たんたんめん様(群青×泥棒if)

「よっ!スペルビ。お疲れ様」
「お"う、そっちもなぁ」

部下に案内されてきたスペルビを見て、オレは笑顔で迎え入れる。
スペルビもまた、小さく笑ってくれた。
少し安心したような表情の中に、濃い隈を見付けて思わず眉間にシワを寄せる。
思っていた以上に参っているようだ。
警戒したように辺りの様子を窺いながら、スペルビは疲れたようにソファーに沈み込んだ。

「大丈夫……じゃなさそうだな」
「……少し疲れただけだぁ」
「電話で言ってた気配って奴、今は感じてるのか?」
「まだ。でも寝てるときなんかに突然感じたりするんだぁ……。おちおち睡眠も取れねぇ」
「寝れてねーのか……」
「少しは寝れてるさ」

ぐしゃぐしゃと頭を掻き回して、大きく息を落とした彼女の隣に座り、顔を覗き込んだ。
こちらを見た銀色の瞳が、オレの金髪を映して美しい色合いを見せる。
頬に手を当てると、ゆったりと瞼を落とした。
疲れきったような素振りに、オレは安心させるように力強く微笑んだ。

「今日はオレが見張っててやるから、ゆっくり寝ろよな」
「はあ?それじゃあお前が寝れねぇじゃ……」
「一日二日くらい、オレは平気だよ」
「……ん、ありがとう」

大人しく頷いたスペルビの頭を撫でて、頬に唇を近付けたときだった。
スペルビが勢いよく立ち上がる。
オレは無様にもその勢いにソファーから転がり落ちた。
だがオレも異変には気が付いていた。
ピリピリと首筋に刺すような視線を感じたのだ。
それはほんの一瞬のことで、その気配はすぐに消えてしまったのだが、スペルビはソファーの背凭れを伝って天井に飛び上がっていた。
照明の装飾に手を掛けて、天井の板を殴るようにして開ける。
だがそこには、暗闇と埃っぽい空間が続くのみで、誰かがいた形跡もない。

「スペルビ!」
「っ……!くそ……!!」

飛び降りたスペルビが酷く悔しそうに顔を歪める。
美人が怒ると怖いって言うけど、見慣れているはずのオレでも、スペルビが怒ってるのを見ると緊張しちまうな……。
落ち着かせるように、ソファーへと座らせて背を撫でる。
だがこれでハッキリした。
スペルビが感じた視線の主は確かに存在する。

「安心しろ、オレが何とかしてやる……!」

スペルビの肩を抱き締めて、彼女の耳元でそっと囁く。

「……へなちょこの癖に、言うじゃねぇかぁ」

少し笑ってくれたことが、嬉しく思えた。


 * * *


その部屋は異様の一言に尽きた。
壁一面に一人の人間の写真が飾られている。
その写真のどれもが、一目で隠し撮りだとわかるものだ。

「ふーじこちゃんよ~」
「なぁにルパン?」
「この部屋っつーか、この写真はなによ?」
「私の次のターゲットよ♥」

ハートマーク付きで言い放った不二子に、ルパン三世と呼ばれる男は不快そうに顔をしかめた。
部屋の写真を恍惚とした表情で眺める不二子は、ヘッドフォンを掛けて何かを聞いている。
……電話か何かの盗聴、と言ったところか。
鼻唄でも歌い出しそうな程に浮かれた様子の不二子だが、写真の中の宝石の君は、日を追うごとに窶れていっているように見える。
しかし不二子のストーキング、いやいや、盗みの事前調査に気が付く彼は、中々の実力者のようだ。
いったいどんな経緯でこんな流れになったのか。

「にしてもお前、こりゃー流石にちょっと異常じゃあねーか?」
「うむ、次元の言う通り。不二子、少し落ち着いてはどうだ」
「あ~らやだ、私はいつも通り冷静よ?」
「……どこが?」
「もうっ、失礼ね!冷静じゃなければヴァリアーの幹部に気付かれずに監視なんて出来るわけないじゃないの」
「ヴァリアー!?この美形がかぁ!?」

次元ほどではなかったが、ルパンもそれには驚いた。
ヴァリアーの名は、裏社会に関わる者ならば必ず知っている組織の名。
彼らもまた、その名は聞いたことがあった。
五エ門だけは済ました顔をしてあぐらをかいている。
だがいつもよりも少し、その眉間に刻まれたシワの数が増えているように思える。

「不二子ちゃんそんな危ないとこに手ぇ出しちゃって大丈夫なわけ?」
「大丈夫よぉ。まだ見付かってないもん」
「『もん』ってお前、相手は完全に勘づいて神経すり減らしてるぞ」
「その通りでござる」
「んふっ、目の下に隈をつくってても綺麗だわ」

メロメロという言葉がぴったりの様子に、ルパン含めた一味の全員が、手で頭を押さえたのだった。
そんなことには目もくれずに、不二子はぱっと立ち上がる。

「今日は彼、友達の家に泊まりに行くみたいね。私も見に行っちゃおうかしら~!」
「友達だぁ?」
「跳ね馬ディーノよ。学校の同級生だったみたいね」
「ほお、随分とまあ顔の広い奴なんだな」
「む……それよりもこれは……」
「じゃあ行ってくるわね~♪」

五エ門が何か言いかける。
だがそれを聞かずに不二子は部屋を出ていく。
然り気無くお洒落をしているところに、嫉妬を感じるのは少しガキ臭いだろうか。
そんなルパンを横に、次元が五エ門に不思議そうに尋ねていた。

「五エ門、さっき何か言いかけてなかったか?」
「……いや、その、拙者以前にこのスペルビ・スクアーロと一戦交えたことがあるのだが……」
「なんだ、なら不二子に言えば良かったのによぉ」
「それはそうなのだが……」
「?」

随分と歯切れが悪い。
嫌な予感をひしひしと感じながら、話の続きを促した。

「いや、まことに強い剣士であった。だがその、スクアーロ殿はだな……」
「成る程剣士か。で?」
「こいつ、なんかやべぇのか?」
「……おなごなのだ」
「オナゴ」
「文通もしているのだが、跳ね馬殿は恋人だとか」
「コイビト」
「どう伝えたものかと思って……」
「「あ、ああ……」」

出来るならば、そんな複雑な事情を共有したくはなかった。
部屋に降りた沈黙を破ることも出来ず、彼らは頭を抱えて悩む羽目となったのだった。
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