深山様その2(群青)

ぐったりとした様子のスクアーロが、珍しく脱力して壁にもたれ掛かっている。

「もう帰りてぇ……」
「あ、ははは……。まあそう言わないで……ね?」
「帰りたい……」
「何でなのな?スクアーロ、今日の格好メチャクチャ似合ってるぜ!」
「本気で嬉しくねぇ」

しょんぼりと項垂れるスクアーロは、燃え付きかけたマッチ棒のように頼りない存在感を醸し出している。
相当今の格好が気に入らないらしい。

「でもほら、ディーノさんが絶対似合うって言ってくれたんでしょ?だったら自信持ってなくちゃ!」
「バカ野郎……、オレは似合うかどうかなんざどうでも良いんだぁ。ドレスってだけでテンション落ちるのに、こんなに脚出すのとか、マジで嫌だ……」
「……まあ、今回ばかりは同情するぜ」
「ご、獄寺君が同情してる……!」

珍しいこともあるもんだ、なんて、綱吉は少し失礼なことを呟く。
しかしまあ、普段はツンケンしている獄寺が同情するほどに、スクアーロは落ち込んでいるのだ。
相当なものだと言うことはわかるだろう。

「でも確かに、その服は目立つって言うか……」

チラッと、山本はスクアーロの事を見て、すぐに目を逸らす。
ピッタリとしたドレスのせいで、体の曲線がくっきりと見てとれる。
腰のくびれとか、背中のラインとか、もちろん、スリットから覗く脚も目の毒だけれども、それ以外だって十分気になる。

「そのー……やっぱりスクアーロも女の子だったのな……?」
「何で疑問形なんだぁ。つーかなに目ぇ逸らしてんだよ山本ぉ!」
「えっちょっ……い゙だだっ!」
「わーっ!山本ー!!」
「けっ、くだらね」

スクアーロにヘッドロックを掛けられている山本の横で、クールに切り捨てる獄寺。
山本は普段と様子の違うスクアーロに少なからず緊張している様子だったが、獄寺や綱吉は特に変わった様子はなかった。
初めこそは戸惑ったが、あまりにもスクアーロの調子が普段通りだったためである。
そして彼もまた緊張は感じていないらしい。
了平は獄寺の隣でスクアーロの様子を見ながら、いつも通り真剣な様子で彼なりの言葉を掛けた。

「オレは極限普段のお前の方が好きだぞ。接しやすいし、カッコいいからな!」
「す、好きって!」
「ストレートすぎんのな!」
「お前もうちょっと言葉を選べよ!」

しかしすぐにブーイングの嵐が返ってきた。
日本人でここまで素直に感情を伝える者も珍しい。
言われたスクアーロは、一瞬はきょとんとしていたが、すぐに気を取り直して微笑んだ。

「そう言ってくれると嬉しいぜぇ。オレも、お前のそういう素直なところは好きだぜ」
「む、そうか?極限ありがとうだぞ!」

お互いに楽しそうに言って笑う二人。
綱吉はちょっと意外に思う。
この二人は意外と相性がいいらしい。
しかし考えてみれば、ヴァリアーでもスクアーロが一番仲のいい人はルッスーリアだったか。
それなら相性がいいのも、なんとなく納得できるかもしれない。

「えー!スクアーロ、オレは?オレのことも好き?」

何だか雰囲気のいい二人。
彼らに対して、不満げに頬を膨らませて、面倒くさい質問をしてきたのは山本だった。
綱吉はぐっと唇をかんで、『彼女か!』というツッコミを飲み込む。
スクアーロが関わってくると、山本はちょっと面倒になる。
まあ、彼の師匠でもあるわけだから、思うところがあるのだろう。

「はあ?お前のこと?」
「先輩のことが好きならオレのことは大好き?」
「そういう面倒なところは好きじゃあねぇなぁ」
「えー!」
「……、ま、可愛い弟分くらいには思ってるさ」
「!へへー、嬉しーのな―!」

本当に嬉しそうな山本に、スクアーロもだいぶ落ち着いたようで、一息を吐いて背筋を伸ばした。

「んじゃあ、そろそろ行く。相手も到着するころだぁ。迎えに行かねぇとならないからなぁ」
「うむ!極限ファイトだ!」
「さっさと行けよ鮫野郎。オレ達はオレ達で勝手に楽しんでるからな」
「じゃーな、スクアーロ!」

去って行こうとするスクアーロに、全員が手を振って見送る。
その時ふと、綱吉は思う。
そういえば、自分のことを弟分として可愛がってくれている彼はどうしているのだろう。
スクアーロに聞こうと口を開けたその時、スクアーロの背後からぬっと、彼は現れた。

「スーペルビっ!」
「うお!?」

いったいどこから湧いて出たのか、突然現れたディーノがスクアーロを後ろから抱きしめる。

「ディーノさん!」
「よっ!ツナ!オレもこいつも、あんま一緒にはいられねーと思うけど、今日は楽しんで行けよ!」
「あ、はい……!」

手を上げて挨拶すると同時に、スクアーロの肩を抱いたまま、ディーノは会場の入口の方へと歩いていく。
今、会場にいるのはボンゴレの身内だけで、客はまだ来ていないらしい。
二人とも、客を迎えに行ったのだろう。

「ではオレ達は極限楽しむぞ!!」
「楽しむのは良いですけどTPO守ってくださいね!?」

再び自由に動き出した仲間に、綱吉は大きくため息を吐いたのだった。
今日のパーティー、上手くいけばいいんだけど……。
そんな綱吉の不安をよそに、会場には最初の客が入り始めていた。


 * * *


「了平のことが好きで、山本のことが大好きなら、オレのことは愛してる?」

唐突に、そんなバカげたことを聞いてきたディーノに、オレは呆れて言う。

「……話、聞いてたのかぁ?」
「うん。声かけようとしたら聞こえてきた。で?どーなんだ?」
「それは……その、嫌いじゃ、ない」
「ふーん?本当は?」
「…………うるせぇんだよ、お前は」
「ふふ、じゃー静かにしてまーす」

楽しそうに笑うバカが、肩を抱く手を放す気配はない。
もうラニャテーラの人間達も着く頃なのに、いつまでくっついている気なんだ。
オレはため息を吐きながら、バッグに入れていた眼鏡を取り出して掛ける。
今回は前回とは違って仮面がない。
顔を隠す苦肉の策が、これなのだ。

「え、メガネかけるのか?」
「当たり前だろう。顔隠さないで、オレだってばれたらどうする」
「んー、それはそうなんだけどな……」
「なんだよ」
「眼鏡ない方が可愛い」
「バカなこと言ってねぇでさっさと会場に行け」

可愛い、なんて変なことを言われて、間髪入れずにそう返す。
可愛い、とかそんな言葉、オレには似合わないだろう。
というか、そもそも、こいつは客人の一人なのに、なんで主催者側と一緒になって動いているんだか……。

「会場行ったらスペルビと一緒にいられねーだろ?」
「なんで一緒にいなきゃならねーんだよ!いいから向こうで大人しくしてろ!」
「……そんなことより、あれ、この間の人じゃねーの?」
「は?……ああ、本当だ」

遠く、入り口の方に、覚えのある人影が見えて、オレは然り気無くディーノの腕を振り払うと、キッと背筋を伸ばした。
さて、仕事だ。
部下からの情報では、この会を狙う人間の情報も入ってきている。
いつも以上に気を引き絞めなければ。

「やあ、久し振りだね、ファルファッラ」
「……お久し振りです、ドンラニャテーラ。お待ち申し上げておりました。」
「あー、ラニャテーラのボスだったのか。この間はお世話になりました」
「は?」
「っ!?」

ラニャテーラのボスが、いやに嬉しそうに笑って近寄ってきたのは、まあ、良い。
しかしオレの言葉の後に続いて、ヘラっと笑いながら言った馬鹿は許せん。
と言うか戻れって言ったのに何で着いてきてる!
ラニャテーラから引き離すように襟首を掴んで、ディーノを近くの物陰に引きずり込んだ。

「何で着いてきてんだ!」
「だってオレ、お前の恋人だし」
「だから何で着いてきて良いことになる!!」
「権利はあると思う」
「ねぇよ!」

何度言っても離れる気はないらしい跳ね馬。
9代目から直々に下された任務だから、そう長い間ラニャテーラを放っておく訳にもいかない。
大きくため息を吐き、オレは決断を下した。

「……申し訳、ありません。こちらはキャバッローネのボス、ディーノです。ディーノ、この方はラニャテーラファミリーのボスです」
「…………どうも、よろしく。ディーノ君、この間の青年がキミだったとはね……」
「ええ、よろしくお願いします、ラニャテーラ」

ぎすぎすとした雰囲気を醸し出す二人に挟まれて、またため息を吐きたくなる。
でも、コレも仕事なのだ。
素の顔は隠して、ニコニコと当たり障りのない笑みを浮かべて、二人がギリギリと力強く握手を交わす様子を眺める。
そんな最悪な空気の中、パーティーは始まったのである。
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