夏目鬼灯様(群青おまけ)

「い゙っっっでぇえ!!」
「うぐ……き、いたぁ……!」

ロマーリオの宣言の後、二人してふらふらと体を起こす。
オレは腹を押さえて、ディーノは頭を抱えて、一度起こした体をぐしゃりと曲げて地面に突っ伏した。

「おいおい……大丈夫か?」

ロマーリオの心配そうな声に、答える余裕もない。
それでも何とか起き上がって、オレはひらひらと手を振った。
今にも口から食い物が逆流してきそうだったが、それを堪えて膝をつき立ち上がる。

「ぐぅ……鳩尾諸に喰らうのは……久々だぞ、カス……。」
「カスって……ぅう……頭がぐわんぐわんするぅ……。」
「カスはカスだろぉ……。」
「……まあ良いか。
とりあえず、今回はオレの負けかなぁ。」
「はあ?」

その時、倒れたのは同時だったし、二人とも同じように起き上がれないくらいにダメージを受けていたのに、ディーノは自分から負けを宣言したのだ。
オレとしては、もちろん納得がいかなくて、フラフラしたままディーノに詰め寄る。

「なんでお前の負けなんだよ!!」
「いや、だってさー……。」
「だっても何も、今のはどう見ても引き分けだろぉ!」
「だって、お前ちょっと加減しただろ。」
「……っ!」

膨れっ面をしたディーノに指摘されて、思わず言葉に詰まった。

「最後、左手で殴られてたら、オレはきっと意識飛んでた。
でもお前、敢えて右で殴っただろ。」
「それは……。」

確かに、左手で殴るのを避けた。
でもそれは、自分の左手が鋼鉄の義手であるからで、それは人の腕よりもずっと凶器で、下手に使えば命すらも奪いかねないモノである。
何より、そんな武器を使って攻撃するなんて、ズルい。

「だって……。」

今度はオレがむくれる番だった。
怪我をさせたくない、なんて、真剣勝負だと言ったのに、そんなことを思うのは侮辱なんだろう。
それでも、オレには使えなかった。

「……うん、お前の気持ちはよくわかる。
でも、お前の左手はお前のものだ。
武器じゃないし、ズルくもねーよ。
怪我するかもしんねぇってのは、こっちだって承知の上だし、それで怪我したってオレは後悔しない。」
「そんなん、怪我しなかったから言えるんだろぉ。」
「かもなー。」

ヘラヘラと調子良く笑って言う馬鹿野郎にイラついて、オレは左手で奴の鼻を摘まんでぐぐっと引っ張る。
目の前から上がった悲鳴に満足して、ようやく手を離した。

「なら、もうオレの勝ちでも良い。」
「ぃてて……ったく、偉そうだなぁ。」
「だから、命令。」
「あー……。」

やべぇって顔色見る限り、たぶん始めの約束のことは忘れていたらしい。
まあ、別に関係ねぇけど。
オレはディーノの方にピッと人差し指を向けて言う。

「喉が乾いたから、水持ってこい。」
「…………それだけ?」
「んだよ、命令は一つだけだろぉ。」
「それはそうだけど……。
その命令で良いのか?」
「良いからそう言ってんだぁ。
さっさと行け。」
「へいへい、少々お待ちを、お嬢様。」
「今度こそ左で殴るぞてめぇ……!」

フラフラ歩いて水を取りに行くディーノを見送り、オレは近くのベンチに腰掛けて力を抜いた。

「よ、お疲れさん。」
「……ロマーリオ。」
「納得いかねぇって顔だな?」
「……アイツに勝った気がしねぇよ。」
「ふふん、まあオレ達のボスだからな。」
「……チッ。」

得意気なロマーリオに舌打ちをした。
モヤモヤする決着に、確かに彼の言う通り、納得がいかなかった。

「……と言っても、オレ達のボス、の前にあんたの恋人だったな。」
「……逆だろぉ、普通。」
「良いんじゃねーか?
うちのボスの場合は、それで。」
「ボス失格だぁ。」
「ファミリーも恋人も、全部ボスにとっちゃ大切な身内ってことさ。
ボスが負けを認めたのもたぶん、お前がボスのことを心配したってことが、嬉しかったからなんじゃねーか?」
「……。」
「良い恋人同士じゃねーか。」
「……んなこと、ねぇだろ。」
「ふぅん?赤くなって言われても、説得力がないがなぁ。」
「うるせぇ……。」

ディーノが戻ってくる頃には、顔の赤みは引いていた。
水を飲みながら考える。
結局オレとディーノは、どちらが強いんだろうか。

「引き分けだな。」
「何が?」
「オレもお前も、まだまだ若いんだなぁってことだぁ。」
「……まあ、オレらってまだまだ若い20代ですし。」
「はあ……そうだなぁ。」
「え、なんでため息?」
「お前のお気楽さが羨ましいぜ。」
「えー?別にそんなことないと思うけど。」

その後も何度か、あいつとは本気で戦う機会があったが、全く同じ条件……ステゴロでの勝負では、1度もマトモな決着がつかないまま、だったかと思う。
……そんな、遠い昔の、記憶である。
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