陶しいほど長い髪。
だが振り向いたその顔は、馴染みのあるカスの顔だった。
「ざん、ざす……?」
「それ以外の誰に見える、カスザメが」
白銀色の髪、同色の瞳。
この間見たときとは、装いも雰囲気も大分違ったが、オレを見て目を輝かせるその様子は、驚きの声は、紛れもなく、オレの下僕であるバカな鮫のモノだった。
「お前、あの封印から出て……!」
その容姿には酷く時の流れを感じたが、尻尾でも振りそうな様子で駆け寄ってくるその様は、正しくカスザメであった。
奴が手を伸ばしてくる。
それを掴もうとしたが、それより早く、体の限界が訪れた。
「ザンザス……っゔお!?」
自分の体重を支えきれずに、カスザメの方へと倒れ込む。
カスザメは危なっかしくも何とかオレを支え、だが直後、事もあろうにオレの耳元で叫んだ。
「ちょ、まっ、重いぞ、ザンザスぅぅう!!」
うるせえと殴る。
腕を上げる、ただそれだけの事が、酷く億劫に思えた。
このオレが、テメーで歩くことも出来なくなるとは、屈辱だ。
屈辱でも、歩けないのは事実。
荷物を投げ捨てて、オレを背負うようにして引き摺るカスが、息を切らしながら言った。
「ったく、ちょっと待ってろよぉ」
「早くしろドカス」
ヴァリアーの屋敷は広い。
その中を、病室に向かって歩くカスがいつまで保つだろうか。
女にしちゃあ力はあるが、それでもオレを背負って歩くのは重労働だろう。
どんどん、意識を保つことが難しくなってくる。
首がカクンと落ちて、自然とカスザメの髪に顔を埋める形になった。
カスザメのくせに、やたらと柔らかく触り心地の良い髪からは、微かに甘い匂いがした。
「誰かいねえか!ルッスーリア!!レヴィ!!ベル!マーモン!!」
「あらん?スクちゃん来てたの?」
「!手ぇ貸せルッスーリア。ボスのご帰還だぜぇ!!」
「んま!大変!!」
ルッスーリアがオレを見て、パッと顔を輝かせる。
キモい、うぜぇ。
だが不安定なカスザメの背中から退けるのは良い。
「ザンザス、言いてえことは山程あるが、今は休め。暫くは休養が必要だ」
「ああ」
カスザメの言葉に、何とか喉を震わせて、返事を返す。
休養、その言葉が切っ掛けとなったように、オレはあっという間に、意識を失った。