鴇様(群青)

「……しし、夢かよ」

起き上がって、ボリボリと頭を掻く。
なんか、スゲー昔の夢見てた。
スクアーロがまだ、髪を伸ばし始めたばかりの頃だ。

「ゔお゙ぉい、何居眠りしてやがる阿呆」
「あでっ!」

背後から気配を消して近付いてきたスクアーロに、平手で頭の後ろを叩かれた。
そういや今って仕事中だったっけ。

「しし、王子真面目に働きすぎて疲れちまってんだよ」
「サボり常習犯がなに言ってやがる。寝言は寝てる間に言っとけぇ」

くあっと欠伸をしながら言ったら、また殴られそうになって慌てて避ける。
昔はなかなか避けられなかった鋭い平手も、今じゃ難なく避けられるようになった。
王子、ちゃんと成長してんじゃん。

「ったく、明日までに家光のカスに渡さねぇとまたグチグチ言われんだぞぉ」
「わかってるっての」

スクアーロは、8年前とあんまり変わんないと思う。
相も変わらずぜーんぶ一人で抱えようとして、無茶苦茶な仕事ばかりしてる。
まあ、最近は周りの奴らがこいつから仕事取り上げて、無理させないようにしてるみたいだけどな。

「大丈夫じゃね?これくらいなら終わるだろ。まだ昼間だし」
「期限ギリギリに出しても、あのカスはうるせぇんだよ」
「あ、そう」

げっそりとした顔のスクアーロ。
こいつと門外顧問は、顔を合わせる度に言い合いから始まって酷いときには殴り合いにまで発展する。
スクアーロがそこまで人を嫌うのって、かなり珍しい。
そんだけ、あのおっさんがカスだってことなんだろう。
王子は別に興味ねぇけど。

「なあ、スクアーロ」
「んだよ」
「いつ出したってどーせ文句言われんだからさぁ、ちょっと息抜きしようぜ」
「ああ゙?」
「しし、バトろーぜ」
「なんで今……」
「良いじゃん、そういう気分なんだよ」

呆れたようなスクアーロだったけど、オレがナイフを構えたのを見て、諦めたみたいにため息を吐き出した。

「わかったが、ここでやるなよ」
「流石の王子もそれはやんねーって」

居眠りするくらいダルい作業だったけど、これまでの苦労水の泡にはしたくねーもん。

「……スクアーロさぁ」
「あ゙?」
「王子が勝ったら引退な」
「は……はあ!?」
「引退して王子にその席譲れよ。お前はボスの秘書とかしてりゃ良いじゃん。しし、似合うぜ?」
「ねーよ!」

その昔宣言したように、オレはこいつをぎたぎたにしてぶっ潰す。
ぶちのめして、そしてもう、こいつに仕事を渡さない。

「王子だってセイチョーしてんだよ」
「なんの話だぁ?」
「勝ったらお前、王子の奴隷になれよ」
「ボスの秘書じゃなかったのかぁ!?」
「なんでもいーじゃん」

初めて会ったときから、ずっとこいつの後を追っ掛けてきた。
そんな長い間背中見てれば、嫌でもわかる。
こいつ、本当はずっと仕事辞めたがってた。
王子とは違う、人殺しが嫌いで、人を騙すのが嫌いで、そんなことをしてる自分が嫌いな、マトモな人間だった。
そんな奴は、さっさと引退して後進の育成でもしてりゃ良いんだ。

「王子のこと舐めてっと、痛い目見るぜ?しししっ!」
「ゔお゙ぉい、良い度胸じゃねぇかぁ。オレがまだまだテメー程度にゃ余裕で勝てるってこと、思い知らせてやる!」

バチバチ火花を散らしながら、オレ達は空いてる訓練場に向かう。
一時間後、オレはスクアーロにぼこぼこにぶちのめされていた。

「あんた達、本当に仲良しねぇ。っていったぁぁ!!」
「黙っとけオカマー」

なんか嬉しそうに言ってたオカマにナイフを投げ付ける。
ああ、クソ、やっぱりスクアーロの戦闘能力は化け物だ。

「修行が足りねぇんだよ、バァカ」
「うっせーバカ鮫。たまたまだっつーの。すぐにお前のこと跪かせてやるし」
「……期待して待ってるよ、ベル」
「あ?」

ぽんぽん、と頭を撫でられた。
昔とは違う、本当に期待してるみたいな言葉に、やっぱ王子成長してんのかなって思って嬉しくなる。

「お゙ら、仕事戻るぞぉ」
「うげぇ……」
「文句いう前に手ぇ洗ってこい。なんか甘いもんでも用意してやるよ」
「しし、仕方ねーからスクアーロの言う通りにしてやんよ!」
「あんた達、変わんないわねぇ」
「はあ?」

染々とカマ野郎が言ってる。
スクアーロは変わんない。
オレは変わってる、……つもりでいる。
ルッスーリアからしたら変わってねーみたいだけど、でも変わってるはずだ。
昔と違って、何も考えずに他人を殺すのをやめた。
スクアーロとの仕事の中で、命の重さを知ったから。
昔と違って、ただ感覚で戦うのをやめた。
スクアーロとの模擬戦闘で、作戦を練って戦う楽しさを知ったから。
昔と違って、ちょっとは書類仕事が出来るようになった。
スクアーロとの勉強会で、情報を得て発信することの重要さを知ったから。

「オレ、変わってるぜ」
「なんか言ったかぁ?」
「……しし、何も!」

スクアーロのお陰で、オレは変わった。
だから、今度こそはアイツを倒して、オレがスクアーロを変える。
たくさん育ててもらったスクアーロを、今度はオレが面倒見てやる。

「オレって本当、変わりもんだな」

思わずそんなことを呟いてたけど、変わり者でいられるのが嬉しくて、へにゃへにゃに弛むほっぺをなかなか元に戻せなかった。
9/10ページ
スキ