深山様(群青)

任務の説明、現状の説明が終わったことだし、次はこのパーティー会場の様子でも説明しようか。

「……ハチャトゥリアン、ですか」
「おや、知っているのかい?」
「ええ、知っているだけですが」

優雅に流れている音楽に乗せて、たくさんの人々が会場を蠢いている。
どうやら、このパーティーではダンスもやってるらしいな。
仮面舞踏会だなんて、いったいどこの貴族だ。
聞くだけでうんざりするような気障ったらしい集まりに加えて、この人混み。
オレとしては、いるだけで疲れる、最悪な場所。
腕を引かれて、ベルトルドと正面から向き合う形になる。

「レディ、お手を。我々も踊ろう」
「……ええ、喜んで」

正直ダンスとか、大嫌いではあるけれど、もし断って、後からなめたこと言われたら嫌だし、ボンゴレの女はダンスも踊れないなんて言われたら嫌だし。
ヴァリアーが戦って踊れる集団であること、思い知らせてやるぜ。
手を取り合って、舞台の中央に出る。
曲に合わせて、脚を踏み出す。

「……へえ、ダンスも上手なんだね」
「ベルトルド様のリードのおかげです」
「そう言ってくれると嬉しいね」

ゆったりとした曲調だったのが、気付くとテンポの早い曲に変わっていた。
激しくステップを踏みながら、くるくると回って踊る。
余裕……と言うわけにはいかない。
向こうは本当に上手いし、反してこっちは大昔に教わった知識を必死に掘り出して踊っている。
オレがダンス教わったのとか、いつだよ。
たぶん、まだ親父が生きていた頃のことだ。
何より教わったのは男としてだったし、よく出来るもんだと自分で自分に感心する。
どんどんテンポアップしていく曲。
更に激しくなるステップ。
そしてカツンと高く響いた靴音。
鳴りやんだ音楽の代わりに聞こえてきたのは、拍手と歓声だった。

「……目立ってしまいましたね」

パーティーの参加者達は、いつの間にかダンスを止めてオレ達を見ていたらしい。
軽く頭を下げて歓声に答えながら、そう呟いたオレに、ベルトルドが余裕そうに答える。

「ああ、本当だ。少し本気になってしまったからね。疲れてないかい?」

……疲れてはいない、が。
このまま踊り続ける訳にもいかないし、休むことに異論はない。
既に遅いかもしれないが、目立つのはよろしくない。

「大丈夫、ですが、これ以上の注目は避けたいですね」
「では、端に寄って、何か飲んで休憩でもしようか」

会場の端の方には、小さな椅子や机が設置されていて、オレ達は一先ずそこに退避することにした。
休憩に向かう途中、どこか見覚えのある色が視界をチラついた気がした。

「…………?」
「どうかしたかい?」
「……いえ、なんでも」

気のせい、だったのだろうか。
手を引かれて、椅子に座らされた。
悪いがこちらは職務の最中である。
断った上で立ち上がって、彼の背後へと控えた。


 * * *


「ディーノ様、あんまり飲みすぎないでくださいね?」
「オレは酒強いから大丈夫」
「はあ……ったく、良い男もいないし、嫌になっちゃう……」
「……エリーザの好みってどんなの?」
「それはぁ~!やっぱり男らしくてぇ~、スッキリした顔よりも渋い顔のイケメンですよぉ~!それでそれでー、背が高くってぇ~、色気があってぇ~、胸板分厚くてぇ~!キャー!」
「……オレと正反対みたいな?」
「そうですね!ダンディーなおじ様が好みなので!!」
「はー、さいで……」

呆れたような目をして、ディーノはダルそうに椅子に寄り掛かった。
周りでは、男女が楽しそうに笑い合い、時折パートナーを交換して、広間に踊りに出ていくのが見える。

「オレ達もいっぺん踊りに出てみるか?」
「えー、ディーノ様とですかー?」
「なんだよ、不満か?」
「……まあ仕方ありませんね、付き合ってあげますよ」
「お前、何でそんなに上からなんだ?」
「そんなことありませんよ?勘違いですって」
「あー、ま、良いや」

ディーノが立ち上がり、エリーザの手を取ったとき、広間の中央の方から、何やら人々のざわつきが聞こえてきた。
背伸びをして目を凝らす。
どうやら、一組の男女が踊っているようだ。

「何かやってるんですか?」
「誰か踊ってるみたいだな。……スッゴい上手い」

人々の頭越しにチラチラと見えるダンスは、かなりレベルが高いようだ。
踊っているのは、エリーザの好きそうな落ち着いた雰囲気の男と、細身で茶色の長髪をした女。
ドレスのスリットから覗く白い脚が、周りの男達の目を惹いている。

「…………?」
「……どうかしましたか?」
「……なんか、見覚えがある、気がするんだけど」

遠目で、チラリと見えただけ……しかも仮面をかぶっていて、見えるのはほとんど後ろ姿ばかりだ。
見間違いかもしれないが、どうにも気になって、もう一度背伸びをして見ようとしたとき、ちょうど音楽が止まった。
わっと沸き上がる歓声に圧されて、バランスを崩して二、三歩後ずさる。

「大丈夫ですか!?」
「ん、大丈夫だ……。踊ってた男の方、エリーザの好きそうな奴だったな」
「マジすか!!」

これだけ賑わってたら、もう一度見るのも厳しい。
肩を竦めて、ディーノはエリーザと共にもう一度脇に避けることにしたのだった。
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