お礼とそして、

「それじゃあ、行ってきます」
「ええ、気を付けてね!」

朝、奈々とそんなやり取りを交わしてから沢田家を後にして、オレは一先ず山本の家、竹寿司に向かうことにした。
休日だが、山本なら朝早くから起きているだろうし、ほんの少し挨拶をするだけの予定だから、そこまで迷惑にもならねぇだろう。
オレは自分の後ろを振り向き、そして深いため息を吐く。

「なんでテメーもいるんだ、跳ね馬ぁ」
「ん?だって色んな奴らのところに挨拶回り行くんだろ?」
「それでなんで、テメーが着いてくる」
「オレも仲間達に会いてぇし、それにもし恭弥に会いに行くなら、誰か傍にいないと突然バトル挑まれてボコボコにされるぜ?」
「……チッ」

後ろからご機嫌で着いてきているのは、跳ね馬ディーノ。
一人で行こうと思っていたのに、家を出る前に見付かって、そのまま二人で行くことになってしまった。
ロマーリオが居ればまだ良いんだけどなぁ。

「うわっと!?」
「……ったく、何回転べば気が済むんだ?」
「好きで転んでんじゃねーって!」

ずるべたっ、と転ぶ馬鹿を、呆れながら見下ろす。
これじゃあいつまで経っても、竹寿司に着けねぇじゃねーか。
仕方なく屈んで、手を差し出す。

「お、ありがとな!」
「……」

手を引いてディーノを立たせてやる。
……少し迷ってから、そのまま歩き始めた。

「スクアーロ?」
「……んだよ」
「手ー繋いだまんまで良いのか?」
「また転ばれるより、良い」

このままじゃキリがないから、だから引っ張ってやってる、だけである。
別に、それ以上の意味なんてない。

「ならもっとしっかり繋ごうぜ」
「ああ?」
「こーいう風に……。はは、なんかデートみたいだなー」
「あ゙あ!?」

ディーノが余計に手を絡ませてきて、しかもふざけたことまで言い出すから、オレは思わず振り払おうとしてブンブン手を振る。
なのにこのバカは、やたらと強い力で握り締めて離さないから、最後には諦めて、されるがままになっていた。

「そんな嫌がることねーだろ?」
「嫌なもんは嫌なんだよ」
「オレはこうするの好きだけどなー」
「……」

右手は繋いだまま、左手の義手はポケットに突っ込んで、機嫌の良い馬鹿を連れて歩いていく。
竹寿司まではあと少しである。


 * * *


バッティングセンターに気持ちの良い打撃音が響く。
カキーン、カキーンという乾いた音に、思わず目を細めた。

「な!たまには野球してみるのも良いだろ?こう、カーン!って打って、ドギャー!って球が飛んでさ!」
「日本語を話せぇ!」

山本の話は擬音語ばっかりで、何が言いたいのか意味不明である。
飛んできた最後の球をバットで打ち返して、深呼吸を1つ。
初めてだったが、結構打てたな。
山本と同じタイミングで出て、借り物だったバットを返す。

「いって!いててて!なんでそんなに打ててんだスクアーロ!?」
「普通に打ってるだけだがなぁ」

ディーノの馬鹿は、ただボールを打ち返すだけだというのに、転けたり、ボールに当たったりしたせいで、一人だけボロボロになっている。
また地面にへたりこんでいる奴を、手を差し出して引っ張りあげる。
ディーノはオレが引っ張りあげてやる度に、嬉しそうな顔をする。

「スクアーロ!ディーノさん!飲み物買ってきたのなー!」
「お゙う、わりぃな」

バットと一緒に渡した金で、山本が飲み物を買ってきてくれた。
受け取ったそれは、瓶の牛乳。
そう言えば、普段はコーヒーとか紅茶とかそんなのばかりで、あまり牛乳は飲まねぇな。

「やっぱバッティング練習の後は牛乳に限るのなー!」
「そうなのか?」
「腰に手を当てて、一気に飲むと美味いんだぜ!!」
「ふぅん……」

3人揃って紙の蓋を開けて、言われた通りにゴクゴクと飲み干す。
……まあ、悪くない。

「ぷはーっ!うめー!!」
「……なあ、本当にこんなことで良かったのか?」
「おう!」

唇の上に牛乳の髭をつけた山本に問い掛けると、ニカッと笑い返された。
何故、オレ達がバッティングセンターにいるのか。
それは山本のリクエストであったからだ。
数十分前の事である……。

「あ、スクアーロ!ディーノさん!」
「……よぉ」
「よっ!」

竹寿司に着いたオレ達は、丁度店から出ようとしていた山本に出会した。

「どーしたのな?」
「お前にも世話になったが、そのせいで父親にも迷惑かけただろぉ。だから、大したもんじゃねーが差し入れ持ってきた」

持ってきたのは、そこそこ値段の張る焼酎とちょっとしたツマミ。
本当はイタリアの土産とかがあれば良かったんだが、そんなものを買う暇もなく日本に連れてこられたからな。

「お!親父も喜ぶと思うぜ!」
「お前もなんかあったら呼べ。出来る限り助けてやる」
「ん、わかったのなー」

山本が店に入るのを見届けて、オレは踵を返した。
父親に直接会って謝った方が良いのかもしれねぇが、ほぼ面識のないオレに突然迷惑掛けましたなんて謝られても混乱させちまうだろうからな。

「なあ、次はどこいくんだ?」
「次は笹川の家に……ゔぉい、くっつくな」
「いーだろー?折角のデートなんだし」
「デートじゃねぇよ」

纏わり付いてくるディーノを引き剥がしながら歩いていると、オレ達は後ろから呼び止められた。

「スクアーロー!なあ、さっきなんかあったら呼べって行っただろー?今からさー、オレとバッティングセンター行かねー?」
「ああ?」
「一人じゃつまんねーから、付き合ってくれよー!!」

こっちにあるんだ、と、遠くからそう叫んだ山本。
オレ達は顔を見合わせて、その背中に着いていったのだった。

「本当は剣で一試合頼もうかと思ったんだけどな、スクアーロまだ本調子じゃねーんだろ?でもバッティングくらいなら大丈夫だと思ったからさー」
「まあ確かに、まだ戦闘は厳しいなぁ」

オレの左腕は、まだ仮の義手を着けているだけで、動きは鈍いし、力もろくに入らない。
……打ち合いに付き合ってくれ、なんて言われなくて、助かった。

「スクアーロも今度野球してみようぜ!」
「……暇があったらなぁ。それより、お前口に髭ついてんぞぉ」
「ん?」
「スクアーロも髭出来てるぜ?」
「あ゙?」
「ディーノさんも出来てるのなー」
「あり?」

全員で口元をゴシゴシと擦る。
誰ともなく、プッと噴き出して、その後、近くの河原に移動してキャッチボールをする。
昼を過ぎるまで遊んだ。
たまにはこんな風に遊ぶのも悪くない、と、笑う二人を見て思った。
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