深山様(群青)

「……まず、確認する。お前スペルビだよな」
「……確信もないのに、自信満々に連れてきたのかぁ、お前は」
「確信はしてた。確認したかっただけだ」

スクアーロが、突然現れた男……ディーノに連れていかれたのは、会場を出た先、恐らくは貨物運搬用の通路だった。
ディーノは、壁にスクアーロを追いやると、その頭の横に荒々しく手をついて逃げ場をなくす。

「……そんなことしなくても、逃げたりしねぇよ」
「どうだろうな?お前逃げるの早いし」

スクアーロの仮面を外して、ディーノは嘲笑気味に言い返す。
その笑いは誰に向けたものなのか、きっとそれは彼にもわかってはいないのだろう。
スクアーロは、ディーノの頬に手を滑らせ、仮面の奥の瞳を窺う。

「任務で忙しい、と、伝えていたよなぁ?」
「こんな任務だなんて、あんな短いメールでわかるわけねぇじゃん」
「ちゃんと話さなかったのは、悪かった」

もう、付き合いも長くなる。
素直に謝れば、ディーノがちゃんと許してくれることくらい、よくわかっていた。
しっかりと目線を合わせて、謝る。
そんなスクアーロに、ディーノは一瞬、悔しそうに顔を歪ませると、彼女の肩に顔を埋めて、きゅうっと抱きつく。

「……口説かれてた」
「口説き落とされるつもりなんて、これっぽっちもねぇよ、ばーか」
「知ってる。つか、当たり前だろ、オレっていう恋人がいるんだから」
「そうだな」
「……当たり前でも、嫌なんだよ。お前が、オレ以外の男の、隣にいるのは」

力なくそう言ったディーノの頭を、子どもをあやすように撫でる。
ディーノもまた、スクアーロの頭を撫でながら、甘えるようにすり寄る。

「……ガキっぽくて、呆れたか?」
「嫉妬されんのは、嫌じゃねーよ」
「そうか?」
「これくらい、手間のかかる奴の方が、一緒にいて楽しい」
「……それって褒めてんのか?」
「それに……」
「まだあるのか……」
「オレも大概、子どもっぽいから、なぁ」
「え?……おわっ!?」

スクアーロは薄く微笑むと、ディーノの足を払い、鮮やかに彼の体を床へと押し倒す。
その早業に、思考が完全に止まったディーノは、呆然とスクアーロを見上げていた。
これで、二人の立場は、完璧に逆転する。
鳩尾に膝を乗せて、体の自由を完全に奪ったまま、スクアーロはディーノの仮面を剥いで問いかける。

「……あの子、誰だ?」
「あ、あの、子……?」
「お前と一緒にいた、女の子」
「え……あ」

そしてディーノは思い出す。
自分もまた、恋人に断わりもなく、女の子と一緒にこのパーティーへと来ていたことを。
はっとして、慌てて弁解をしようとして瞬間、鳩尾に膝が深くめり込み、息が詰まった。

「それはっ……ぅぐっ、は……!」
「……オレばっかり責めて、自分のことは忘れてたのかぁ?」
「ちが……かはっ!!」

暴れないように、手首も、脚も、綺麗に押さえ付けられていて、ろくに抵抗することもできない。
ディーノの頬を伝った冷や汗を、右手で酷く優しく拭って、スクアーロはひたりと彼の鳶色の瞳を見据える。

「言うこと、あるよなぁ?」
「うぇ、ごめん……なさい……」
「……許してやる」

鳩尾にかかる力が少し弱まり、ほっと息を吐いたディーノだったが、依然退く様子のないスクアーロは、彼の鼻を軽くつまむ。

「んぐっ?」
「あの子のこと、エリーザ、って呼んでいたよなぁ。お前んとこの、部下の子、だよな」
「え……わかってたのか!?」
「当たり前だろぉ。……それでも、嫌だと、思う。お前と何も変わらない、オレもまだまだ、ガキみたいだ」

自嘲気味に笑って、そう呟かれた言葉に、ディーノは再び、呆然とする。
彼の上から降りて、助け起こそうと差し出されたスクアーロの手。
あえて利き手じゃない右手を差し出してくれるのは、たぶん彼女なりの優しさだ。
嬉しくなって、その手を取って起き上がり、その勢いのまま、彼女の体を抱き締めた。

「う、お……!」
「やばい、オレも嫉妬されんの、好きだ」
「ああ?」
「今日のお前は、普段と違って、凄く良い。女っぽくて綺麗だし、ちょっとエロい」
「……お前は、何て言うか……褒め方に品がない」
「んなっ!?なんだよそれ?」
「ベルトルドの方が、もっと品がある誉め方してたぜ?」
「……ちょっと今のは、カチンときた」

スクアーロの言葉に、ディーノは彼女からいったん離れると、地面に膝をついて、右手を取り、恭しく口づける。

「深い夜のような黒のドレスに、冷えた風のようなハッとするほどの微笑み。今夜のお前はまるで月の女神のようだ。最高に綺麗だよ。欲を言えば、あの銀色を隠さずさらけ出してほしいところだけどな」
「……プッ、フ、あはは……!それはちょっと、クサすぎんだろぉ!」
「えー、そうか?」
「聞いてるこっちが恥ずかしくなるんだよ、バーカっ」

ぺし、とディーノの額をはたいて、スクアーロは頬を赤くして笑う。
立ち上がったディーノは、不満そうな顔をしていたが、先程よりもその顔色は明るかった。

「ほら、お前も、仕事で来てたんだろ?」
「仕事っつーか……なんか今日になって突然9代目に『ぜひ行っておいで』って招待状渡されてさ。お前は忙しいって言うし、エリーザは行く気満々だしで、来る羽目になっただけ」
「……9代目がぁ?」

あのジジイ、図りやがったか。
そう呟いたスクアーロの声は、残念ながらディーノには届かず、翌日にはボンゴレ本部が『何者か』の攻撃を受けることとなる。

「……スペルビは、仕事続けんだろ?」
「続ける、が、さっきの誘いははっきり断らせてもらう」
「オレも一緒に……」
「いや、余計に拗れるだけだろぉ。後でちゃんと連絡取るから、大人しく待っててくれよ、な?」
「……わかった」

会場へと戻ろうとするスクアーロの腕をひいて、立ち止まらせる。
ディーノは彼女に、先程取り上げた仮面をかぶせてやり、その額に唇を寄せた。

「早く連絡くれよな。つーかさ、会場の奴らみんなお前のこと見てたんだぜ?そのドレス、露出多いって」
「うるせぇな……、用意されたのそのまま着たんだよ」
「ちゃんと、気を付けるんだぞ」
「……わかってるよ、ばーか」

スクアーロもまた、彼の顔に仮面をかぶせて、背伸びをしてその額にキスを送る。
そして……。


 * * *


「……そう、君の気持ちは、わかったよ。変わり者だね、君も。大ファミリー、ラニャテーラのボスより、あんな若造を選ぶんだから」
「申し訳ありません。しかし私は、彼以外に身を預ける気は、ありません」

ベルトルドの前に立って、オレは深く頭を下げていた。
呆れたように言った彼だったが、顔を上げたオレに対して、挑戦的に微笑みかけてくる。

「今日のところは、諦めてあげよう。君の働きに免じて、ね」
「……それは、ありがとうございます」

今日のところは、か。
随分と、気に入られてしまったらしい。
何と言うか、有難迷惑だな。

「今日は、帰るとしようか。最後まで、付き合ってくれるね、ファルファッラ」
「もちろん、最後まで、務めは果たさせていただきます」

立ち上がった彼の横に並び、ラニャテーラファミリーまで送るために、歩き出した。


 * * *


「今は他に、追いかけている人がいるからって!君には悪いけどそういう気分にはなれないってーっ!!」
「はいはい」
「どうせ私はおじ様好きの痛い子ですよ!」
「うんうん」
「皆どうせスレンダーなミステリアス美女の方が良いんでしょ!!」
「そうだなー」
「聞いてるんですかディーノ様!?」
「ああ、うん……ん?何て言ったんだ今?」
「もう!これだから男ってやつは!!」
「あはは……ごめん、ごめんって」

ディーノは再びパーティー会場へと戻ると、エリーザを回収し、外へと出てきていた。
先程の男にはこっぴどく振られたらしく、彼女は頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。
若い奴らには結構評判良いはずなんだけど、その自覚はないみたいだな。
ディーノの心の内の呟きは、彼女に伝わることはない。
その代わりにか、迎えに来た車に乗り込みながら、ディーノは心配そうに呟く。

「あいつ、大丈夫かな」
「さっきの……スクアーロ様、ですか?」
「任務だったんだと。まあ、あいつのことだから、万が一ってこともないと思うけど」
「……そういう時は、彼女を信じて、男らしくどーんと構えてればいいんですよ」
「そういうもんか?」
「そういうもんっす!」

まあ、信じる以外に、ディーノにはできることはないわけで、ここは彼女の言う通り、きりっと顔を引き締めて待ってみることにする。
その一時間後に、彼女から無事電話がかかってきてようやく、ディーノの表情は崩れたのだった。
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