龍華様(朱とまじわれば×探偵×泥棒)

予告時間まであと5分。
部屋の中には警備用のドローンとオレしかいない。
耳に取り付けたイヤホンから、銭形警部の声が聞こえた。

『時間まであと5分を切った。準備は良いかねスクアーロ警備長』
「ええ、万端です」
『キッドの奴は時間になった瞬間に明かりを落とすことがよくある!気を付けろよ!』
「承知しています」

モニタールームにいる面々の緊張が高まっていくのを、マイク越しにも感じられる。
オレはそっと目を閉じて、胸の辺りに手を当てる。
心拍は安定している。
何も問題はない。
あと1分を切った。
片目を開き、ズリ、と足を動かした瞬間だった。
ーーバチン!

「っ!」
『で、電気が‼』

閉じていた方の目を開ける。
光を見ていなかったお陰で、すぐに闇に目が慣れる。
真っ暗闇だが、ドローンの発する赤い光を頼りに、物を見ることは出来る。
音も、匂いも感じられる……。
ーー……シューッ

「!ガスの漏れ出すような音が……、甘い匂いも……」
『しまった!催眠ガスだ‼気を付けろ‼』

気を付けろもなにも、気体相手にガスマスクもなけりゃあ、普通はどうしようもねぇだろうが。
ガクッと膝をつく。
口と鼻を覆ってももう遅く、催眠ガスは容赦なく体内へと侵入してきた。

「ぐ……ぁ……」
『なんでガスマスクを用意してなかったんですか中森警部!』
『す、すまん、忘れてた……』

オッサンどもの声を聞きながら、オレは床に倒れ込んだ。


 * * *


「ま、まずい!」
「すぐに救援に!」
「待て、今入れば警備ドローンに麻酔を撃たれて皆眠らされるだけじゃ!」
「そんなぁ!じゃあこのままロン毛から宝石が盗まれるのを指くわえて見てろって言うんですか!?」

モニタールームは阿鼻叫喚の様相を呈していた。
慌ただしく走り回る男達の中で、綱吉だけは冷静にモニターを見詰めていた。
ドローンの設定を解除させる為に、指示を与えようとする鈴木次郎吉の前に、綱吉の腕が伸びる。

「な、何を……」
「あの、たぶん指示しても意味ないかと思って……。それより、画面見ていた方がいいと思います」
「何言ってやがるんだアンタは!お前の仲間が倒されてんだぞ!?」
「倒されたと言うか……、まあ、見ていてください」
「はあ?」
「スクアーロは、あれでも強いですからね」
「みんな!画面を見て!」

橙色の澄んだ炎のように、真っ直ぐな瞳が画面を映す。
コナンの声でハッとして画面を見た彼らの目に、純白の怪盗の姿が映り込んだ。
ドローンは全く反応していない。
キッドは躊躇いなくスクアーロの服へと手をかけて、素早くスーツと、シャツの前を開いた。

『ーー……ぁん、ひどいことしないで』

スピーカー越しに響いたのは、艶やかな女の声だった。
背筋がぞくりと粟立つような声。
蘭がさっとコナンの耳を塞いだ。
懸命な判断と言えよう。
シンと静まり返ったモニタールームに、キッドの驚愕する声が響く。

『なっ!?』
『手を出すなら……覚悟、してからにしろよぉ‼』
『ぐあっ‼』
「キ、キッド様が!」

艶やかだった声が、突然ドスの効いた怒鳴り声に変貌する。
ドゴッという重たい音が響き、キッドの体が横に吹き飛んだ。

『は、ははは。……沢田これ録画何てしてねぇだろうなぁ』
「してるに決まってるでしょ」
『後で消しに行くっ……!』
「勘だけど、スクアーロ今、顔真っ赤でしょ」
『っ!穴があれば埋まりてぇ!』

画面には、頭を抱えて空笑いするスクアーロの姿が映っている。
睡眠ガスなどなかったかのようにピンピンしている姿を見てか、それとも先程の声を聞いてか、部屋中の者達が固まっていた。
そんな彼らに、のんびりとした調子で綱吉の声が掛けられた。

「スクアーロは大抵の毒物はきかない体質なんで、大丈夫なんです」
「は、はあ!?」
「鍛えてますからね!」
「そういう問題なの……?」
「確かに私も睡眠薬などには強いが」
「あ、奇遇ですね銭形警部」

こんなとき、どんな顔をすれば良いのだろう。
画面に目を戻した彼らの前で、スクアーロはキッドに対して手に持った竹刀を構えていた。


 * * *


「ぅぐ……いってぇ……」
「痛くしたんだぁ、当たり前だろうが若造」
「若造って……」
「間違っちゃいねぇだろう」

本当に痛かったらしく、震える声で話すキッドに、警戒は解かないままに竹刀を構える。
先程からドローンは全く動いていねぇ。
外部からシステムを書き換えられたのか?

「にしても女性だったとは」
「んだぁ、不満かぁ?」
「女性の懐に手を突っ込む訳にはいかないでしょう」
「あーらまあ、怪盗キッドは随分と紳士なんだな~」
「なっ!」
「来たなぁルパン三世ぇ!」

背後から声が聞こえた瞬間に、竹刀を振るった。
手応えはない。
その場を飛び退くと、奇声……じゃなくて掛け声か?『ぜやぁ!』という声と共に男が降ってきた。
闇の中でぬらりと光る日本刀の切っ先が、服を掠りそうなギリギリの位置を通過する。
続けざまに移動すれば、それまでいたところに銃弾とトランプが突き刺さった。
全く次から次へと!
入り口にだって指紋認証やら網膜認証やらの仕掛けがあったはずなのに、易々と突破して来やがって!
というか1対1対3……。
ヴァリアーとして動けるならともかく、武器も違うし火薬も使えねぇこの状況じゃあ、流石にオレでも分が悪い。

「う"お"ぉい!普通女に日本刀だの拳銃だのを使うかぁ!?」
「少なくともお主は一般の女性とはかけ離れている」
「だな」
「待って何それショック」
「今回はマジでやんなきゃならないのよね~」
「チッ!アンタらには譲らねぇぜ!」
「そもそも盗ませねぇよぉ‼」

まずは一番弱そうなキッドに狙いを定める。
こいつを気絶させてから、一度廊下に出て、一人一人倒す。
だがオレの進路は、誰もいない場所から飛んできた何かに邪魔された。

「なっ……ドローンが!」
「あっはははは~、キッドが停止させたドローンをオレが書き換えちゃいました~」
「はあ!?いつのまにしやがったオッサン‼」
「オッサンってのは心外だな。ともかく、そいつらはアンタだけを追いかけて眠らせようとするぜ」
「マジ、かよぉ……‼」

シュパン、シュパンと空気を切り裂く音。
闇の中を飛ぶ小さな麻酔弾なんて見えるわけがねぇ。
慌ててドローンから離れようとしたが、ドアまでの進路は完全に塞がれている。
くそっ、逃げ場が……いや、まだひとつある!

『スクアーロ!窓だ!』
「わかって、る!」

顔の前で腕をクロスさせて窓を突き破る。
気分はブ○ース・ウィリ○だ。

『ここ50階だぞー‼』

慌てたような声が聞こえたが、そんなことに気を掛けている暇はない。
出る前に引っ掻けてきたワイヤーが伸びきり、振り子のように2階下の開いていた窓に飛び込んだ。

『いやー、休憩に行ったときに閉め忘れてて良かったよー』
「今回は良かったが次やったらただじゃおかねぇ」
『やだー、ひどくしないでー』
「こ、殺す……‼」
『物騒なこと言わないでよね!その部屋出たら右に走って!ドローンが追って来てるけど、鈴木相談役から破壊しても良いって許可もらったから』
「チッ!了解‼」

沢田は嫌いだが、超直感については確かだ。
指示にしたがって走る。
ドローンを壊せるというのは助かる。
手加減してたらこちらがやられかねん。
背後から喧嘩するような声が聞こえてきたが、どうやら奴らも追ってきているらしい。
警察の奴らが廊下のあちこちに倒れている。
ガスマスクは持っているし、たぶん麻酔弾でやられたんだろう。
飛び越えて飛び越えて、たまに襲ってくるドローンをぶっ壊して、たどり着いたのは展望大浴場だった。
疑問符を浮かべながらも、指示を受けて脱衣場に飛び込む。
だが入った瞬間、オレは固まった。

「……何してやがる、カスザメ」
「あ"……」

一瞬で理解した。
沢田の野郎、オレを餌にザンザスにあの二人を始末させるつもりだったのか!
なんで関係者以外立ち入り禁止の場所にザンザスがいるのかとか、人が仕事してる時に何してるんだとか、そんな考えがぶっ飛ぶほどに不味い状況。
ザンザスの視線がスッとオレの体に向けられる。
服は乱れて、客観的に見たら襲われたみたいになって……いや、襲われたことに間違いはないのか。
じわじわと冷や汗が染み出してくる。

「見付けましたよ!」
「観念しな仔猫ちゃん!」
「うわぁぁああお前ら逃げろ殺されるぞぉ‼」
「「……は?」」
「かっ……消す‼」

ぶわっとザンザスの肌に痣が浮かび上がり、どこからともなく銃を取り出したのを見た瞬間に、オレは二人を突き飛ばして脱衣場から逃げ出した。
真っ赤な炎が髪の先を焦がしながら通り過ぎるのを見て、二人が顔をひきつらせた。

「お前ら宝石と命どっちが惜しい!」
「「命に決まってる!」」
「よし!逃げろぉ!」

二人と遠くにいたルパンの仲間は、オレに向けてサムズアップして全速で駆け出した。
オレも逃げねぇと!

「……どこに行くカスザメ」
「え"、……わきゃぁあああ!!!??」

その後、呼び掛けにスクアーロの声が返ってくることはなく、無事に姿を現したのはそれから2時間後のことだった。
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