緑茶様(海を越え×血界)

「「あ」」
「「お」」

店に向かう途中、見知った顔の二人組に遭遇した。
銀髪色黒の男、ザップ・レンフロと、ゴーグルに糸目の少年レオナルド・ウォッチ。
ともに、ライブラの一員である。

「スクアーロさんにツェッドくんじゃないっスか。どうしたんです?こんなところで」
「それがスクアーロさんが美味しい店を紹介してくれるとか」
「おー、マジでか。ちょうど良いや探偵。オレらも腹が減ってたし、ついてかせてもらうぜ」
「言っとくがお前には奢らねぇぞ」
「ええー!」

ブー垂れるザップの馬鹿は置いといて、オレはキョロキョロと辺りを見回す。
こう言うときはだいたいあの子も来るんだよな。
ふっとオレの視線はザップの頭上に止まる。

「うぉあだだだだ!」
「こんにちはスクアーロさん。このシルバーモンキーはダメでも私は良いですよね」

ザップの脳天に、突然スーツの美女が現れる。
不可視の人狼、チェイン・皇。
素直な良い子である。

「チェイン、こんにちは。良いぜ、チェインにも奢ってあげよう。ついて来いよ。ああ、ついでにレオにもなぁ」
「アザーす」
「ちょい待てオレはぁああ!?」
「やーだ」

ちょいちょいと手招きをして、狭い路地を進んでいく。
大人数で通るにはあまり適さない道だ。
しばらく進むと、道の少し開けた場所に、赤い提灯が見えてきた。

「これは……ラーメン屋ですか?」
「そうそう、ここのちぢれ麺が絶品なんだよ」
「わぁー……こんなとこに店があるなんて初めて知りましたよ」
「いつでもあるわけじゃない。この店は大将の気紛れで場所が変わるんだぁ」
「ほぉ、そりゃまた客に嫌われそうな店だな」
「ところがどっこい、リピーターの多いこと多いこと。まあオレもその一人なんだがなぁ」

暖簾をくぐって店の奥に声をかける。
店を開いているのは異界人(ビヨンド)だが、気さくで人間にも優しい、良い男なのだ。

「ごめんよぉ、いるか大将ぉ!」
「おー、いらっしゃい!久々だな探偵さん。よくまあ毎度、この店の場所を見付けるねぇ」
「まあこれでも探偵だからなぁ」

挨拶をしながら中に入る。
大将は珍しく大量の客を引き連れてきたオレに驚いたようすだったが、すぐに笑顔を取り繕って席へと案内してくれた。
6人掛けの席へと通され、腰を掛ける。

「今日のメニューは?」
「今日はとんこつ!」
「おお、良いなぁ。じゃあ今日も頼むぜぇ」
「はいよー!」
「メニュー、選ばせてくれないんですか?」
「ここは1日1品日替わりなんだよ。楽しいだろぉ?」

ここの大将は手際も良いから、すぐにラーメンが運ばれてきた。
机に並べられたのは4つの器……。

「あ、あれ?一人分足りないんすけど……」
「ああ、オレは別メニューだからなぁ。大将ぉ、個室空いてんだろぉ?」
「ああ、ちゃんと用意して待ってたよ」
「……別メニュー、ですか?」
「あんま突っ込まねー方が良いぞ。あの探偵もあれで相当腹黒い奴だからな」
「お"い聞こえてんぞぉ、ザップ!」
「げっ」
「お前らは先に食っててくれぇ。オレもすぐに戻ってくるからなぁ」

はーい、というチェイン、レオ、ツェッドの良い返事を聞き、大将の後について個室へと向かった。
蝋燭の灯りしかない狭い部屋だ。
板の間に胡座をかいて座り、マスターが棚から取ったものを見た。

「それが報酬?」
「ああ、オレにとって、真実なんて呼べるのはこれくらいだよ」
「ほぉう、これはまた綺麗な簪だなぁ。……例の女のかぁ?」
「まあね」

許可を貰ってから手に取り、しげしげと観察する。
年代物の簪だ。
随分と古ぼけて、色が褪せてしまっていたが、よく手入れされている高価な簪。

「しかしこんなものが報酬で良いのかい?オレがあんたにした依頼は、随分と苦労しただろうに」
「そうでもねぇさぁ。依頼を片す間、ラーメン安くしてもらったりもしたし」
「しかしねぇ」
「オレが良いといった。それで良いだろぉ」
「はいはい、傲慢な探偵さんだこと」

その言い様に思わず笑いをこぼした。
傲慢とはまた、核心を突く感想だ。
手の上の簪を軽く転がし、もう片方の手を包むように重ねる。
そのまま目を閉じ、呪力を集中させると、簪から手をすり抜けて、薄紅色の湯気のようなものが浮かんできた。
すっと息を吸い込むと、それは逆らうことなくオレの口へと流れ込み、胃の腑へと落ちていく。

「……あ"あ、美味しかった。御馳走様大将」
「今のが……」
「今のが、オレの言うところの真実。分かりやすく言うなら、これは物に宿った魂だぁ」
「それがオレの真実だって?」
「真実がいくつも持つ顔の一部にすぎんがなぁ」
「……難しいな」
「別に理解する必要はない。今後あんたがその知識を必要とすることなんて、ないだろうよ」
「まあそうだろうね」

ぺろりと唇を舐める。
甘くて、苦くて、優しい味がした。
久々に満腹感を得る。
最近はあまり良い魂と出会えていなかった。
大将には居住まいを正して頭を下げる。
なかなか出会えない味だった。
暖かい愛情の味だった。


 * * *


「なんスかこれ、なんスかこれ!めちゃくちゃうまいっスよスクアーロさん‼」
「だろぉ?オレの味覚に間違いはねぇんだよ」
「本当にどこからこんな店を見付けてくるんです?この間連れていってもらったお店もとても美味しかったですし」
「ん~!このチャーシュー最高‼本当に美味しいわ」
「マジでうめぇ!HLにこんな店があったとはなぁ」
「犬の餌には豪華すぎるわよね」
「んだとこのメス犬!」

やっぱりこの二人を一緒に連れてくるのは不味かっただろうか。
オレも大将にラーメンを出してもらって、彼らと一緒に食べていると、いつものようにザップとチェインの喧嘩が始まった。

「失礼ね、年中盛りっぱなしのあんたと人狼の私を一緒にしないでくれない?」
「表出ろやゴラァ‼」
「良いわよ、決着つけようじゃない」
「やってやらぁオラァ!」

おや、今日はチェインが珍しくやる気だ。
二人が出ていくのを見ながらそう思ったのも束の間。
扉をすり抜けてチェインだけが戻ってきた。
そのまま扉に鍵をかける。

「やっと五月蝿いのが居なくなったわ」
「容赦ねぇなぁ」
「うわっザップさん表で吠えてますよ」
「まさかあの人、お店壊したりしないでしょうね」
「ザップにも壊せねぇよ。今呪い掛けたしなぁ」
「あんたが一番容赦ないなオイ!」

レオに言われて肩を竦めた。
店を壊されたら困るし仕方ねぇだろうが。
アイツには諦めてもらうより他ない。

「さってと、食い終わったし、そろそろ帰ろうぜぇ」
「そっスね。いやぁ、本当に美味しかったです。大将、御馳走様でした」
「ええ、是非ともまた来たいです。有難うございました大将」
「本当に美味しかったわ」
「はっは!これほど喜んで貰えたならオレもつくった甲斐があらぁ」
「んじゃ、これお代な。また来るよ大将」
「おう、また来いよ探偵!」

威勢の良い声に送り出されて、帰路につく。
途中ザップを拾いながら、オレ達はライブラへと向かったのだった。
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