咸様(海を越え×鰤市)

回道で目の前の傷を治療していく。
だいぶ血を失っているようだったが、口の中に増血丸を突っ込んでおいたので、まあ直に回復すんだろ。

「はい、処置完了。後は安静にしてれば治る」
「いっでぇえ‼傷口叩く奴があるか!」
「男が泣き言いうんじゃない。気色悪い」
「こ、こいつ……四番隊の癖に!」
「おっと、手が滑った」
「あぎゃぁああ!」

真央霊術院に入ってから数年、治療術である回道を修得する為に多少の時間を要したが、オレは無事卒業して、四番隊で働いている。
医療・補給部隊である四番隊。
戦いから外れれば、あの嫌な力の持ち主に目をつけられることもないだろう。
そう思ってここに入ったが、どうやら自分は相当考えが甘かったらしい。

「こらこら、あまり暴れるんじゃない。また傷が開いてしまうよ」
「あ、藍染隊長ぉ……」
「いやぁ、ありがとね鬼崎君。君のお陰でいつも助かっているよ」
「いえ、そんな。これも仕事ですし」
「はは、謙虚だね、相変わらず」

暴れようとした男を嗜め、丁寧な言葉遣いで礼を言うのは、五番隊副隊長、藍染惣右介だ。
柔和な笑顔、優男然とした風貌、落ち着いた声音で、隊員達からも慕われている男だった。
だがオレは、どうしてもこいつのことが好きになれない。
流魂街で感じていたあの嫌な気配を感じる力。
この男から、それを感じることがある。

「それにしても、鮮やかなお手並みだね」
「そんなことは。所詮はまだ十九席ですし」
「卒業してそう日も経っていないのに十九席というのは、十分スゴいことだよ鬼崎君。もっと自信を持った方が良い」
「はあ、有難うございます」

軽く頭を下げて荷物をとる。
怪我人が出る度に、藍染副隊長はオレに五番隊へ来るように要請を寄越してくる。
卯ノ花隊長には、『気に入られてるみたいですね』と笑って言われたが、正直全く嬉しくない。
その場では『荷が重いですよ』なんて言っておいたが、あまりこの男に近付くと、探りが入れづらい。
ギンはこの五番隊から、オレは外の四番隊から、こいつを探っている。
……ギンとは、護挺隊に入ってから、あまり話せていない。
寂しい気もするが、顔は結構な頻度で合わせているから(藍染に呼ばれてってのが皮肉だが)、一応安心ではあるけれど。

「こんにちは鬼崎さん。今日も治療に来たん?」
「ああ市丸君、こんにちは。書類運んでるの?偉いねぇ」
「これくらい普通やで」

帰る直前、書類を運ぶギンと会った。
お互い他人行儀に、名字で呼び合い、ただの隊員同士として当たり障りのない会話を交わす。
あぁー、撫でたい。
どうせすぐにおっきくなっちまうんだから、今の内に撫でくりまわしておきたい。
が、我慢して頭を軽く叩くだけに留める。
ちょっと笑ったギンに手を振って、そそくさと五番隊舎を出る。
四番隊に帰ればまた仕事。
それなりに忙しく働きながら、オレはこっそりと藍染の行動を探り続ける。

「ふぅ……」
「鬼崎さん、お疲れですか?」
「んー、まあ少しなぁ」

隊員の声に答えて、椅子の背に凭れた。
疲れた、というよりも、少し困っている。
藍染は一体どうして、オレに関わろうとしてくるんだろう。
何かミスをしたか?
だが……覚えが……。

「……なーにサボっとんねん鬼崎!」
「わぎゃあ!?」

突然背後から声をかけられて、思わず飛び上がる。
反射的に振り向いて手刀を振るうと、声の主は悲鳴を上げながらギリギリでそれを避けた。

「な!何しくさんねん!」
「……こっちの台詞です平子隊長。何で毎度四番隊舎までちょっかいだしに来るんすか。しかも霊圧まで消して」
「そりゃあ鬼崎ちゃんのことが好きやからに決まっとるやん」
「潰されたいんですか隊長」
「どこをぉ!?」

心底軽蔑して睨み付けると、ヒラヒラと手を振って軽く流される。
五番隊、平子真子隊長。
何故だろう、五番隊にばかり絡まれているような気がする……。
副隊長は付かず離れずで嫌な感じだし、隊長はこんな調子だし、正直イラつく。

「なんやイライラしとるみたいやなぁ」
「オレだってそういうときはありますよ」
「そうやって猫被ってるから疲れんねん」
「猫を被るなと?」
「被ってない鬼崎ちゃんのが可愛いで」
「そうかよぱっつんロン毛。その髪型死ぬほど似合ってないから今すぐ丸坊主にしてこい」
「悪口言えって言うとるんちゃうわ!なんやのこの子!」
「だから猫被って優しくしてあげているというのに」
「ほんっっっま上から目線やな‼」
「そんなことありません、どんな方だろうと隊長ですから敬意ははらってますよ」
「どんな方だろうとってどない意味やねん!」

どっかと隣の椅子に座り込んだ平子隊長の意図が読めず、オレは内心眉をしかめる。
この人にも、オレはなぜか気に入られているようだった。
卯ノ花隊長は『何かされたらちゃんと相談するんですよ』と言ってくれたが、一体なぜこんなに絡んでくるのか……。

「鬼崎ちゃん、今日もまた惣右介に呼ばれてたやろ」
「はあ、そうですが」
「アイツもお前のこと好きやねんな」
「ご冗談を」
「まあオレのが好きやけどな」
「抉り取りますよ」
「だから何を!?物騒な子ぉやなぁ」
「オレの何がそんなに気に入っているんですか」
「そりゃ……」

平子隊長はにぃっと笑みを深める。
あー、こういう笑い方する奴って嫌いだ。
ぜってぇ腹黒いじゃん。

「ヒ・ミ・ツ、やで」
「……」
「ちょっ!無言で注射器構えんといてや‼」

はあ、とため息を吐いて注射器をしまう。
なぜ彼らがオレに興味を持っているのか、心当たりがあるとすると、1つだけ。
四番隊に入ったばかりの頃、虚が大量に流魂街に流れ込んで来たことがあった。
オレは前線で負傷者の治療にあたっていたのだが、負傷者の多いこと多いこと。
たまたま近くにいたギンも負傷していて、……まあかすり傷程度だったのだが、連日治療続きでイラついていたオレは雨の炎を一瞬広げてその場にいた者達の血止めを行った。
それからさくさくと傷を塞いでいって、次々に病院に運ぶ。
しかし突然、近くに虚が出現した。
しかもドでかい……メノスの一歩手前みたいな強そうな奴だった。
四番隊は基本、戦闘は不得意な者が多い。
周りは負傷者だらけ。
オレは迷うことなく刀を抜いて、そのでかい虚を真っ二つに斬った。
そしてすぐに治療を再開する。
正直周りに気を配ってる余裕はなかったから、あれを藍染や平子に目をつけられたとしても不思議じゃない。
……不思議じゃねぇが、霊術院でのオレの剣術の成績は、相当に良かったし、四番隊に入ったのは人を治したいからですとあらゆるところで言っていたし、そこまで不審に思うものなのかと、疑問を感じなくもない。

「今日はもう上がりなんです。隊長ももう五番隊舎にお戻りになられたらいかがですか」
「そんな邪険にせんといてぇなぁ」
「邪険にしてません、邪魔だと遠回しに言ってるだけです」
「鬼崎ちゃん、それを邪険にするって言うねんで」
「……隊長は、注射、お好きですか?」
「そない無邪気な顔してなに怖いこと聞いとるん!?」

何とか平子を追い出して、オレは真っ直ぐ自室に戻った。
引き戸を開けて、その向こうに見えた景色にため息を吐く。

「ちょっとぉ、ため息は失礼なんじゃないの?」
「乱菊、お前仕事中じゃねぇのかよ」
「休憩中よ!鮫弥ちゃんのみたらし食べたくなっちゃってさ~」
「ほんと、自由なんだから」
「やだぁ~、誉められちゃったかしら」
「お前がそう思うならもう何も言うまい」

部屋の中でみたらし団子を頬張る妹分に、頭が痛くなる。
合鍵渡したのも、食べに来て良いと言ったのもオレだが、仕事中に来るとは思わなかった……、と言うことが既に十回を越えている。

「鮫弥ちゃんが寂しいかと思って来てあげたんじゃない」

しれっと言った乱菊に、ピタッと動きが止まった。
確かに、仕事ばかりだし、面倒な隊長副隊長に絡まれるし、ギンと触れ合えないし、寂しくないと言ったら嘘になる。

「なに?オレに可愛がられる為に来てくれたわけかぁ?」
「んもぉ、鮫弥ちゃんのえっち♥」
「言ったなちび!」
「おっぱいは鮫弥ちゃんより大きいもーん」
「むっかつく!」
「きゃー!」

飛び付いて脇腹を擽る。
きゃあきゃあと逃げ回る乱菊を捕まえて、わしゃわしゃと頭を撫でる。
そうしている間は、嫌なことも、疲れることも忘れられた。
普段話せなくても、いつも生意気でも、家族がいることが幸せで、どんな手を使ってでも守りたいと思った。

「ほら、乱菊、もう仕事に戻れよ。先輩に迷惑かけんじゃねぇぞぉ」
「はいはーい」
「いってらっしゃい」
「うん、いってきまーす」

一人になった部屋で、首に下げたリングを握り締める。

「必ず、護るから」

それから百年以上後、オレは藍染を前にして、その時の言葉を繰り返していた。

「必ず、護るから。任せなさい」
「……鮫ちゃん」
「鮫弥、ちゃん……」
「……出てきたな。いつ本性を現すのかと、楽しみにしていたよ。鬼崎鮫弥」
「はっ!なら楽しみながら、死ねぇ‼」

紫紺と式紙融合を行い、破軍の呪を唱える。
藍染に飛び掛かるその直前、消えそうなギンの声が聞こえた。

「ありがとうな、鮫ちゃん。……だいすき」

オレも大好きだよギン。
これが終わったら、また3人でご飯を食べよう。
待っててくれ。
すぐに、アイツを殺してやる。

「う"お"ぉおお‼」

その日オレは、再び大切な家族を取り戻した。
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