お礼とそして、

「このバカ!どこ行ったのかと思って心配してたんだぞ!?」
「……ご、めん」
「ったく、あんまり心配させるなよな!……まあ、オレも変なこと言っちまったのかもしんねーけど。突然何もなしに、嫌いってだけ言われて逃げられても困る。あ、そう言えばバカとかドカスとかも言われた!それも困る!」
「ゔ……、悪い……」

黒曜ヘルシーランドの寂れた階段で、スクアーロは背中を丸めながら、ディーノの説教を受けていた。
俯いて謝ることしかできず、落ち込んだ雰囲気の彼女を前にして、ディーノもそれ以上強く言う気は失せたらしい。
大きく一つ、息を吐き出し、ぽんっとスクアーロの頭に手を乗せた。

「言いたくないことなら、無理して言うことないからさ」
「……ん」
「もう勝手に逃げたりしないこと。良いな?」
「……ん」

言葉少なに頷いた彼女の頭を、子供にするように優しく撫でる。
しばらくは、何も言わずにそれを受けていたスクアーロだったが、少しすると、不安そうに唇を噛み締めて、ディーノのTシャツの裾を掴んだ。

「スクアーロ、どうかしたのか?」
「……オレは、お前の事、嫌いじゃないから、だから、色々言っちまったのも、そういう意味じゃないから、だから……その、」
「とりあえず落ち着け、な?」
「お゙う……」

しどろもどろに言うスクアーロを、ディーノは肩に手をおいて落ち着かせる。
ディーノに言われて、少し落ち着いたのか、スクアーロは1度深呼吸をすると、今度こそ落ち着いて話し出した。

「さっきのこと、なんだけど、よ」
「うん、お前が嫌いって言ったり、オレに対して色々聞いてきたのだろ?」
「っ……、とり、あえず……悪かった」
「怒ってねーよ、大丈夫」

ビックリはしたけどな、と言って笑うディーノに、スクアーロはほんの少し安心したようだった。
しかしその表情はまだ固く、緊張した様子である。

「ディーノ、その……オレは、お前に我慢させてたか……?」
「……うん?」
「オレの都合で振り回して、無理、させてたか……?オレ、仕事で忙しかったのもあるけど、ずっと恥ずかしくて、それと、恐くて……、なかなか、お前に向き合えてなかったって、思って……」
「……恐い?」
「……お前に、だっ、抱かれて、女になるのが、恐い……。その後も変わらず、自分が自分であれるのか、わからなくて、恐い。変わってしまうかもと、思って、恐くて恐くて堪らないんだ……!」
「……そんなこと、考えてたんだな」

俯いて、恐いと呟く彼女を、ディーノは優しく抱き締めた。
ビクリと震えた体を抱き寄せ、細い背中を撫でてやる。
その体勢のまま、ディーノはまず、謝った。

「ごめん」
「な、なんで……。お前が謝る、必要は……」
「いや、ちょっと急ぎすぎたかもしんねーなって思ってさ。そうだよなぁ、お前ちょっと前までこんなことになるなんて思ってもみなかっただろ?いきなり変わるのは、恐いよな」
「……ああ」
「無理に、オレに合わせなくて良い。オレは堪え性なくてさ、また、お前に手を出そうとするだろうけど、嫌だったら言ってくれ。そしたら絶対、やめるから」

ぽんぽん、と背を軽く叩かれて、スクアーロは顔をあげる。
至近距離で彼と目が合い、慌てて俯く。
無意識に、Tシャツを握る手に力がこもった。

「謝らなくて、良い」
「でも、」
「無理も、しなくて良い」
「いや、だって……」
「強引でも、良い、から……。オレ、だって、恐いし、恥ずかしいけど……そういうの、したくないわけじゃ、ない……」

聞き逃してしまいそうなほど小さな声。
だがその声は、確かにディーノの耳に届いていた。

「……そんなこと言われたら、オレ、本気にするぜ?」
「っ……泣いたら、ごめん」
「泣かせないように、いっぱい優しくする。スクアーロ、こっち、見て」

おずおずと、顔を上げる。
また、目が合った。
今度は、スクアーロは目を逸らさない。
だが、シャツを掴む力が強くなったのを感じて、ディーノは安心させるように、髪を梳くように頭を撫で、頬に手を添える。
そして……、

―― カタッ

「誰だっ!!」
「あー!もう!!おバカフランのせいで見付かっちゃったじゃない!」
「音立てたのはオバサンじゃないですかー。ミーは無実ですー」
「なっ、お前ら……!」

小さな物音がした、その瞬間に、スクアーロは大声で怒鳴る。
音のした方にいたのは、骸を筆頭とした黒曜組の面々であった。
覗き見をしていたらしく、骸に至っては、カメラまで構えている。
その様子を見て、スクアーロの顔色がサッと赤く染まった。
そして、その目の前で、ディーノが微動だもせず、声も出さずに固まっている。

「なっ……なんで見て……!」
「師匠が写真撮ってばら蒔こうって言ってミー達を巻き込んだんですー」
「何余計な事を言っているんですかおチビ!そのリンゴ頭、刺し貫きますよ」
「テメー……!」
「クフフ、ざまあない……」
「うらぁ!」
「ってああ!カメラにナイフが……クッ!データがおじゃんです!!」

スクアーロが流れるような動作でカメラにナイフを投擲し、完膚なきまでに破壊する。
事なきを得たことに安心し、ディーノを見上げたスクアーロは驚いて固まった。
ディーノの顔には、表情が何一つ浮かんでいなかった。
無の極地とも言えるような顔。
そのどこか薄ら寒さを感じさせる表情のまま、ディーノはやっと、口を開いた。

「帰るぞ、スクアーロ」
「はっ!?うわぁ!」

唐突にスクアーロの手首を握って、早足に歩き出す。
スクアーロは半ば引き摺られるように、混乱した様子でその後を追う。
こうして、黒曜ヘルシーランドから嵐が去ったのであった……。
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