群青色のない世界

彼女が死んだ。



……いや、それだけじゃない。
かつてアルコバレーノと呼ばれていた7人も、いつだってアルコバレーノの姫を守っていた白いあいつも、マフィアを心底憎んでいた捻くれ者の術士も、みんな、死んだ。

「なんで、彼らはオレ達に何も言わずに逝ってしまったんでしょうね」

自分の弟弟子である沢田綱吉は、そう言って哀しそうに目を伏せていた。
その目の端には、涙が溜まっている。
死んだ者達の内、幾人かは大切な者に向けて、何らかの形でメッセージを残していた。
ツナの元には、リボーンの筆跡で、手紙が遺されていたらしい。
ツナ個人に向けたものと、ツナの周囲に向けたもの。
ユニは、γに音声を遺していた。
コロネロは、ラルに大量の薔薇の花と手紙を遺していった。
薔薇は総じて999本。
花言葉は、何度生まれ変わっても、あなたを愛す。
ラルが泣き崩れる所を見た。
風は弟子であるイーピンに手紙を遺した。
マーモンやヴェルデ、スカルが誰かに何かを遺した、という話は聞いていない。
マーモンやヴェルデは、彼ららしい。
二人は研究成果や私物すらろくに遺さずいってしまった。
きっとスカルは迷って迷って、最後の最後で生きて帰ってやるつもりでそのまま出ていったんじゃないだろうか。
そして骸は、また巡ります、というメッセージを遺した。
仲間達の反応を見ると、その素っ気なさと、彼らしい言葉に、笑っているのか泣いているのか、はたまた怒っているのか、よくわからない表情をしていた。
白蘭は真6弔花に手紙を遺していった。
ついで、と言うように入江正一へのメッセージも同封されていたらしい。
最後まで酷いんだから、と彼は泣きながら笑っていた。
そして……、そしてスクアーロは……。



 * * *



「……ボス」
「…………ロマーリオ」
「ボス、帰ろう。あんたフラフラじゃねーか」
「……もう少しだけ、居たい」

棺の埋まった、小さな墓の前で、ディーノは何をするでもなく、ただ立ち尽くしていた。
棺を埋めた、と言っても、今日ここに埋められた棺の中には、死体の1つも入ってはいなかった。
入れられたのは、一杯の花束と、故人が生前使っていた、武器や装身具、一寸した小物……エトセトラ。
彼ら自身の話によれば、肉体は全て、塵も残さずに消滅してしまったらしい。
体の入っていない棺を前に、何人もの人間が嗚咽を漏らしていた。
彼らの存在はあらゆる意味で大きかった。
そんな大きな存在を、まさか同時に10人も亡くす事になろうとは、いったい誰が予想しただろう。
なぜ力になってあげられなかったのか、と嘆く者がいた。
オレが殺そうと思っていたのに、と悔しむ者がいた。
そして、多くの者が、こう口にしていた。
『なぜ彼らが犠牲にならねばならなかったのか』と。

「答えは簡単だよ」

そう言ったのは、古風な丸眼鏡を掛け、不思議な雰囲気を醸し出す、着物姿の男だった。

「あの装置は直ぐにでも止めなければ、とんでもない事になっていた。それにいち早く気付いたのが彼らで、命を犠牲にしてでも、その装置を壊す覚悟があったのもまた、彼らだけだったからだ」

食い下がろうとするツナ達に、彼は更に続けて言った。

「君達は間違いなく、『他にも方法があるはずだ』と言っていただろう。だがそんな方法はないし、あったとしても、方法を考える暇だってなかった。彼らがいち早く立ち上がり、あれを止めていなかったら……、被害はこんなものでは済まされなかっただろうね」

淡々とした男の言い種に、ツナ達は心挫かれた様子だった。
彼らだってわかっていたのだ。
これしかなかったのだと、これ以外の結果など有り得なかったのだと。
葬儀が終わり、もうだいぶ時間が経った。
墓地にいるのは、跳ね馬ディーノと、その部下ロマーリオのたった二人だけだった。
ディーノの手の中で、よれた紙が風に煽られてハタハタと暴れる。
彼の目の前にある墓石には、『S・Squalo』と刻んである。

「……スペルビは、本当に死んじまったんだな」
「……」
「おかしいよな、最愛の人が死んだってのに、涙の1つも、出てこねぇ」

ディーノの瞳は酷く乾いていて、光の宿らない虚ろな色合いをしていた。
目の下には、大きな隈が出来ている。
眠れていないのだろう。
顔も青白く、生気がない。
足元もフラフラと覚束無い。
今にも死んでしまいそうなその様子に、部下は顔を歪ませる。

「こんな手紙だけ残してさ……。一人で勝手に、死んじまって、さあ」

酷い話だよな……。
そう言って、ディーノは乾いた声で笑う。
こんなに正気を失った彼の姿を、ロマーリオは今まで見たことがなかった。
どうにかして、元のディーノに戻ってほしい、そう願ったところで、ディーノが以前の姿に簡単に戻ることなどなく、ただ時だけが過ぎていく。

「酷いよな。オレ、目の前にいたのに、死にに行こうとするアイツを、止められなかった。様子がおかしいことも、アイツがそう言い出しそうだってことも、わかってたのにな」

死んだ10人の内、ただ一人、死ぬ前に人に逢っていたのがスクアーロだった。
そしてスクアーロが逢っていたのが、ディーノであった。
薬を盛られ、目の前で大切な人が死地に向かうのを、止められなかった。
誰もが言っていた。
『お前のせいじゃない』と。
ディーノ自身も、自分が何か言ったところで、あの変に頑固な所のあるスクアーロが止まるはずがないということなど、十分すぎるほどにわかっていた。
それでも、考えてしまうのだ。
あの時、何か違う言葉を言っていたら?
あの時、もっと必死に止めていたら?
意味のない考えが、頭の中に充満して、気付けばディーノの脚は止まって、動かなくなってしまっていた。
前にも行けない、後にも退けない。
このまま、彼女の後を追って、自分も死んでしまおうか……。
そんな物騒な考えをギリギリで押し止めているのは、彼が握っている手紙だった。

「たくさん泣いたら、立ち上がってほしいとか、強く生きてほしいとか……、困っちまうよな。オレ、泣くことさえ出来ねーのに、どうやって立ち上がれって言うんだよ」

まだ、スクアーロが死んだという実感がわかないようだった。
ただ、いなくなった。
髪の束と、手紙を残して、自分の前から消えてしまった。
頭の中では理解している。
だが心は、死んだのではなく、ここにいないだけなんじゃないのかと、そう信じようとしていた。
ディーノは心の中で戻ってきてくれと叫ぶばかりだった。
信じられない、死んだなんて。
本当はどこかに生きているのだろう?
いつか、ちょっとバカにしたような顔で、笑いながら帰ってくるんだろう?
オレはそれまで、お前の顔を見るまで、泣けない……。

「ボス、今のあんたは泣いてるよりもひでぇ顔をしてる……。こんな状態のあんた……見てられねぇよ」
「ハハ……、そんなに酷いか……?」
「酷いなんてもんじゃ、ねーよ」
「……じゃあ、こんな顔、スペルビの前じゃ見せてらんねーな」

ディーノは誰かを探すように辺りを見回す。
何も見付けられないまま、彼はクルリと踵を返して、墓を離れる。
黒のリムジンに乗り込み、走り出す。
車内の空気は、鉛のように重たかった。
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