たんたんめん様(群青×泥棒if)

部屋の中には甘い香りが広がっている。
カップを満たすココアを一口飲んで、スクアーロはほっと一息吐いた。

「少し落ち着いたか?」
「ん"、あ"あ。そうだなぁ」
「にしてもあんたも災難だなぁ。いったいどんな奴がヴァリアー幹部の監視なんてしてやがるんだか……」

ディーノの前にも温かいココアを差し出しながら、ロマーリオは労るように彼女の肩を叩いた。
私服に着替え、ココアを啜るスクアーロは、先程と比べると少しはリラックスできているようである。
カーディガンの袖で包むようにカップを持ち、スクアーロは申し訳なさそうに二人に声を掛けた。

「面倒事に巻き込んだ……。すまねぇ」
「何言ってんだよ。困った時はお互い様だろ?」
「あんたにはボスもお世話になってるからな」
「んなっ!逆だろロマーリオ!」
「ふはっ、確かにいつもはディーノに面倒かけられてるからなぁ」
「ス、スペルビまで!」

怒ったように頬を膨らませたディーノに、スクアーロはカラっと笑った。
心は落ち着いたらしい。
だが状況はまるで変わっていない。
敵の正体は不明で、尚且つ目的もいまいちわからない。
侵入者を阻む罠は、ヴァリアーにもキャバッローネにも仕掛けられているのだが、敵はそれをものともしない。
完全に手詰まりなのだ。
その時、突然スクアーロのケータイが鳴った。
一瞬ギクリと身を固めたスクアーロだったが、画面を見ると不思議そうに首を傾げた。

「スペルビ、誰からだ?」
「前に戦った剣士だぁ。何かあったのかぁ……?」

電話に出たスクアーロは、少し話を聞いている内に顔色を変えていく。
電話を切り、怪訝そうな二人に対して、にっと笑って見せたのだった。

「事態が動きそうだぜぇ。今から人が来る。迎えにいくぞぉ」
「え?えぇ!?」


 * * *


キャバッローネアジトの玄関ホール。
スクアーロが珍しく、邪気のない笑顔で人を出迎えていた。

「よぉ石川五エ門。久し振りだなぁ」
「スクアーロ殿、久方ぶりでござる。急に押し掛けてしまい申し訳……」
「気にすんなぁ。いや、むしろ礼を言わせて欲しい。情報提供、深く感謝する」

現れたのは袴姿の痩身の男、石川五エ門で、こちらもまた親密そうな様子でスクアーロと手を結ぶ。
そう、先程の電話は彼からのもので、そしてその電話で、彼は『お主を狙っている者について話したい』と言ったのだ。
スクアーロの浮き足だった様子も頷ける。
ディーノは彼女の横に立って、五エ門に掌を差し出した。

「始めまして、オレは跳ね馬ディーノだ」
「お主が……。スクアーロ殿から話は伺っている。拙者は13代目石川五エ門と申す者。スクアーロ殿とは昔しのぎを削りあった仲で……」
「う"お"ぉい、待て待て!それは後で話せば良いだろぉがぁ。それよりさっきの電話だぁ。オレを狙っている奴ってのはなんだぁ?それに……」

スクアーロは不機嫌そうに五エ門の背後を睨み付ける。
そこにはヒラヒラと手を振って笑う、謎の男二人組が見える。
ふざけた様子の二人は、ヘラヘラとした笑みを浮かべながら値踏みするような目で、玄関ホールを隅々まで眺めている。

「……あの二人は、気にするな」
「はあ?」
「ともかく、あの女は今は近くにいないようだな」
「あの女ぁ……?こそこそ監視してやがるのは女なのかぁ」
「峰不二子という女盗賊で、そこにいるルパンとも浅からぬ仲だ。お主を気に入ったらしく……というか好きになったようで、狙っているのだが……その……」
「……もしかして、オレが女だと知らねぇで、狙ってる、とか?」
「……どうもそうらしい」

あー、と呻きスクアーロが頭を抱えた。
正直言って、似たような経験は何度もある。
男と勘違いされるのは、自分からもその様に仕向けている節がある点、それを苦に思うという過程はとうの昔に通りすぎている。
だが女性から向けられる恋愛感情というものには、何年経っても慣れるものではない。
それに加えて今回の相手は女盗賊峰不二子。
何を仕掛けてくるのか予測もつかない。
そんな三人揃って頭を抱える様子を見かねたのか、ルパン三世が声をあげた。

「んじゃあこうすりゃいいんじゃねぇかー?」
「は?」

彼の作戦を聞いて、スクアーロの顔は複雑な表情になっていく。
本当に上手く行くのかと言わんばかりの顔をするスクアーロに、ルパン三世は自信たっぷりに言ったのだった。

「まあ、泥棒のおじさんに任せなさいって」

スクアーロは渋々と頷いたのだった。


 * * *


「とりあえず、ロマーリオにも頼んで侵入者対策は強化してもらった。取り敢えず今日はそれで凌げるはずだぜ」
「お"う……」
「それでもやっぱり不安か?」
「……そうだなぁ。相手の事がまるでわからないのが、こんなにも不安だとは思わなかった」
「安心しろって!今日はオレがいるしな!」
「うん」

部屋に戻ってきた二人は、扉に鍵をかけて、今夜はずっと閉じ籠っているつもりのようだった。
ソファーに隣り合って腰かけて、ディーノは少しだけ自分よりも低い頭に頬をすり寄せる。
それを嫌がるでもなく、かといって喜ぶでもなく、スクアーロは目を閉じて好きなようにさせている。
ディーノが彼女の脇腹をつんとつつくと、ようやく目を開けて彼を見上げた。

「今日は二人っきりだぜ」
「……何が言いたいんだぁ」
「嬉しくねーのか?」
「……うれ、しいよ」
「へへ」
「久々、だし」
「最近忙しかったもんな」
「……側にいると、安心する」
「ほー、嬉しいこといってくれるじゃん」

もぞりと動いて、ディーノの胸元に頭を寄せたスクアーロは、するりと彼の手に触れて、指を絡ませた。
覗けて見えた耳が赤くなっているのを見て、ディーノは思わず笑いそうになる。
いつまでたっても素直になるのは恥ずかしいらしい。
髪を撫でる振りをしながら耳に触れると、ピクリと反応する。

「あんまり無理しないで、オレにもたくさん頼って良いんだぞ」
「わかってるよ」
「わかっててもなかなか頼ってこねーじゃん」
「それは……そうかも、しれねぇが」
「オレに迷惑かけるとか、変な気ぃ使わなくて良い。スペルビは……」






「『女の子なんだから』だって!しかもその後あの男とキスまでしてるのよ!ちょっとルパン!あなた聞いてるの!?」
「はーっははは!不二子、お前気付かなかったのか!」
「うるさいわよ次元!んもぅ!まさか女だったなんてわからなかったわ!」

ルパン三世一味の男達を前に憤慨するのは、正体不明の女盗賊、峰不二子である。
どうやらルパンの差し金に上手くはまって、最高のタイミングで彼女の正体を知ってしまったらしい。
女だと告白するだけでは、恋人がいると明かすだけでは、プライドの高い不二子は逆に燃えてしまう可能性すらある。
それを前提として話した上で、ルパンは二人にとにかくイチャつけと命じた。
諦めろと言われて諦めさせるのではなく、自分から勝手に知って諦めてもらおうと言う魂胆だったのだ。
いたたまれない面持ちで不二子の話を聞いていた五エ門とは対照的に、ルパンも次元も酷く愉快そうに笑っている。
不二子は不機嫌そうにソファーに腰掛け、その長い脚を組んでため息を吐いていた。

「今頃は彼を捕まえて可愛がってあげてる予定だったのに、最悪だわ、本当」
「しかし不二子、お主今までずっと監視していたのに性別には気が付かなかったのか?」
「だ~って!あの人お風呂とトイレだけは絶対に覗かせてくれなかったんだもん!」
「そりゃ当然だって不二子ちゃ~ん。オレだって流石に風呂とトイレ覗かれんのは嫌だもんさぁ。でも不二子ちゃんに覗かれるんなら悪くないかも~」
「ルパンには聞いてないの!」

そろーっと手を伸ばすルパンをはねのけ、不二子は粗っぽい仕草で立ち上がると、部屋の奥に置いてあった荷物を取る。
随分な大荷物に、ルパン達は首をかしげた。

「なーにそれ?随分な大荷物だな」
「服よ!ドレスとか色々ね」
「服?お前のか?」
「違うわよ、スペルビ・スクアーロに着せるの!」
「ほー、あの別嬪さんにね~…………って、はあ!?」

三人の驚愕の視線を受けて、不二子は自慢げに笑って中身を見せる。
クラシカルなドレスに、日本のアイドルが着ているようなフリルたっぷりのロリータ、メイド服やらナース服やら、果てにはセーラー服などというマニアックなコスプレ衣装まで、選り取りみどりのラインナップ。
顔の筋肉をひきつらせながら、五エ門が質問を投げ掛ける。

「ふ、不二子……?これはいったいどういうことでござるか?」
「どういうもなにも、女同士なら遠慮する必要もないでしょう?あんなに美しいんだもの、これからいーっぱい!可愛がってあげようと思って♥」
「は……?」
「いってきま~す」
「ま、待て不二子!お主何を考えているのだ!?」

五エ門の呼び止める声に答えることもせず、不二子はバイクに飛び乗ると、あっという間にいなくなった。
翌日、コスプレをさせられて死んだ目で写真に映るスクアーロを見て、三人は再び頭を抱えるのであった。
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