陽炎様(群青)

「行く場所ないなら、うちに来いよ」

行く宛がなくなった、何て言っても、それはあくまで一時的なことだった。
こうなってしまっては当たり前の流れなんだろうけれども、ディーノがオレに宿を貸すと提案してくれた。
その誘いは、素直に嬉しい。
だが、しかし。
ふっと、自分の視線を下げて、胸元を見る。
こんな姿で、顔見知りの前に出るのは抵抗がある。

「……ありがてぇが、今回は良い。自分で適当に、宿でも探してみる」
「そうか?……うぅん……、それはなんと言うか、オレが納得出来ねぇんだよなぁ」
「は?」
「だってさ、ほら、可愛い可愛い恋人を一人っきりで行かせるわけにはいかねーだろ?」
「はっ、バカバカし」

鼻で笑ったけれど、ディーノの話す調子が普段と全く変わってなくて、そこについてはちょっと安心した。
ザンザスとか、仲間達とかみたいに、変な反応されたり、ソワソワされたりするのは、こっちも気になるし、落ち着かない。

「……なー、折角仕事休みになったんだしさ」
「休みじゃなくて追い出されたって言った方が正しいだろぉ」
「まあ、とにかく仕事がないんだしさ、今日と明日、泊まりでどっか遊びにいかないか?」
「遊び?」
「んー、観光しても良いし、ホテルにこもってゴロゴロしてるでも良いし。まあつまりは、二人っきりでどっか行こ、って話」
「……下心は?」
「んなっ!ねーよそんなの!……って言ったら、嘘になるところもあるかもしれないけど」

慌てて弁解しようとしているディーノを、クスクスと笑ってしまう。
すぐに素直に話すのは、良いところでもあり、悪いところでもあるよな。

「オレはただ、キャバッローネの仕事も落ち着いてきてるから、誰にも邪魔されずに二人で過ごしたいなって思っただけだ!」
「はっ、わかってるわかってる。まあ不運なことに、時間はあるからなぁ。……どこに行く?」

訪ねると、嬉しそうに笑顔を浮かべて、ディーノは色んな候補をあげ始めた。
そう言えば、1日以上二人っきりになるなんていつぶりだろう。
こんな機会を作る切欠となってくれた骸には、感謝しねぇといけねぇのかな。
まあ、次に会ったら一発殴る程度で済ませてやるか。
……だがしかし、オレ達の休暇が何のトラブルもなく終わるはずがなかったのだ。
それは翌日、イタリアでも有数のホテルに泊まり、気紛れに部屋を出たときのことである。


 * * *


「んー、流石のお前でも、やっぱり1日じゃあ戻らなかったかぁ……」
「……でも少し縮んだ……と思う」

胸に手を当てると、違和感ありまくりの柔らかい感触。
大きなため息を吐いて、なんとかかんとか、上着の前を閉めた。
少しは縮んだらしいが、1日経ってもオレの胸の大きさは戻らない。

「ため息ばっかついてないで、ちょっとくらい喜んでみたらどうだ?」
「はあ?どこに喜べる要素があんだよ」
「滅多にない経験が出来たことに?」
「こんな経験、したくなかったがなぁ」

ふんっと鼻を鳴らす。
ソファの上に寝っ転がっていたディーノは、苦笑を顔に浮かべてオレを見上げている。

「まあ、昨日からずっと部屋に籠りっきりだしさ、気晴らしにどっか行こうぜ。そうしたら、ちょっとは楽しくなんじゃねーの?」
「……お前が言うなら、構わねぇが」

外に出るって言っても、誰にも言わずにここに来たわけだから、奇跡でもない限り、ばったり知り合いと会うなんてことはないだろう。
しかし、得てして奇跡と言うものは起こるものである。
というより、今回のそれはかなり強引に起こされた『奇跡』であったのだが……。
部屋を出て、ホテルから出ようとロビーへ向かう。
そこに『奇跡』が座っていた。

「「「ぶふぉっ!?」」」

突然誰かが噴き出した音が聞こえて、バッと振り返る。
ロビーのソファーに座っていたのは、沢田、山本、獄寺の、お馴染み並盛三人衆。
ハッとしてディーノの陰に隠れようとしたとき、更に別の場所から咳き込む音が聞こえてきた。

「ぐふっ!?げほっごほっ!」

そちらを振り向けば、咳き込みながらも笑い転げている白蘭と唖然としているユニ、γ達三兄弟。

「か、囲まれた……!」

そして驚きのあまり声も出なかったらしい古里、アーデルハイト、ジュリーを見付けたオレは、完全に逃げることを諦めたのだった。
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