柘榴様(海を越え×ぬら孫)

「鮫弥、妾は和服が着たい。」
「……突然どうしたぁ。」

むっすー、と。
そりゃもうむっすーっとした膨れっ面の乙女が、突然オレの部屋に来たかと思うと、開口一番、そう言い放った。

「今の時代は洋服ばかりじゃ!
そもそも和服ってなんじゃ!
日本の服はあれだけなのじゃから、和服じゃなくて服で良いじゃろ!」
「……オレに言われてもなぁ。」

まあ、着物の呼び方云々に関して、オレに出来ることは恐らくないと思うけれど、着物を用意してやることくらいは出来るだろう。

「とりあえず、この家は金なら腐るほどあるんだぁ。
着物でも何でも、お前の好きなだけ用意してやらぁ。」
「よし!では頼んだぞ鮫弥!」
「あ゙ー、はいはい……。」

最近、妹にパシリかなんかと思われているのではないかと思うのだが、……オレの気のせいだろうか。
とにかくまあ、そんなわけで、オレと乙女、プラスαによる、着物試着大会が始まったのである。


 * * *


「と、言うわけで、色んなの集めてきてもらった。」
「うわぁ……!これは壮観ね!!」
「なかなか良い仕事をするではないか。
狂骨、選ぶのを手伝ってくれるかのう?」
「畏まりましたお姉さま!」

すっかり感心した様子で、乙女と狂骨が駆けていく先には、着物の山、山、山。
赤、金、銀、黒、白、青、緑……。
色とりどりの布で溢れた部屋にいるのは、乙女と狂骨、オレ、そして京妖怪の幹部達である。

「チッ……、何で女って奴ぁこんなもんが好きなんだ……。」
「くっ……それが闇の聖母の望みなれば、我々も付き合うより他ないのか……!」
「こんなものの何が良いのか……。」
「お前ら嫌なら帰ってろよ……。」

上から茨木童子、しょうけら、鬼童丸。
そんなに嫌なら帰って糞して寝てろ。
……と言いたいが、妖怪・羽衣狐の部下としては、ボスを放って帰るっていうのは有り得ないんだろう。
そういう部下の気持ちってのはまあ、わからんでもないが。

「オレが見てるから、お前らは外で待ってても良いんだぜぇ?」
「けっ……!
テメーのような胡散臭いガキに大将任せられるわけがないだろうが。」
「これも我らの責務なのだ。」
「あの方の我が儘に付き合うのも、慣れている。」
「……苦労するなぁ、あんたらも。」

特に鬼童丸は、遠い過去の事でも思い出しているのか、普段よりも一段と老けた顔になっている。
今であれなのだ。
昔の乙女の我が儘っぷりは更に酷かったんだろうな……。

「鮫弥!妾はこの着物を着る!」
「そうかぁ、よく似合いそうだなぁ。」
「……着たい。」
「?好きに着て良いんだぜ?」
「……。」
「……察しろ、羽衣狐様は自分で着物をお召しになれないのだ。」
「え?」

思わず目を丸くして乙女を見てしまう。
着物文化の真っ直中を生きていたはずの乙女が、まさか自分で着物を着れないとは思わなかった。
恥ずかしそうにモジモジしている乙女。
うん、目の保養だ……じゃなくて。
そうか、考えてみれば、昔の貴族のお嬢様なんかは、服を着るのも女官に任せていたりで、自分で服を着る必要なんてなかったんだろう。
それなら着れないことも納得だな。

「しゃあねぇなぁ。
オレが着せてやるから、試着室行くぞぉ。」
「で、出来るのか鮫弥?」
「鮫弥着付けできるの!?」
「お前が着付けぇ!?」
「……出来ないのに無理する必要はないぞ、餓鬼。」
「出来るからやるっつってんだぁ。
なんで頭っから疑ってかかるんだよ。」

今度はオレが、全員に目を丸くして見られる番だった。
前世はイタリア人ではあったが、日本とは関わりも深かったし、一度どころか何度も着物(男物女物問わず)を着せられたからな……。
自然と覚えてしまったのだ。
こっちでもまあ、茶会なんかで着るし、一応出来るのだ。

「うむ、では頼むぞ鮫弥。」
「闇の聖母に下手な着付けでもしたら、私が天罰を……」
「ちゃんと着せるから黙って見てろぉ!」

どれだけ信用がないのか、オレは。
乙女から着物を受け取って、二人で試着室に向かう。
試着室、と言っても、布で仕切られただけの簡易的なものだったが、この場に男がいるのだから、簡易的でも必要なものだ。

「さて、んじゃあさっさと服脱げ。」
「うむ。」
「……にしても、今日は突然どうして着物を着たいなんて言い出したんだぁ?」
「……ただの気紛れじゃ。」
「ふぅん?」
「ほれ、さっさと着せてみせよ。」
「へぇへぇ。」

するすると服を脱いだ乙女の背後に立って、下着から丁寧に着付けていく。
着物ってあんまり胸大きいと大変だって聞くけど(自分が大変になった経験はない)、まだ中学生である乙女は、特に補正する必要は無さそうだ。

「昔とは色々と違うのう……。」
「ん?まあ、そうだろうなぁ。
新しいのが色々と出てるらしい。」
「これはなんじゃ?」
「あ゙?……あー、補正用の下着……ブラジャー?」
「お主には必要なさそうじゃな。」
「……そうだな。」

キッパリ言われてしまえば、もう言い返す気力も起きねぇ。
知ってるよ、胸がないことなんてオレが一番よく知ってるよ!

「もしかしたら既に、妾の方が大きいかも知れぬな!」
「クッ……!!」

返す言葉もないとはこの事か。
何故だか霞む視界。
オレが何かしたか。

「早く着せぬか鮫弥。」
「るせぇよ、わかってるよ……。」
「?何を落ち込んでおる?」

肩を落とすオレを、不思議そうに見て言う乙女に、もう悩んでることすらも嫌になってきた。
もう良い、こうなったら今日は乙女をたくさん着せ替えさせて楽しむ!
心の中でそう誓って、乙女に長襦袢を着せたのであった。
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