深山様(群青)

「ファルファッラ、君は飲まないのかい?」
「仕事中ですので」
「真面目だね」

酒の入ったグラスを差し出されて、丁寧に断らせてもらう。
仕事中じゃなくても酒は飲まないが、仕事と言えば皆すぐに引いてくれるから、言い訳としてはよく使うのだ。

「君には私の護衛として来てもらっていたけれど、今日は残念ながら、敵が来る様子はないね」
「そんなことは、なさそうですよ」
「……なに?」

踊ったり、休んだりしている最中、ほんの僅かにだが、ほんの一瞬だが、刺すような視線を感じた。
敵意、殺気、悪意、そんなものが含まれた視線だったが、ヴァリアーの幹部でもなければ気付けない程の微かなものだった。

「この会場に、敵がいるということか?」
「恐らく」
「……敵についての、君の意見を聞いても構わないかい?」
「そうですね……、腕の立つヒットマンでしょうか……。殺気の隠し方が上手い。ですが、あまり身体能力の高い敵ではなさそうですね。なかなか近付いてこないことから、遠距離攻撃が得意か、もしくは毒に強いか……」

オレはベルトルドの脇にある机からグラスを取り上げ、すんと匂いを嗅ぐ。

「このシャンパン、普通ならばここまで甘い香りはしません」
「これは私もよく飲むものだが、私にはいつも通りの香りに感じる」
「おすすめはしませんが、飲むと言うのなら、私は止めませんよ」
「……いや、君がそう言うのなら、止めておこう」
「そうですか、それは良かった」

彼の言葉に頷き、グラスの中身を近くの花瓶の中に空ける。
花瓶に活けられていた花は、ぐしゅう、と音を立ててあっという間に萎れた。

「……危ないところだった訳か」
「出来るだけ、この場での飲食は控えた方が宜しいかと」
「ああ、ファルファッラ、君のおかげで救われた。ありがとう」
「そんな……これは仕事です。私なんかにお礼は必要ありません」

唐突に、頭を下げられる。
流石にそれには驚いた。
戸惑って、頭をあげてもらおうと、少し近寄った、その瞬間、両手を取られ、気が付けば目の前で、ベルトルドが膝をついていた。

「ファルファッラ、君は素晴らしい。強く、聡明で、美しい」
「突然、何を……」
「君のことが気に入った。私の元へ、来てくれないか?」
「……は?」

それは、スカウト、ということだろうか。
手を振り払う訳にもいかないから、相手の話をそのまま聞く。

「ボンゴレでその才能を飼い殺させるくらいなら、私の元へ来て働いてほしい」
「……スカウト、ですか?」
「君がスカウトと思うのなら、それで構わない。しかし私は……」
「っ……!」

手を引かれ、指の先にキスをされる。
……あ、そっち左手です。
オレの左手は義手です。
ヴェルデの作った人工皮膚を被せてはいるけれど、感覚とかそう言ったものはありません。

「女性としても、君のことを高く評価しているんだよ」
「……それは、えぇっと」

このオレに、愛人になれとでも?
ひくりと、頬が引き攣る。
おい、おいおいおい。
ちょっと待てよ。
つーかこいつ、どさくさに紛れてさらっと、ボンゴレに暴言吐いたよな。
聞き捨てならんぞ、それは。

「それ、聞き捨てならねぇな」
「そうそう、聞き捨てならな……は?」
「な……?」

突然、聞こえてきた声、そしてオレとベルトルドを引き離した手。
その主を視界に入れるより早く、オレの目の前は真っ暗になった。


 * * *


「ん?」

ディーノがふっと視線を上げた時、遠くに先程視線を集めていた男女がいた。

「どうかしました?」
「さっきの二人だ」
「え!?どこどこ!?」
「ほら、目の前」
「うほっ!あれは良いおじ様!!」
「お前なぁ、もうちょっと慎みというか、女らしさを持てよ」

椅子に座った男と、その少し後ろに控える女。
好い仲、と言うよりは、上司と部下、の方が表現としては近い気がする。
しかしあの女性、やはり見覚えがある。
ディーノはじっくりと彼女を観察し始めた。
すらりとした細身で、背が高い。
常に警戒を絶やさない様子や、隙のない態度から、かなりの実力者であることが窺える。
髪は腰に届くほど長いが、先にまで手入れが行き届いている。

「あれ…………」
「ディーノ様?どうしたんですか、そんなにあの女のこと見詰めて……はっ!浮気!?」
「違ぇよ。行くぞ、エリーザ」
「え、え?」

立ち上がったディーノの顔は、これまでになく険しく、流石の部下も驚いて一瞬固まる。
慌ててディーノの後を追い掛けた彼女の視線の先、彼女が目をつけていた男は、女の手を取って、仮面の向こうでもわかるほど熱っぽく見詰めている。

「それ、聞き捨てならねぇな」

先に二人の元に辿り着いたディーノは、不機嫌そうにそう言うと、女の手首を掴んで、男から強引に引き離した。
ようやくディーノのことに気が付いた女が、驚いて振り返ろうとする。
しかしそれより早くに、ディーノは彼女の頭を自分の肩に押し付けると、男に向かって言い放った。

「こいつ、オレのなんで。手ぇ出さないでくださいね」

じゃあ後宜しく、とエリーザに言い残して、ディーノは呆然とする彼女を連れて、どこかへと去っていったのだった。
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