陽炎様(群青)

……なんだろう、ほんの少し、息苦しい。
目が覚めて始めに感じたのは、それだった。
何故だろう。
風邪か?
病気か?
それとも歳か?
まあオレももう30を越えているわけで、なんかしらの病気に罹ったり、体力が落ちていたりしても、何ら不思議ではない……ないの、だが。
どうやら原因は全く違っていたらしい。
うつ伏せになった自分の胸とベッドとの間に、なにか柔らかいものが挟まっている。
いったい何が?
その疑問は、すぐに解決することになる。
『それ』は、オレが起き上がると、オレの胸に張り付いてきた。
いや、張り付いているのではない。
くっついている、いや、生えている?
つまり『それ』は、オレの胸についているんじゃなくて、つまり……その、要するに……、それが、自分の胸、その物と言う、訳で。

「……………………っ!!!!」

声にならない悲鳴をあげて、オレは慌てて鏡の前へと走っていったのだった。


 * * *


数分後、オレはとりあえず心を落ち着けようと、ソファーに座って目を閉じていた。
鏡で確認してみた結果、可哀想なくらいの絶壁とまで(ザンザスに)言われた自分の胸は、確かに、理由はまるでわからないが、見違えるほどに大きくなってしまっていたのだ。
まったく訳がわからない。
しかしどうやらこれは夢ではないようだし(思いっきり頬を抓ったせいで涙が出た)、この胸も偽物ではなく、紛れもない本物のようだった。
しかし、いやいや、おかしいだろう。
昨日までは何ともなかったのに、今日になって突然こんなことになるなんて。
しばらく考えて、そこでようやくオレは気付いた。
そう言えば、オレ、いつの間に寝ていた?
昨日も昨日で、仕事は山程に溜まっていて、オレが寝ている時間もないほどだったはず。
確か夜中10時頃には、まだ仕事をしていたはずだ。
その後、一服するか、とコーヒーを飲んで……、そんで……そうだ、急激な眠気に襲われたのだ。
その時は、思ったより疲れていたのだと考えて、ちょっとだけ寝ようと、ベッドに入った……。
しかしそのまま朝まで寝こけてしまい、しかも起きたら胸が成長していた……?
……ダメだ、おかしい。
最後の部分さえなければ何もおかしくないのに、最後の1つだけが斜め上45度にぶち抜けている。

「……そう言えば、何で昨日はあんなに眠かったんだぁ?」

考えてみれば、この謎の現象と、あの強烈な眠気は関わりがある……ような気がする。
その眠気はコーヒーを飲んですぐに訪れたものだ。
まさか……コーヒーになにか薬物でも混入されていたのか?
いや、元々薬物の見分けは得意じゃなくて、ただだいたいのものは効かないってだけだから、混入に気付かなかったのは、頷ける。
問題はそこじゃない。
犯人がいったいなんの目的で、こんな訳のわからないことをしたのか、だ。
毒物を入れるなら、こんな意味のわからないものじゃなくて、もっと直接的に危害を加えるようなモノを入れるべきなんじゃないのだろうか?
……精神的には、だいぶ傷付いたのだが。

「……」

無言のまま、ぺたりと胸に手を当てる。
普段ならもっとフラットな感覚があるのに、今ではふわふわとした脂肪の感触がそこにはある。
何故に、胸。

「とにかく、犯人を見つけねぇと……」

コーヒーに薬物が混入された……と言うより、カップか、もしくはコーヒーの粉の方に入れられていたと考えた方が良いな。
オレの目を盗んでそんなことを行える人間なんて、世界中にもそうはいまい。
そして一番可能性が高いのは……。
オレは無言で電話を手に取る。
呼び出し音の後、電話に出ていた相手に向かって、口を開いた。

『もしも……』
「跳ね馬テメーオレの体に何しやがったこの野郎オレもう婿にいけない」
『お前が何言ってるのかまったくわからないんだが!?あと婿じゃなくて嫁な!?』

どうやら思っていたよりも、オレは落ち着いていなかったらしい。
ちなみに、ディーノはこの件とは無関係なようだった。
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