鴇様(群青)

「才能がある。むしろ、才能が脳ミソを持って動いてる」
「その例えは若干気持ち悪いですよ」

しかし、スクアーロがそこまで言うのも無理はない。
若干8歳にして、ベルフェゴールはヴァリアーの作戦隊長を唸らせるレベルの身体能力を見せ付けていた。
隣でそれを見ていた隊員は、哀れみの目を持って訓練室を写すモニターを見ている。
訓練室の中には、楽しそうに笑いながらナイフを投げまくるベルフェゴールと、そんな彼から必死の形相で逃げるボロボロのヴァリアー隊員達がいる。
ベルフェゴールが隊員達をここまでボロボロにした……訳ではなく、この訓練とも言いがたい遊びが始まる前には既に、隊員達はボロボロになっていた。
もちろん、スクアーロの課した地獄の訓練が原因である。
自分は仕事中で外に出ていて良かった。
胸を撫で下ろした一隊員の横で、スクアーロは眉をひそめながら顎に手を当てて呟く。

「チッ、まだまだ動きにムラがあるなぁ。次はそっちを鍛える訓練を……」

それを耳にして、地獄の訓練を免れた隊員の目が死んでいく。
これ以上まだ訓練をさせるつもりなのか。
管理能力も教育能力も高いし、そこのところは尊敬さえするが、自分も他人もとことんまで追い詰めようとする彼の考えだけは理解が出来ない。

「とにかく、あの天才の身体能力に関しては問題ねぇなぁ。あとは……」
「頭脳面、ですね」
「まあ、例え悪かったとしても勉強すれば良くなるがなぁ」

言われて、ベルフェゴールに視線を移す。
獲物を追い回しながら、ベルフェゴールは不敵にニヤニヤと笑い続けている。

「隊長、直々に教えてやるつもりで?」
「直々に……なんて、そんな大層なもんじゃねぇだろうがぁ。だがまあ、オレが教える。殺し方も、暗殺者の流儀も、もちろん学問もなぁ」
「……」
「何か言いたげだなぁ?」
「いえ、そんなことは」

彼もまた、ずば抜けた天才だと思う。
悪く言うと器用貧乏だが、それでもまあ、天才は天才だ。

「しし、つまんねーの。なー、白髪ー。さっさとあの技教えろよー」
「白髪じゃねぇ、スクアーロだぁ」
「どーでもいーだろ?」
「良くねぇ……!」

少年相手に、額に血管が浮かぶほどイラついてても、天才は天才。
……まあ、この少年はスクアーロでなくともイラつく事ばかり言うが。

「……まあ良い。ついてこい、教えてやる」

スクアーロは大きなため息を吐いて、ベルフェゴールを手招きする。
ベルフェゴールは小生意気に、口を尖らせながら文句を垂れる。

「王子が教えさせてやるんだぜ。しし、お前生意気すぎ」
「……」
「お、抑えて抑えて……」
「もっと恭しくしろよなー!だってオレ、王子だもんっ」
「てめぇ……」
「こ、子どもの言うことだから!」

今にも少年をぶん殴りそうな雰囲気を醸し出すスクアーロを、部下が必死に止めて、ようやく二人は別の訓練室へと脚を動かし出す。

「なんか……」

兄弟みたいだなぁ。
二人の後ろ姿を眺めながら落とされた、部下のその呟きは、訓練室に横たわる屍の中に虚しく消えていった。
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