夏目鬼灯様(群青)

数分後、戻ってきた奈々とスクアーロを見て、数人が吹き出した。

「わ、笑うな……!」
「ぶふっ……!だってスクちゃんっ……それは……!」
「ぶはっ!傑作だなカスザメ!!」
「ざまあありませんねガットネロ!!クハハ、無様なものです!」
「だから笑うな!」

イタリア語で交わされる悪口に、奈々は気付かずご機嫌そうに笑っている。
彼女の隣で顔を真っ赤にさせているスクアーロの格好は、いつもの黒ばかりの服とは違い、白を基調とした爽やかで女性らしい服装へと変わっていた。

「私の若い頃の服なんだけどね?きっと似合うと思ってたのよ!」
「いや、奈々はまだ若い……ってそうじゃなくてだなぁ……」
「とっても可愛いわ♪」
「いやだから、オレは可愛くなくて良いんだって……」

丈の短い白のワンピース、淡い若草色のカーディガン、軽くメイクも施してあり、いつも無造作に垂らしている髪も、頭の後ろで丁寧に1つに纏められて、背中で揺れている。
恐らく奈々がやったのだろうが、その光景を想像しただけで綱吉も自然と肩が震える。
そしてディーノはといえば、無言でごそごそとジャケットの内側を探り取り出した携帯電話で、スクアーロの姿を写真に収めていた。

「んなっ……!何してやがるこの馬鹿!」
「待ち受けにしようかと思って!」
「ふざけんなぁ!」

初めの内は、全員驚いていたようだったが、混乱が収まるとやはり、全員好き勝手に動き出し始める。
クスクスと隠すこともなく笑い声を立てながら、スクアーロに近寄った白蘭は、彼女の周りを回って見定めている。

「へぇ、ふぅん、スクちゃんも女の子なんだねぇ」
「な……なんだよ……」
「べっつにー?ちゃんとした格好すれば可愛いのに勿体ないなって思っただけ♪」
「はあ?」
「クフ、何言ってるんですか白蘭。可愛いどころか、女の格好をしたって女らしさの欠片も感じられないではないですか」
「んだと!?」
「そんなことないわよぉ。スクちゃん可愛いじゃない。腰とかこ~んな細くってもぉ!あんたちゃんと食べてるの?」
「うわっ!どこ触ってんだよルッス!!」
「スクアーロ似合ってるけどさ、やっぱいつも通りの格好じゃないと変なのな……」
「変ってどういう意味だぁ!?」
「ふん、どんな格好しても、ないな」
「な……ないって何がだよザンザス!?」

ないのはもちろん胸だろうが、とにもかくにも、スクアーロの周りは一気に人口密度が増して、にわかに騒がしくなる。
普段から関わりの薄いシモンや、了平までもが近くに寄って楽しそうにガヤガヤと声を上げている。

「おっ、可愛いんじゃねーの?オレちんとデート行かねー?」
「ジュリー貴様!」
「うおっと!おっかねー!」
「でも、あの……綺麗ですよ」
「え……あー、ありがとう……?」

照れたように言った炎真に、スクアーロもまた戸惑ったように答える。
何故か二人の間にだけ、どこか甘酸っぱい空気が漂っている気がする。
そんな空気の中にも恐れずに入っていけるのは、空気は読むものではなく燃やすもの、な了平や紅葉くらいか。

「うむ!極限見違えるようだぞ!」
「結局貴様も女性だったと言うことだな」
「……なんか、こっ恥ずかしいなぁ」
「スクアーロ照れてんのな?」
「別に……そんなんじゃねーよ」
「こいつ照れてるびょん!」
「だから照れてねぇって!」

後から後から弄られて、スクアーロは少し疲れているようだった。
その事に調子に乗ったのか、更に他の者が彼女をいじり出す。

「しし、照れることねーじゃん。スクアーロ本当に綺麗だぜ?ま、胸ないけど」
「ム、そうだね。写真を撮って君の信者達に売り付けておいてあげるよ。胸がないのが残念だけど」
「お前らぶっ飛ばすぞ!」
「クフ、こんな奴の写真に需要があるとは。世の中には物好きがいるものですね」
「鮫の人、本当に綺麗」
「ま、私には劣るけどね~♪ね、骸ちゃん?」
「お前よかこいつのがまだ綺麗だびょん!」
「なんですって!?」
「……めんどい」

一部では醜い争いが起きているが、彼らの喧嘩は残念ながら、スクアーロの耳には届いてないようだ。

「いい加減にしろ。あんま誉められると、恥ずかしいん、だよ……」

ぽそっと、そう呟いて、赤くなった頬を隠すように少し俯く。
そのスクアーロの肩に手を掛けて、白蘭は更に囃し立てるように話し出した。

「なにうつ向いてんの?せっかく可愛い格好してんだから、もっとよく見せてよ♪」
「あ゙あ……!?」
「みんなも可愛いと思うでしょ?」
「え!?いや、まあその……可愛いって言うよりは綺麗かな~……みたいな……」
「ふん、別にキレイでもないだろ」
「ハハン、照れているからと言って、嘘を吐いてはいけませんよ、ザクロ。良いではありませんか、これはこれで」
「ボクちんは、か、可愛いと思う……よ?」
「にゅぅ~……可愛いけど~……あたしよりは下よね!」
「ふふ、そう?僕は結構好みだけどなぁ?」
「ふざけたこと言ってんじゃねーよ、マシュマロ頭!」
「んもー、酷いなぁスクちゃん♪」

怒鳴って白蘭を退けようとしているスクアーロの、今度は反対側から別の人物の手が伸びてくる。

「冗談じゃなく可愛いと思うぞ」
「リ、リボーン……!」
「あ、お前いつの間に!」
「オレの愛人にしてやっても良いぞ」
「またそれかぁ!」
「しかも5人目!」

よじよじとスクアーロの肩に登ったリボーンに、二人の全霊のツッコミが入るが、本人はまるで気にした様子はない。
スクアーロの顔の真横に来ると、小さな手で髪を掴んで、軽く引いた。

「ディーノよりもいい思いさせてやれるぞ。オレの愛人になってみろ」
「お前もふざけるのは大概に……!」
「別にふざけちゃいねーぞ?」
「はあ?……っ!?」

唐突に、リボーンがスクアーロに顔を近付けた。
ちゅっと軽いリップ音が鳴る。
スクアーロが感じたのは、鼻の頭に柔らかいものが当たったような感触。
リボーンとしては、軽い挨拶程度のものだったが、スクアーロは驚いたように目をぱちくりとさせて、呆然としている。

「な、なななっ……!なにやってんのリボーンー!?」
「うるせーぞ、黙ってろダメツナ。……そんなに驚いたか?」
「な……だっ、て……」
「ますます可愛いぞ」
「ばっ……バカじゃねーのかぁ……?」
「バカじゃねーぞ。またボーッとしてたら、今度は口にキスしちまうかもな」
「なっ……!」

慌ててパッと口を押さえたスクアーロに、リボーンは怪しく笑っている。
これではどっちが大人だかわからない。
恨めしげにリボーンを睨むスクアーロだったが、彼には効果はなさそうだ。
そして綱吉は、ここにビアンキがいなくて良かった、と心の底からそう思って安心していたが、この場には、安心など到底出来ない人物が一人いた。

「……」
「あ、ディーノ、さん……?」

ゆらり、無言で立ち上がったディーノに、気が付いたのは綱吉だけである。
様子のおかしい彼を、恐る恐る見上げた綱吉の超直感が、これ以上声を掛けてはいけないと告げている。
ディーノはそのまま真っ直ぐ、スクアーロの背後へと向かった。
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