柘榴様その2(群青if)

「一人の、『人間』の話だぁ。そいつの詳しい生い立ちなんかを語っていたら、陽が上っちまうからなぁ、省くぜぇ」
「また省いた……」
「まあ、あれだぁ、大目に見ろ。話すことは、得意じゃねぇんだぁ」

僕の言葉に、少し眉をひそめたスクアーロさんだったけれど、すぐに気を取り直して話を続けてくれた。

「まあ色々とあったが、そいつは恋人や友人、仲間達に囲まれて、幸せに暮らしていたのさぁ」

過去のことを思い出すように、彼は目を細めて、遠くの方を見ている。
一人の、『人間』の話、と言っていたけれど、昔出会った人に聞いた話だろうか。

「だが、そいつは若いころからずっと、汚ぇ仕事ばかりしていてなぁ。本人はずっと、自分はろくな死に方しねぇだろう、って考えていたんだとよ」
「どうしてですか?」
「そりゃあ、……人を、傷付けるようなこともしていたからなぁ。ひでぇことしてた罰が当たって、そんでひでぇ死に方するって考えてたんだろぉ」
「それとこれって、話別じゃないですか?」
「……お前、変わってるなぁ」
「え……そう、ですかね……」

まさか吸血鬼に変り者呼ばわりされるなんて思ってもみなかったけれど、彼曰く僕は変わっているらしい。
呆れた、というか、ちょっと白けたような雰囲気で僕を見た彼は、ふぅとため息を吐くと、頬を掻いてだるそうに話を再開させる。

「まあそんで……、結局そいつは実際に、ろくでもねぇ死に方をしたぁ」
「展開、早いですね」
「お前はいちいち、話の腰を折るんじゃねぇ」
「ご、ごめんなさい……」

怒られてしまった。

「とにかく、そいつは死んだぁ。大事な人間の制止を振り切って、つまらん自己犠牲精神に囚われて、馬鹿みたいな真似して死んだ」
「その人、死んでしまったんですか」
「……死んだ、はずだった」
「はず?」
「気付けば、そいつは幼い子供になって、見知らぬ人間に囲まれて、聞いたこともない国にいたそうだ」
「……どういうことです?」
「記憶を持ったまま、生まれ変わってしまったんだろうなぁ」
「え……」

そんなことって、あり得るのか。
記憶があるまま、再び一から人生をやり直す。
死んだときの記憶も、持ったまま……。
ぞっとして、僕は黙り込む。
言葉なんて、一つも出てこなかった。
災難でしたね、とか、人生イージーモードですね、なんて、軽い発言できるわけもない。

「その人、今、どうしているんですか……?」
「……お前、今の話、信じるのかぁ?」
「えっ!?嘘なんですか!?」
「嘘じゃあねぇが、大概の人間は信じないと思うぜぇ」
「そう、なんですか?」
「お前、騙されやす過ぎるんじゃねぇのかぁ?」
「あう……」

それについては、過去にも色々とあったので、何も言い返せなかった。
スクアーロさんはくすくすと上品に笑っている。
馬鹿にされているような気もするけれど、こんな嘘、吐く意味が分からないし、彼は無駄なことをするタイプの人には見えないから、僕は、信じてみようと思う。

「まあ、信じやすいのも、お前の長所、ってやつかな」
「はあ……」
「それで……どこまで話したぁ?」
「記憶もったまま生まれ変わっちゃったところまでです」
「ああ……、そうだ、それで、そいつは当然だが、絶望したぁ。一人きりで、幸せだったころの記憶を抱えて、死ぬこともできず、誰も受け入れず、誰にも受け入れられず、死んだように生きていた。もしこの生まれ変わりが、今まで不幸にしてきた奴らの呪いなら、そいつに自ら死を選ぶ権利はない。そう考えて、毎日毎日を、死んでも生きてもいない抜け殻のように過ごしていた。死にたいと願ってはならないと考えて、誰かと関わる度に大切な記憶が塗りつぶされていくことに怯えて、いつか再び訪れるだろう死の苦しみに恐怖して、かつての苦しみを夢に見て息を詰まらせて。そんな風に生きているうちに、少しずつそいつは壊れていった」
「……」
「死にたいとは、死んでも言いたくない。苦しみばかりの生を続けたいとも思えない。『生きてようが死んでようが、どっちでもいい』なんて、言ってしまうくらい、仕方ないだろう」

食後の紅茶を啜って、彼はその言葉で締め括った。
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