陽炎様(群青)
一時間後、電話で事情を聞いたディーノが、ヴァリアー邸に駆け付けてくれた。
一人無力を噛み締めながら、そっとドアに耳を寄せる。
向こう側からは、たぶんヴァリアーの奴らのものと思われるざわめきが聞こえてくる。
その中に聞き覚えのある声が混じる。
何て言っているのかまではわからなかったが、何か揉めているようだ。
と、突然、ガタンとドアが揺れた。
慌てて二、三歩後退る。
だがその程度下がっただけでは足りなかったようだ。
ドバンと轟音を立てて開かれたドアから、人が雪崩れ込んでくる。
その先頭にいたディーノが、吹っ飛ぶようにしてオレにぶつかってきた。
咄嗟に受け止めたディーノの頭が、胸の間に埋もれる。
「ふぶっ!!」
「ゔっ……!」
今まで感じたことのない違和感に、呻き声が漏れる。
これはなんと言うか、酷く気持ちが悪い……いや、気味の悪い感覚だ。
しかも普段と体のバランスが違うからか、上手くその場に留まることが出来なかった。
ディーノごと後ろに引っくり返って、尻餅をつく。
「いっ、つつー……。あ、わり。大丈夫かスペル、ビ……?」
すぐにぶつかったのがオレであるとわかったらしい。
心配して掛けてきたのであろうディーノの言葉は、尻すぼみに消えていく。
ディーノに組み敷かれるような形で倒れているオレを、上から下まで無言で眺めて、呆然と呟いた。
「……スペルビが、大きくなってる……!」
その言い方は、なんか間違ってると思った。
* * *
「……その、それで、巨乳に?」
「巨乳って言うな」
「だって……」
「なにも言うなぁ!」
「それは、まあ、お前がそう言うなら」
「しし、言おうが言うまいが巨乳じゃね?」
「だから言うな!!」
数十分後、ディーノと共に雪崩れ込んできた部下達の混乱を無理矢理鎮めて、オレは仕方なく、ディーノと幹部達と向き合っていた。
何となく恥ずかしくて、モゾモゾと隊服の胸元を掻き寄せる。
ボタンを止められればそれが一番良いのだろうが、苦しくて出来ないのだ。
「やだぁん♪美人さんに磨きがかかったんじゃないのぉ?折角だから一緒に可愛い服選びに行きましょうよぉ!」
「!い、嫌だ!こんな格好で外に出られるかよ!」
「ふ、ふふ、ふはは!これで作戦隊長の座はオレの……ぶふっ!!」
「人の胸見て鼻血を出すなよ気色悪い!!」
「ム……幻術って感じでもないね。いったい何でこんな脂肪の塊が突然出来たんだろう」
「しし、なんか瘤でも出来たみたいな言い方だな」
マーモンが言った言葉に、オレは苦々しい表情を浮かべる。
幻術でもないなら、マジに何かの毒を盛られたって言うことだ。
いくら疲れてたからってこんな惨めな姿、仲間達に、部下達に格好がつかない。
というか何より、これじゃあマトモに戦うことだってできない。
常々より思っていたことだけれども、女性達はよくこんな邪魔なものをくっつけて自由に動き回れるな。
さらしで絞めたとしても、痛いし苦しいし、邪魔でしかなさそうだけれど。
気にならないんだろうか……。
大きくため息を吐く。
ここにフランの馬鹿まで加わらなくて良かった。
あいつなら、嬉々としてオレの胸に飛び込んできそうだし、もしもそうなったらディーノが機嫌悪くなるからなぁ。
……って、あれ?
「そういやぁ、フランの馬鹿はどこに行ったぁ?」
「え?あら、本当。今日は見掛けてないわねぇ」
「……しし、王子なんか、やーな予想思い付いちゃったんだけど」
「は?どういう意味だ」
首を傾げるレヴィとは違って、オレはベルと同じく、嫌な考えが浮かんでいた。
幻術ではないってマーモンが言うなら、それは間違いないだろう。
でも、だからといってフランを犯人候補から外すのは早計だ。
アイツは確か……ヴェルデとの伝を持っていた、よな……?
「まさかとは、思うけどねぇ……」
「スペルビ、電話は繋がらないのか?」
「今、かけてる」
電話は繋がらないかと思った。
しかし意外にも、5回目のコール音でフランは電話に出た。
『はいはーい、どちら様ですかー』
「!フラン!お前今どこにいる!」
『あ、その声はスクアーロ隊長ですねー。お元気ですかー?』
「ど!こ!に!い!る!」
電話でも飄々とした態度を崩さないフランに、さすがのオレもキレかけている。
一文字一文字区切るようにして、電話の向こうに問い掛けると、渋々と行った様子でフランは居場所を白状した。
『日本ですー。師匠に呼び出されちゃったんですよー』
「日本……って!お前今日の仕事はどうするつもりだぁ!ちゃんと休暇届を出してから行け!」
『ごめんなさいー』
「そっちじゃないだろ!」
「フランちゃんあなた、スクちゃんに何かしたかしら~?」
思わず思考が仕事の方にシフトしてしまったオレでは話が終わらないと思ったのだろう。
横から伸びてきたディーノの手が電話を取り上げ、ルッスーリアがスピーカーモードに設定する。
スピーカーの向こうのフランは、とても言いづらそうに「あー」だの「うーん」だのと言っていたが、観念したのか、それとも誤魔化すのが面倒だと思ったのか、恐らく後者だろうが、昨晩何があったのかを素直に吐いたのだった。
『実はですねー、師匠がですねー』
「はあ゙?骸がぁ?」
『どうもヴェル公を脅して嫌がらせグッズを大量にもらってきたらしくてですねー』
「まさか……」
『ミーにまずは試しって言って一服盛るように命令してきたんですー』
「やっぱりテメーの仕業かぁ!!」
『嫌ですねー。ミーは嫌々やらされただけですー。黒幕は師匠ですよー』
あの野郎、本当にオレのこと嫌いだな……!
思わず額に浮かび上がった血管を見て、危機感を覚えたルッスが電話機を遠ざける。
『でもその薬の効果は3日程度しか持たないって言ってましたしー、スクアーロ隊長なら下手したら1日で効果が切れちゃうかも知れないですよー』
「今すぐ戻せねぇのかぁ!?」
『無理ですー。あの人解毒薬は一個ももらってきてなかったんで……』
『クフフ、いったい誰と電話しているのですかおバカ!』
『ゲロッ!』
ブツッ!と電話が切れる。
フランが無事かどうかはわからんが(どうせ無事なんだろうが)、とにかく解決しようもないと言うことはわかった。
そもそも骸が解毒薬をもらってくる以前に、ヴェルデの性格を考えれば作ってない可能性の方が高い。
「だー!くそっ!仕方ねぇが、元に戻るまではアジトを出ないで書類仕事だけに集中してるかぁ……」
「まー、それが懸命だな。なんか困ったことがあったら、オレも出来るだけサポートするしな」
「……助かる」
結局は嵐が過ぎ去るまで待機ってことか。
肩を落とすオレを励まそうと、ディーノが背中を軽く叩いてくれた。
それだけの衝撃でも、揺れるこの胸。
そりゃー、オレも女の端くれであるから、大きな胸って言うのに憧れたことがない、と言ったら嘘になる。
でも一度体験してみてわかった。
これは、とんでもなく邪魔だ。
削り落としたいくらいには邪魔だ。
そんなことを考えて、またため息を吐いた。
そんなとき、突然背後で、ガラスの割れる音がした。
「な……ザンザス?」
「カスザメ……てめぇ……」
「え?」
「偽物の乳をオレの前にさらしてんじゃねぇ!!」
「はあ!?」
ザンザスと偽乳との間に何があったのかは、オレすらも知らないことだったが、とにもかくにも、今後の予定は変更せざるを得なくなった。
ヴァリアーを追い出されたオレは、行く宛がなくなってしまったのである。
一人無力を噛み締めながら、そっとドアに耳を寄せる。
向こう側からは、たぶんヴァリアーの奴らのものと思われるざわめきが聞こえてくる。
その中に聞き覚えのある声が混じる。
何て言っているのかまではわからなかったが、何か揉めているようだ。
と、突然、ガタンとドアが揺れた。
慌てて二、三歩後退る。
だがその程度下がっただけでは足りなかったようだ。
ドバンと轟音を立てて開かれたドアから、人が雪崩れ込んでくる。
その先頭にいたディーノが、吹っ飛ぶようにしてオレにぶつかってきた。
咄嗟に受け止めたディーノの頭が、胸の間に埋もれる。
「ふぶっ!!」
「ゔっ……!」
今まで感じたことのない違和感に、呻き声が漏れる。
これはなんと言うか、酷く気持ちが悪い……いや、気味の悪い感覚だ。
しかも普段と体のバランスが違うからか、上手くその場に留まることが出来なかった。
ディーノごと後ろに引っくり返って、尻餅をつく。
「いっ、つつー……。あ、わり。大丈夫かスペル、ビ……?」
すぐにぶつかったのがオレであるとわかったらしい。
心配して掛けてきたのであろうディーノの言葉は、尻すぼみに消えていく。
ディーノに組み敷かれるような形で倒れているオレを、上から下まで無言で眺めて、呆然と呟いた。
「……スペルビが、大きくなってる……!」
その言い方は、なんか間違ってると思った。
* * *
「……その、それで、巨乳に?」
「巨乳って言うな」
「だって……」
「なにも言うなぁ!」
「それは、まあ、お前がそう言うなら」
「しし、言おうが言うまいが巨乳じゃね?」
「だから言うな!!」
数十分後、ディーノと共に雪崩れ込んできた部下達の混乱を無理矢理鎮めて、オレは仕方なく、ディーノと幹部達と向き合っていた。
何となく恥ずかしくて、モゾモゾと隊服の胸元を掻き寄せる。
ボタンを止められればそれが一番良いのだろうが、苦しくて出来ないのだ。
「やだぁん♪美人さんに磨きがかかったんじゃないのぉ?折角だから一緒に可愛い服選びに行きましょうよぉ!」
「!い、嫌だ!こんな格好で外に出られるかよ!」
「ふ、ふふ、ふはは!これで作戦隊長の座はオレの……ぶふっ!!」
「人の胸見て鼻血を出すなよ気色悪い!!」
「ム……幻術って感じでもないね。いったい何でこんな脂肪の塊が突然出来たんだろう」
「しし、なんか瘤でも出来たみたいな言い方だな」
マーモンが言った言葉に、オレは苦々しい表情を浮かべる。
幻術でもないなら、マジに何かの毒を盛られたって言うことだ。
いくら疲れてたからってこんな惨めな姿、仲間達に、部下達に格好がつかない。
というか何より、これじゃあマトモに戦うことだってできない。
常々より思っていたことだけれども、女性達はよくこんな邪魔なものをくっつけて自由に動き回れるな。
さらしで絞めたとしても、痛いし苦しいし、邪魔でしかなさそうだけれど。
気にならないんだろうか……。
大きくため息を吐く。
ここにフランの馬鹿まで加わらなくて良かった。
あいつなら、嬉々としてオレの胸に飛び込んできそうだし、もしもそうなったらディーノが機嫌悪くなるからなぁ。
……って、あれ?
「そういやぁ、フランの馬鹿はどこに行ったぁ?」
「え?あら、本当。今日は見掛けてないわねぇ」
「……しし、王子なんか、やーな予想思い付いちゃったんだけど」
「は?どういう意味だ」
首を傾げるレヴィとは違って、オレはベルと同じく、嫌な考えが浮かんでいた。
幻術ではないってマーモンが言うなら、それは間違いないだろう。
でも、だからといってフランを犯人候補から外すのは早計だ。
アイツは確か……ヴェルデとの伝を持っていた、よな……?
「まさかとは、思うけどねぇ……」
「スペルビ、電話は繋がらないのか?」
「今、かけてる」
電話は繋がらないかと思った。
しかし意外にも、5回目のコール音でフランは電話に出た。
『はいはーい、どちら様ですかー』
「!フラン!お前今どこにいる!」
『あ、その声はスクアーロ隊長ですねー。お元気ですかー?』
「ど!こ!に!い!る!」
電話でも飄々とした態度を崩さないフランに、さすがのオレもキレかけている。
一文字一文字区切るようにして、電話の向こうに問い掛けると、渋々と行った様子でフランは居場所を白状した。
『日本ですー。師匠に呼び出されちゃったんですよー』
「日本……って!お前今日の仕事はどうするつもりだぁ!ちゃんと休暇届を出してから行け!」
『ごめんなさいー』
「そっちじゃないだろ!」
「フランちゃんあなた、スクちゃんに何かしたかしら~?」
思わず思考が仕事の方にシフトしてしまったオレでは話が終わらないと思ったのだろう。
横から伸びてきたディーノの手が電話を取り上げ、ルッスーリアがスピーカーモードに設定する。
スピーカーの向こうのフランは、とても言いづらそうに「あー」だの「うーん」だのと言っていたが、観念したのか、それとも誤魔化すのが面倒だと思ったのか、恐らく後者だろうが、昨晩何があったのかを素直に吐いたのだった。
『実はですねー、師匠がですねー』
「はあ゙?骸がぁ?」
『どうもヴェル公を脅して嫌がらせグッズを大量にもらってきたらしくてですねー』
「まさか……」
『ミーにまずは試しって言って一服盛るように命令してきたんですー』
「やっぱりテメーの仕業かぁ!!」
『嫌ですねー。ミーは嫌々やらされただけですー。黒幕は師匠ですよー』
あの野郎、本当にオレのこと嫌いだな……!
思わず額に浮かび上がった血管を見て、危機感を覚えたルッスが電話機を遠ざける。
『でもその薬の効果は3日程度しか持たないって言ってましたしー、スクアーロ隊長なら下手したら1日で効果が切れちゃうかも知れないですよー』
「今すぐ戻せねぇのかぁ!?」
『無理ですー。あの人解毒薬は一個ももらってきてなかったんで……』
『クフフ、いったい誰と電話しているのですかおバカ!』
『ゲロッ!』
ブツッ!と電話が切れる。
フランが無事かどうかはわからんが(どうせ無事なんだろうが)、とにかく解決しようもないと言うことはわかった。
そもそも骸が解毒薬をもらってくる以前に、ヴェルデの性格を考えれば作ってない可能性の方が高い。
「だー!くそっ!仕方ねぇが、元に戻るまではアジトを出ないで書類仕事だけに集中してるかぁ……」
「まー、それが懸命だな。なんか困ったことがあったら、オレも出来るだけサポートするしな」
「……助かる」
結局は嵐が過ぎ去るまで待機ってことか。
肩を落とすオレを励まそうと、ディーノが背中を軽く叩いてくれた。
それだけの衝撃でも、揺れるこの胸。
そりゃー、オレも女の端くれであるから、大きな胸って言うのに憧れたことがない、と言ったら嘘になる。
でも一度体験してみてわかった。
これは、とんでもなく邪魔だ。
削り落としたいくらいには邪魔だ。
そんなことを考えて、またため息を吐いた。
そんなとき、突然背後で、ガラスの割れる音がした。
「な……ザンザス?」
「カスザメ……てめぇ……」
「え?」
「偽物の乳をオレの前にさらしてんじゃねぇ!!」
「はあ!?」
ザンザスと偽乳との間に何があったのかは、オレすらも知らないことだったが、とにもかくにも、今後の予定は変更せざるを得なくなった。
ヴァリアーを追い出されたオレは、行く宛がなくなってしまったのである。