夜は短し、遊べよマフィア

夜、イタリアのとあるバーの片隅で、ヴァリアーの面々はゆったりと腰を落ち着けて、会話を交わしていた。

「ここ部下の奴が超オススメっつっててさ、来たかったんだよなー!」
「ム、いい雰囲気なんじゃない?」
「軽くお食事もとれるし、これならマモちゃんも楽しめるわね♪」
「ゔお゙ぉい、注文決まったのかぁ?」
「サーロイン」
「んなもんねえ!」
「今すぐ用意して参りますボス!」

一部が騒がしくしているが、マーモンが全体に幻術をかけて誤魔化しているため、特に注視されることもなく、全員とても寛いだ様子で座っていた。
ただしマーモンへの報酬が更に吊り上がったが、この際それは些事である。

「……あれ?」

注文した品が全て運ばれ、テーブルに揃ったところで、ふとマーモンが疑問を抱く。

「スクアーロ、お酒飲まないのかい?」

自分とベル以外の全員が酒を飲むものだと思っていたマーモンは、スクアーロの手前のテーブルを見て首を傾げた。
そこには幾つかの料理と、水があるのみだ。

「車運転するしな」
「そんなの、後で部下を呼ぶなり何なりすれば良いじゃな~い!気にしないでスクちゃんも飲んじゃいなさいよぉ!」
「遠慮することないんだよ?」

指摘されたスクアーロは、気まずそうに視線を逸らして、首を横に振る。
酒が嫌いなのだろうか、と考察するマーモンは、今までの事を思い出してまたもや首を傾げた。

「そう言えば、僕、スクアーロがお酒飲んでるところ見たことないかも」
「ん?そういや王子も見たことねーかも?」
「あらん?そう言えば私もないわ」
「オレもないな」

四人の視線がスクアーロに集まる。
その視線を避けるように、スクアーロはふっと顔を背けた。
その時点で四人は何となく事情を察する。
もしかして、もしかすると……?

「スクアーロって、お酒苦手なの?」
「……別にそういう訳じゃねーよ」
「なら飲めば良いじゃないか」
「……いらねえ」

彼らの中の疑問は徐々に確信へと変わっていく。
そして、ついに今まで静観していた男が動き出した……。
そう、XANXUSである。
彼はおもむろに立ち上がると、手前においてあったビールジョッキを手に取り、ぐいっとスクアーロに押し付けた。

「飲め、カス」
「いらねえって!」
「オレの酒が飲めねぇってのか」
「飲む前から酔っ払いみてぇなこと言うなよっ!?」

手で押し返して拒絶するスクアーロの横から、スッと腕が伸びてくる。
ルッスーリアとベルは、両脇からスクアーロの腕をガッチリ固定すると、XANXUSに目線を送って合図した。
……と言っても彼らの目は髪やサングラスに隠れて見えていないのだが。
しかしXANXUSは二人の意図を理解して、ふっと口角を上げてニヒルに笑った。

「飲まねぇなら飲ませるだけだ」
「な!ふざけんなぁ!!離せテメーら……って待てザンザス!ちょっ、おい止めろっ……むぐぅ!?」

ヴァリアーの幹部二人掛かりで取り抑えられては、流石のスクアーロも逃げ切れない。
それでも暴れるスクアーロの顎を、XANXUSは片手でしっかりと掴んで固定し、口の中に思いっきりビールを流し込んだ。

「っ―――!!!!」

声にならない悲鳴を上げるスクアーロ。
だがXANXUSは容赦することなく、ジョッキの3分の1程のビールを流し込むと、ようやく手を離してスクアーロを解放した。
ジョッキが口から離れた瞬間、スクアーロは激しく咳き込む。

「ゴホッ!ゲホッケホッ!!」
「気管に入っちゃったかしら?スクちゃん大丈夫~?」

腕の拘束を解いて、ルッスーリアが咳き込むスクアーロの背を擦ってやりながら心配そうに覗き込む。
噎せ続けていたスクアーロだったが、暫くするとようやく落ち着いたようで、ゴシゴシと目を擦りながら顔を上げた。

「ヒクッ……変なとこ、入ったぁ」
「んま!あなた顔真っ赤じゃないの!!」

驚いたルッスーリアはスクアーロの頬にヒタヒタと手を当てる。
酒のせいか、噎せたせいか……いや、その両方か。
スクアーロの頬は真っ赤に染まっていて、相当苦しかったのか目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
なるほど確かに、こんなに酒に弱いのならばあれだけ嫌がるのも頷ける。

「しし、スクアーロの弱点発見ー。酒が弱いとか意外だな」
「酒とか樽で飲みそうな顔してるのにね」
「下戸なら下戸らしく、その辺の水でも飲んでいればいい!ボス!オレは最後まで付き合います!!」
「そう言うレヴィも、大してお酒強くないじゃないか」

赤くなってグシグシと目を擦るスクアーロを、ベルやレヴィは良い事を知ったと、ニヤニヤ笑いながら言葉を掛ける。
普段から文武両道を地で行き、戦闘センスに関しても、ヴァリアーのNo.2としてXANXUSを除き、誰も右に出る者のいないスクアーロ。
そもそも弱点があるのかという議論がコッソリ交わされる程度には、付け入る隙のない彼の、意外すぎる弱点を見付けて、二人が喜ばないハズがなかった。

「今度からそれでからかってやろ!!」
「ム、むしろお酒飲めないで、今までどうやって誤魔化してきたのか気になるよね」

熱くなった頬を、ルッスーリアの手に擦り寄せる今のスクアーロは、懐いた猫のようで可愛らしい。
流石にやり過ぎたと反省したのか、マーモンがスクアーロに水を渡す。

「スクアーロ、水飲んでちょっとでも酔いを冷ますと良いよ」
「……いらない」
「え?いらないの?」
「……いらない」

スクアーロは何を思ったのか、マーモンの申し出をぷるぷると首を振って断り、自分の頬に触れているルッスーリアの手を取る。
そしてそのまま、ガッチリと筋肉のついた太い腕を抱えるようにして抱き着き、モコモコの羽毛のファーに顔を埋めた。

「スクアーロ!?」
「ん゙ー……」
「スクちゃん具合悪いの?お水いらないの?」
「もう……入んない……」

ルッスーリアの呼び掛けに、スクアーロは怠そうに顔を持ち上げる。
昼にホットドックを食べたきりで、まだビールを少し飲んだくらいなのに、もうお腹が一杯らしい。
スクアーロの顔はまだ赤く、潤んだ瞳で見上げられ、縋るようにシャツを掴まれたルッスーリアは、思わずゴクリと生唾を飲み込む。

「ちょ、ちょっとスクちゃん?さっさと離れなさいって!あなたそんなキャラだった!?」
「やら……」
「ム、もう呂律回ってない……。どんだけ弱いのさ」

またファーに顔を埋め、頭をグリグリと押し付け始めるスクアーロを、今度はベルが引っ張った。
スクアーロは頑として動かなかったが、その服の裾を引っ張ったままベルは声をかける。

「スクアーロぉー。んなオカマに抱き付いてないで王子んとこ来いよ。王子の方が絶対に抱き着きやすいぜ」
「ベル、抱き着きやすいとかどうでも良いから、さっさとこの酔っ払いどうにかしてよ」
「しし、いーじゃんこのまんまで。こんなスクアーロ滅多に拝めないんだし。スクアーロー、こっち来いって」

グイグイと服を引っ張るベルに、スクアーロは振り向きさえしない。
最終的には、ペイッとベルの手を振り払って、更にキツくルッスーリアの腕に抱き着く。

「ん゙ー……」
「ベル、フラれたね」
「チェッ」

どうやら、ルッスーリアから離れる気はないらしい。
しかし……、と、マーモンは首を傾げる。
酔っ払って起こす行動というのは、普段は理性によって抑えられている行動である。
元からルッスーリアと仲が良いのなら頷けるけれども、彼らは特別仲が良いということはなかったと思うのだが。
まふまふとファーに擦り寄るスクアーロを見上げながら、マーモンはそう言えばと気が付く。
スクアーロの行動の理由ではない。
先程からルッスーリアが何も話さないことに気付いたのだ。

「ルッスーリア?平気かい?」
「……私、」
「?」
「男に戻っちゃいそうよ……」
「ム!?」

確かに、確かにスクアーロは、黙ってさえいれば美人と言える顔立ちをしているし、涙目で擦り寄ってこられて何も感じないという奴は少ないだろう。

「ていうかスクちゃん、胸がない分、男だか女だかよくわかんなくなっちゃうわよね」
「あぁ……」

敢えてスクアーロから視線を逸らし、ぶつくさと呟くルッスーリアにマーモンも相槌を打つ。
今日はヴァリアー全員が私服であるが、恐らくスクアーロはいつものように胸を潰して、その上から何かしら着重ねているだろうから、尚更体型がわかりづらいはずだ。

「とにかくマモちゃん、この子早く引き剥がしてよ~!」
「ム、そんな無茶言わないでよ。というかそれ以前に、何でスクアーロは君に抱き着いてるのさ。それと若干八つ当たり入ってるけど、何で主犯のボスが他人事って顔してテキーラ飲んでるの?」
「ボスはまあ……ボスだからとしか言いようがないわねぇ……」

結果が見れたから、もう興味を無くしてしまったのか、酒を煽っているXANXUS。
そして隣ではレヴィも真似をしてテキーラを煽り噎せている。
ベルはスクアーロに素気無くされたせいで、イジケて料理を摘まんでいた。

「スクちゃんったら何で私に抱き着いてきたのかしらねぇ?確かに魅力的かも知れないけどぉ~」
「寝言は寝てから言いなよ」
「どういう意味よそれ!!」

結局、スクアーロの行動の理由はわからないままだ。
マーモンはフワリと浮かび上がって、スクアーロの頬をペチペチと叩き、顔を覗き込む。
いつもは鋭く睨み付けるようにしている切れ長の目は、心地良さそうに細められていて、その様子はいつもとはまるで違っていた。
銀灰色の瞳が動いてマーモンの姿を捉える。

「スクアーロ、どうしてルッスーリアに抱き着いてるの?」

淡い色の虹彩に目を奪われながら、マーモンはゆっくりと子供に言い聞かせるように、スクアーロに問い掛けた。
スクアーロは顔を埋めたまま、くぐもった声でポソポソと答えた。

「このもふもふ、気持ちぃから」

刹那の沈黙のあと、二人の心からのツッコミが響いた。

「「そこぉ!?」」
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