鴇様(群青)

「なー、王子と遊べよ」

少年のその一言から、ヴァリアー邸はあっという間に喧騒へと包まれた。

「はあ?」

そう返した男に、小柄だが、鋭い刃物が突き刺さる。

「ぐっ……!?」
「な……!何しやがるガキ!」
「しし、ナイフ刺しごっこ」
「ごっこじゃねぇ!」

その刃物……ナイフは、男の脇腹を浅く刺していた。
側にいた男は、少年に武器を突き付けながら問い質す。
それに対して返ってきた言葉へのツッコミの早さは、流石のヴァリアークオリティーだ。
少年はにんまりと笑いながら、男の後ろを指差した。

「こっち見てていーの?」
「あぁ!?」

男はハッとして振り返る。
しかしそこには何もなく、再び前に視線を戻すと……。

「……っだぁぁああ!!いねぇえー!!」

まんまと逃げられた。
そして逃亡した少年は、迷路のようなヴァリアー邸のあちこちに出没し、隊員達を攻撃していく。
まだ重傷者は出ていないが、それも時間と、少年の気分の問題だ。
30分も過ぎれば、ヴァリアー隊員達も焦り始める。

「いいか?ボスや幹部の方々には絶対に気付かれるな!速やかにあのガキを始末するぞ!」
「クソっ!どこに行きやがったあのチビ!」
「おい!あっちでまた一人やられたぞ!」
「クソ……何者なんだあのガキ!?」

ボスに気付かれれば、侵入者の少年諸共カッ消される。
しかし幹部……特にスクアーロに気付かれても、隊員達にとってはまずいことになる。
本当ならば、すぐさま彼に報告を上げなければならないことは全員わかっているのだが、それでもしないのには、それなりの理由があった。

「ししっ、ケッコーたのしーじゃん♪」

だがそんなことは、少年には関係のないことである。
クスクスと笑いながら、隠れて廊下を進む少年の前に、人影が1つ歩いてきた。
次の獲物だ。
少年がワクワクと胸を踊らせながらナイフを投げるのと、その人物が軽く腕を振り上げるのとは、ほとんど同時の事だった。
チュインッ、と言う耳が痛くなるような音が聞こえて、少年の投げたナイフは空中で弾かれて落ちてしまう。

「あれ?」
「……テメー、何者だぁ」
「あ、あれ?」

あっという間に迫ってきた銀色を見た直後、少年は意識を失った。
始めに少年が襲撃をしてから45分後、ヴァリアー隊員達にとって最悪の形で事態は収束したのであった。
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