龍華様(朱とまじわれば×探偵×泥棒)

「いやぁ、残念ながら泥棒達は逃がしましたけど、宝石が無事でよかったで……あだだだだ‼」
「宝石は無事だがオレは無事じゃない‼」
「まあまあ落ち着いてってば」

数時間後、ほうほうの体で逃げ帰ってきたオレは、沢田に宝石の入った箱を投げ付けて近くのソファーに倒れ込んだ。
今回こそは殺されるかと思った。
逃げ切れたのは奇跡だな……。
だが殺されない代わりに、明日からはしばらく話してもらえそうにない……。
オレは仕事を頑張っただけなのに、あんなに怒らなくたって良いじゃねぇか……。

「おに……お姉さん大丈夫?」
「お兄さんで良い……。大丈夫な訳ないだろう……」

心配そうに寄ってきて話し掛けてきたのは、あの眼鏡のガキだった。
沢田から話を聞いた限りでは、敵の逃走経路を読んで、先回りをしていたらしい。
捕まるには至らなかったが、その洞察力と判断力は、子どもとは思えないほど優れていると言えるだろう。

「あの怖い人、なんであんなに怒ってたんだろうね」
「アイツはいつでも大体怒ってるんだよ」
「……誰がいつでも怒ってるだと」
「そりゃあザンザス……え"」

低い声、殺気、振り返るまでもなく誰がそこに立っているのか理解する。
眼鏡は既に逃走している。
なんだあいつ足早!
つーか何でここに!
撒いたと思っていたのに!

「良い覚悟だカスザメ」
「ひぎゃ‼」

オレが立ち上がろうとするのと同時に、襟首を掴まれる。
助けを求めて沢田を見れば、にっこりと笑いかけられた。

「スクアーロはもう仕事上がって良いよ!お疲れさま!」
「き、鬼畜かお前ぇぇえ‼」

ずるずると引き摺られていくオレに、沢田は手を振るだけでなにもしてくれなかったのであった。


 * * *


ばたんと扉が閉まる。
退路は立たれた。
ベッドの上に放り投げられて、体を固くする。
だがザンザスは殴るでもなくかっ消すでもなく、そのままベッドの端に腰を下ろしただけだった。
あれ、大丈夫なのか?
お説教(物理)回避か?
そろそろと起き上がると、唐突にザンザスが口を開いた。

「そんなにオレのことが怖いか」
「っ!……怖いだろ、そんな怒った顔されたら」
「どんな顔だ」
「凍傷の痕が浮かんだ顔」
「……」

ザンザスが無言でクルリと振り向く。
あ、凍傷の痕、なくなってる。
ずいっと近付かれて、はっと気付いた時には目の前に深紅の瞳があった。

「まだ怖いか」
「え」
「傷痕はもう退いてる」
「そうだな」
「……」
「オレが逃げたの、嫌だったのか?」
「当たり前だ」
「……もう観念したから逃げない」
「そうか」
「う"、ぉ……どわっ!」

ザンザスの長身の体が覆い被さってくる。
支えきれずに倒れると、そのまま腕と脚を押さえ付けられて、動きを封じられた。
あれ、これは、怒られるより、叱られるより、まずいのでは、ないだろうか。

「人前で脱ぐな」
「は、はい」
「女だと人にバラすな」
「はいっ」
「変なことしてねぇだろうな」
「……してない」
「したな」
「うぐ……」

図星だ。
目を逸らすと、顔を掴まれてアイアンクローを掛けられた。

「ちょっ……まっ……!いだだだだだっ‼」
「いつまで経っても学習しねぇカスだなお前は」
「だってあんときは仕方がっ!あがぁっ……!顔が縮む!不細工になる‼」
「安心しろ、オレはお前が不細工でも別に構わねぇ」
「オレが構うんだよ!」
「……まあ良い、今日はここまでで許してやる」
「う"……死ななくて良かった……」

顔から手が離れる。
安心したのも束の間、突然服が引っ張られた。
慌ててザンザスの腕を掴む。
何でこいつオレの服脱がそうとしてんだ!?

「オレの前では服を脱いで良い」
「はあ!?」
「オレの女として誠心誠意尽くせ」
「なんと!?」
「普段見せない顔を見せろ」
「どんな顔だよ!」

ザンザスはまるで熱に浮かされたような目をして……、あ、まずいこのまま進むと徹夜コースだ。
逃げようともがくが、目の前の大男に力で敵うはずもなく、脇腹をすりすりと撫でられた。

「ひぁあっ」
「そういう顔だ」
「こんなもん見なくて良い!」
「黙れ、見せろ」
「ほんと自分勝手だなぁう"ぉい!」

暴れても押さえ付けられるし、やめてくれと懇願したってオレの言うことなんて聞いちゃくれない。
万事休すか……、そう諦めかけた時だった。

「スクアーロー、ザンザスー、勝手に入るよー」
「お、お邪魔しまーす」
「沢田さん何でこの部屋のカードキー持ってるの?」
「え?……まあオレこっちでの責任者だし」
「おい、本当に勝手に入って良かったのか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。どーせまだ事に至っては……」
「え?」
「あ、何でもないです」

ザンザスの行動は早かった。
素早く起き上がり、互いの服を整え、オレをソファーにぶん投げ、そのまま風のようにトイレへと消えた。
そうだ……、ザンザスはあんな顔して、人に見られたり聞かれたり、詮索されるようなことが大の苦手らしい。
それにしたって過剰な反応だけど。
呆然としている内に、沢田が警察の二人と探偵、眼鏡を引き連れて部屋のドアを開けた。

「ザンザスはトイレ?」
「……オレは、」
「なに?」
「お前が一番怖い」
「え?なんで!?」

昔はまだビビりヘタレで可愛いげがあったのに……。
大きなため息を吐いて、ソファーやら椅子やらに座るように促す。

「……お兄さん、叱られてたの?」
「まあ、そんなところだなぁ」
「怖かった……?」
「すっげぇ怖かった。でも沢田の方が怖い」
「え?沢田さん?そう、かなぁ……?」

不思議そうなガキを座らせて、ジュースやコーヒーを持ってきた。
これから事情聴取をするらしい。
え、時間かかる?
これもしかして終わるまでザンザス出てこねぇんじゃねぇの?
なんだか、アイツのことが可哀想になってきた。
これが終わったら、少し休養でも取らせてやろうかな……。

「……スクアーロさぁ」
「あ"ん?」
「そんなに甘いからザンザスが我儘になるんだよ」
「……お"う」

こいつ超直感じゃなくて、読心術でも持ってんじゃねぇの?
もう一々反応するのも嫌になって、オレは素直に頷いたのだった。
……こうして、月下の奇術士怪盗キッドと世紀の大泥棒ルパン三世のボンゴレの秘宝争奪戦は、両者引き分けで幕を閉じた。
いや、『7つの秘宝展』で莫大な収益を上げ、鈴木財閥との業務提携まで勝ち得た、沢田綱吉の一人勝ちと言った方が良いかもしれない。
とにもかくにも、オレはしばらく『怪盗』だの『泥棒』だのという言葉は聞きたくないと思った。
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