鴇様(群青)

初めての任務から帰った翌日、アイツが目を覚ましたって聞いて、オレは医務室まで全速力で走った。
失敗ばかりした初任務。
帰ろうとして、おっさんたちと合流するために歩いてたオレとスクアーロ。
スクアーロの奴は、ボロボロで血塗れで、……それは全部ぜんぶ、オレが弱かったせいだった。
自分は強いと思ってたのに、実際に本物の戦場では、まったくの役立たずだった。
ショックだったし、悔しかったし、でもそれより何より、オレのせいでスクアーロが倒れたっていうのが怖かった。

「ス、スクアーロ……!」
「あ゙、ベルかぁ?」
「あ……」

オレが病室に飛び込んだとき、ベッドから上半身だけ起こしたスクアーロの周りには、昨日一緒の任務に行っていたおっさん二人が並んで立っていた。
厳しい目でオレを睨んできたおっさんに、オレも前髪の下から睨み付ける。

「……何つー顔してんだぁ、お前ら」
「オレは足手まといが嫌いだ」
「隊長も、毎度毎度こいつと任務に出る度にそんな大ケガしてたら、体が持ちません」

おっさん達の言葉に、次第に自分の存在が縮んでいくような気がしていた。
悔しいことに、コイツらのいう通りなんだ。
オレが自分の力をわかってなかったから、だからスクアーロは傷だらけになったんだ。

「……過ぎたことだぁ。オレもこいつも生きている。次、また頑張れば良いのさ」
「だが……!」
「ありがとな、心配してくれて」
「っ……!」

へたりと笑ったスクアーロの言葉に、おっさんの一人はびくりと肩を跳ねさせて、一、二歩後ずさった。
その顔はちょっと赤い。
気色わりぃの。

「お゙ら、テメーら仕事あんだろうがぁ。さっさと戻れよ」
「……わかってる」
「お体、お大事に」

二人が出ていって直ぐに、スクアーロは手を振ってオレを呼び寄せてきた。
普段なら、何様だってキレちまうだろうけど、今日は大人しく従った。
さっきの笑い顔が嘘みたいに、スクアーロは仏頂面になってる。

「よぉ、随分と湿気た面してんじゃあねぇかぁ、王子様?」
「……しし、下民の癖に、おちょくったこと、言うじゃん」

オレの声には、自分でも虚しくなるくらい覇気がなかった。

「どうだったぁ、初任務」
「クソ」
「んだ、その感想はぁ?」
「クソだよ。オレ、何も出来なかったじゃん」
「そうだったかぁ?」
「スクアーロ一人なら、平気だったんだろ。お前、強いもん」
「どうだろうなぁ」
「……なに惚けてんだよ」
「だって、わからねぇだろぉ。仮の話だけしてたって、実際どうなるのかなんて、やってみなくちゃわからねぇ。それに、オレだってまだまだ青い」
「でも……」
「そんなに、オレのことが心配だったのかぁ?」
「は……べ、別にそんなんじゃねーし!王子がお前の事なんか気にかけるわけねぇだろ!バーカ!」
「はっ、そうかよ」

スクアーロが鼻で笑う。
それ以上、オレは話すことができなくて、病室には沈黙が訪れた。

「……どうだった、初任務」
「はあ?」

沈黙を破って、スクアーロはさっきと同じ言葉を吐いた。
怪我のしすぎでついにボケたのか?

「殺されかけただろ。死にかけて、今まで自分がしてきたこと、どう思った」
「……別に、どうも思わねーし」
「……そうかよ」

殺されかけた。
今までスクアーロのことばっかり考えてたから、すっかり忘れていた。
そうだった、オレ、殺されかけたんだ。
王子なのに。

「……オレが殺してきた奴ら、クソみてーな虫けらばっかだったし」
「相手からすりゃあ、オレ達だってクソみてーなお邪魔虫だぜ」
「……あんな奴ら死んだって、誰も哀しまねーよ」
「調べたのかぁ?」
「……そんなこと、王子が一々調べる分けねーだろ」
「そうだなぁ」
「……スクアーロ、あのさ」
「なんだぁ?」
「オレも強くなりたい」
「……」
「スクアーロなら、出来る?」
「……そうだな、出来る限りは、してやる。だが、オレに師事を請うなら、もう少し真面目に仕事と向き合うようにしろよ」

ポツポツと続いた会話の後、スクアーロは徐に手を伸ばしてオレの頭を撫でた。
乱暴な手つきに、オレの髪はぐちゃぐちゃにされる。
なんだよ、調子乗っちゃって。
王子相手に、偉そうにしちゃって。

「……直ぐにスクアーロのことなんてぶっ潰してやるし」
「ふっ、そんだけ強くなってくれりゃ、願ったり叶ったりだなぁ」

スクアーロの態度は気に食わなかったけど、でもその翌日から始まった厳しい修行は、王子なりに真面目にやった。
スクアーロの修行は、ただ体を動かすだけじゃない。
ワイヤーに関しても、まだまだ強くなれる、なんて言っちゃって、ワイヤーで物が切れる科学的な仕組みやら効率の良い扱い方やらを脳ミソに叩き込まれた。
王子はすっげー偉い王子なハズなのに、毎日くたくたで夜はベッドに入った途端に即夢の中だ。
でもスクアーロは、王子が寝てる間にも働いてるらしい。
アイツの体力マジ化け物級。
頭おかしいんじゃねーの?
でもでも、それってやっぱり、強いからこそ出来ることなんだろう。

「オレもアイツみてーになれんのかな」
「なれるわけねーだろうが」

休憩中に呟いた言葉に、初任務の時に一緒だったおっさんの一人がそう言った。
ムッとして見ると、相手も苛ついた様子で王子を睨み付けてくる。
生意気な奴。

「あの人は別格だ。お前なんかが並べるかよ」
「そんなの、やってみなきゃわかんねーじゃん。何よりオレ、王子だし」
「なんだその理屈?」

おっさんは勝手に王子の隣に座ってきた。
ますます気色わりぃ奴。

「……あの人は別に、お前に自分のようになってほしいなんて考えちゃいねぇだろ」
「なんでそんなのわかんの?」
「あの人ならたぶん、お前はお前らしくしてりゃいい、とか、言いそうだと思って、な。こう見えても、お前よりゃちょっとだけ付き合いなげぇんだからな」
「……ふーん」

ちょっとだけ羨ましいと思った。
そう言えばアイツ、いつからここで働いてるんだろ。
気になったけど、聞くのはやめた。
王子はそんな細かいこと、一々気にしない。

「無理しないで、出来ることを出来る限りで良いんだよ」
「ふはっ、お前それ、隊長に言われたことそのままじゃねーか」
「ばっ……!言うなよ!」
「お前本当、隊長のこと大好きだな。気色悪っ!」
「うるせー!」

もう一人、初任務を一緒に行ったおっさんが来て、なんか語ってた奴を笑い始めた。
そっか、スクアーロの奴、そんなこと言ってたんだ。

「しし、やっぱ、王子アイツみてーにはなれねーや」
「あ?」
「王子、お前らみたいな下民のこと一々気に掛けてらんねーし」
「ああ!?」

おっさんが殴り掛かってこようとしたのを、ヒラリと躱してスクアーロの元に駆け寄った。
王子はアイツらのこと、気に掛けらんない。
だって、王子とアイツらじゃ、何て言うの?ほら、格が違うんだもん。
でもスクアーロは、アイツらも王子のことも、全部ぜんぶ平等に気に掛けてる。
変な奴、バカな奴、呆れた奴。
他人なんてほっとけば良いのに。
全員抱え込んでしまおうとしてるんだ。

「ベル、誰かと話してたのかぁ?」
「……スクアーロ、王子お前みたいにだけはなりたくねーや」
「あ゙ん?」
「王子がお前より強くなったら、お前のことぶちのめして服従させてやるよ」
「……ぶっ潰すんじゃねぇのかぁ?」
「服従させて王子のいうこと何でも聞かせてやるの」
「いつになるんだろうなぁ?」
「すぐだぜ、すぐ」
「はっ、期待しといてやるよ」

期待してなさそうに言ったスクアーロ。
オレはにやっと笑って言った。

「そーなっても、泣くなよ。しししっ!」
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