夏目鬼灯様(群青)

トン……と、背中に何かが当たるのを感じて、スクアーロは背後を振り返る。
向いた先、間近にディーノの顔があって、思わず目を見開いて少し顔を引いた。

「ど……どうしたぁ?」
「……べっつにー」
「はぁ?」

一瞬恨めしげな目を向けてきたディーノだったが、それ以上は特に何をするわけでもなく、ツンと顔を背けてしまう。
スクアーロも困ったように眉を下げる。

「なあ、やっぱり何か……」

『言いたいことがあるんじゃないのか?』
スクアーロの言いたかった言葉は、しかし口に出すことは出来なかった。
突然に、腕を強く引かれる。
スクアーロの腕を掴んでいたのは白蘭で、にこりと愛想よく笑った彼は、更に強く腕を引こうとする。

「な、なんだぁ?」
「何でもないよ?もうちょっと側に来てほしいだけ♪」
「はあ?」

無害そうに笑っている白蘭の、真意が掴めずに首を傾げる。
もう一度強く腕を引かれて、渋々白蘭の側に近寄ろうと一歩踏み出した。
その瞬間、それよりも更に強い力で、腰の辺りを掴まれて引き戻される。

「ぅ……お……!?」

バランスを崩して倒れそうになったスクアーロの体を、後ろからディーノが支えて顔を覗き込む。

「な……何して……」
「……離れんなよ」
「は……?」
「だから……、あんまりオレの側離れんなって、そう言ってんだ。つーか男に引っ張られてホイホイ着いてっちゃダメだろ」
「っ……!」

すぐ近くに、鳶色の瞳が揺れるのを見て、スクアーロは顔に熱が集まるのを感じる。
少しでも距離を取ろうとするが、腰と喉にしっかりと手が回されていて、逃れることは出来なかった。

「オレの事だけ、見てて」
「な、なに……言って……」
「お前さぁ、ふらふらふらふら、どこ行くかわかんなくて、見てて怖いんだよ。だから、出来るだけ離れないでくれ」
「んなこと、言われても……」
「……な?」
「…………ん……」

見詰められたまま、念を押されて、思わず頷いてしまう。
満足したように離された体を手で軽く擦り、スクアーロは赤い顔のまま部屋を出ていく。

「き、着替えてくる……!」
「あら、もう着替えちゃうの?」

そんな彼女の後を、クスクスと上品に笑いながら奈々が追って出ていく。
にこやかに二人の背中を見送るディーノの背後で、骸が盛大に舌打ちをした。

「チッ!結局恋人同士がいちゃついて終わりですか。つまらない」
「こんなへなちょこの、どこが良いんだろーな」
「好き勝手言うなぁ、お前ら……」
「お暑いねーお二人さん!オレちん達も一緒にイチャイチャしよーぜアーデル~♪」
「断る!」

うんざりしたのか、飽きたのか、屯していた者達が次々と部屋を出て帰ろうとして行く。
残ってるのは、シモンのメンバーと白蘭達くらいか。
じゃれ合うシモンのメンバーを見ながら、白蘭は読めない笑顔でディーノに話し掛ける。

「ほーんと、熱々だねぇ」
「なんだよ、羨ましいのか?」
「ん?んー……まーね♪僕もスクちゃんのこと好きだもん、羨ましーよね♪」
「好きってなぁ……。お前冗談も大概に……」
「なに言ってんの?」
「え?」

にっこり、白蘭は口の端を吊り上げて笑う。
目を見開いたディーノに、彼は謎めいた笑いを向けて、平然と言ったのだった。

「結構本気で、彼女のこと好きだよ」
「っ……!」
「……ふふっ、なーんてね♪」

言葉を失ったディーノに笑い掛けてから、白蘭はくるりと回ってドアの方を向く。

「スクちゃん着替えちゃったの?残念だなぁ~♪」
「るせぇ。オレがなに着てようと、お前にゃ関係ねぇだろぉ」

戻ってきたスクアーロは、すっかりいつも通りの格好をしている。
ディーノと目が合うと、きゅっと唇を引き締めて、すたすたと近寄ってきた。

「……帰ろうぜ」
「あ……え……?」
「?なんだよ、間抜けな顔して」
「……いや、うん、帰ろう。早く帰ろう」
「ん?なんか急ぎの用事があんのかぁ?」
「そうじゃ、ないけどさ」

チラッと白蘭を見て、ディーノの表情が少し険しくなる。
不思議そうなスクアーロの肩を抱くようにして、早足に部屋を出た。

「あ、ありがとな、奈々!」
「良いのよ!また家に寄ってってね!」
「ディーノさんもまた!」
「おう、じゃーなツナ!」

手を軽く振って家を出て、肩を並べて道を歩いていく。
その途中で、ぼそっとディーノが呟いた。

「……離れるな、って言ったけどさ」
「?」
「そもそもオレ、離せねーかも」
「何言ってんだよ、ほんと……」

恥ずかしそうに頬を掻いて、顔を背けたスクアーロの服の袖を、指先で摘まむ。
しばらく無言で歩いていた二人だったが、不意にスクアーロが口を開いた。

「……オレだってもう、離れられねーんだよ、このバカ」
「え……ほ、ほんとか!?」
「……ここで嘘言うわけねーだろ、カス」

袖を摘まんでいたディーノの手に、スクアーロの手が重なる。
確かに側に感じる温かさに、ディーノは頬を淡く染めて、口元を弛ませた。

「ゆっくり歩いて帰ろっか」
「あ゙あ?早く帰るんじゃなかったのかぁ?」
「気が変わった」
「んだそりゃあ」

スクアーロは呆れたようだったが、その歩調が少しずつ遅くなっていく。
それに合わせてゆっくりと歩きながら、二人のんびりと話しながら、帰っていった。
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