深山様(群青)

さて、任務についての説明の次は、現状についてでも説明するか。

「ボンゴレ9世の話だと、腕利きの殺し屋だと聞いていたからね、こんなに美しい人だとは思わなかったよ」
「……お世辞だとしても、光栄です」
「嫌だな、本当のことさ。仮面の下が見られないのが、残念で仕方がないよ」

現状、オレはドン・ラニャテーラと向き合って、にこやかに会話をしている。
……うん、表面上は。

「黒いドレスも、似合っているよ。クールな君にピッタリだ。夜空のように、底の知れない魅力がある」
「黒いドレスなんて、得体が知れなくて、不気味な魔女のようではないですか。私は嫌いです」
「ふふ、魔女ね。しかしそれはそれで、惹かれるものがある」
「下手に手を出して、呪いにかけられないように気を付けてくださいね」
「呪いか。心臓でも奪われてしまうのかな?黒衣の美しい魔女は、いったい今まで何人の男のハートを奪ってきたのだろうね」

にっこり笑い合うオレ達。
しかしお互いが醸し出す威圧感で、車内のテーブルが、ピシリギシリと軋んでいる。
それにしても、この威圧感にも関わらず、平然としている運転手も中々のもんだな。
向こう側も良い人材を揃えていやがるぜ。

「さて、そう言えば名前を聞きそびれていたね」
「私はしがない護衛です。どうぞ、あなたのお好きなようにお呼びください」
「へぇ、私の好きなように?」

前に一度、アルトの名を偽名に使ったことがあるが、一々名前を考えて教えるのは少し面倒くさい。
ならば向こうに考えてもらえば良い。
向こうの頭の回転の良さも測れそうだしな。
ラニャテーラのボスは、少し考えた後、やたらと気取った様子で口を開いた。

「……そうだね、では、ファルファッラ、とでも呼ぼうかな」
「ファルファッラ……、蝶、ですか?」
「ラニャテーラ(蜘蛛の巣)にかかる、美しい一匹の蝶……。絵になるだろう?」
「……ふふ、面白いジョークですね」
「気に入ってもらえたようで、何よりだよ」

いや、いやいや、笑えねぇだろコレ。
確実にボンゴレ食いにくる気じゃねぇかこいつ。
浮かべている微笑みは、ピクリとも動かさなかったが、頭の中ではげっそりとしていた。
これは、今回の場で相当上手くやらないと、面倒なことになりそうだな……。

「さあ、会場に着いたよ、美しいファルファッラ。お手をどうぞ」
「ありがとうございます、ドン・ラニャテーラ」
「ふむ、その呼び名では、いまいち色気がないね。名前で呼んでもらえるかな」

リムジンを降りて、差し出された手を取り、礼を言う。
ただそれだけの行動でも、気を抜くことはできない。

「……ええ、では、ベルトルド様と、呼ばせていただきます」
「……へえ、よく知っていたね」

オレが名を呼んだことに、素直に驚いた表情をしたドン・ラニャテーラ……いや、ベルトルド。
マフィアの中でもそう多いことではないのだが、ごくたまに一切の素性を明かさないボスがいる。
彼もまたその一人だったが、ヴァリアーをなめてもらっちゃ困る。
うちは情報収集だって得意なのだからな。

「では行こうか」
「はい」

にこり、にこり、笑い合いながらも威圧感を放つオレ達を、運転手が静かに見送るのだった。


 * * *


「はあ……」
「いつまで落ち込んでらっしゃるんですか」
「えー……いつまでも」
「うっとおしいから、いい加減ボスらしくなさってください」
「うっとおしいって酷くねーか?」
「だまらっしゃい、私、今日はイケメン漁りに来てるんです。邪魔しようものならたとえボスでも容赦しませんからね」
「肉食系だな……」

彼らがパーティー会場に入った五分後、同じ場所に一組の男女が現れる。
ガードマンらしき男が、二人に手を差し出して話しかけた。

「失礼、招待状をお願いいたします」
「エリーザ、招待状を」
「はい」

招待状を受け取った男は、名前を確認し、ニコリと笑うと、二人の為にドアを開けた。

「ドン・キャバッローネ、ようこそお越しくださいました。今宵のパーティー、どうぞ存分にお楽しみくださいませ」
「ああ、ありがとう」

ガードマンに微笑み返し、二人はドアをくぐる。
……今夜のパーティー、波乱の予感である。
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