継承式編

継承式まで、あと1日。
黒髪の青年に変装をしたアクーラは、ギーグファミリーが殺された現場である、工場跡地に来ていた。
そこには、赤い髪の少年が一人、座っている。
時刻は12時を回ったところ。
少年の目の前まで近寄ったアクーラは、少年――古里炎真に話し掛けた。

「少年。ここで何を、しているんだ?」
「っ!?え……?」

弾かれたように顔を上げて、そこでようやくアクーラの姿を認識した古里炎真の顔は、驚きと困惑の色を映している。

「学校、サボりか?」
「……お兄さん、誰?」
「通りすがりのただのお兄さんだよ。少年、ここらじゃ見ない制服だね」
「あの、地震で学校が使えないから……」
「ああ、転校してきたのか」

おどおどと視線をさ迷わせる古里炎真の隣に、勝手に腰掛ける。

「少年は、誰かと待ち合わせでもしているのか?」
「……待ってるけど、来ないみたい」
「ちゃんと向こうに伝わってるのか?携帯があるなら、連絡してみれば?」
「相手が、持ってないんだ」
「それは困ったな」
「うん……」

話しながら、思う。
古里炎真は、普通の学生だ。
こんな普通の奴が、ボンゴレを襲おうと考えているなんて、信じられない。
昨日聞いた言葉を思い出す。
『ボンゴレの″罪″』……ボンゴレが過去に犯した罪とも、ボンゴレの至宝である罪とも考えられるが……。
ボンゴレで罪とくれば、やはり至宝の罪のことだろうか。
そして彼らが継承式を成功させるために協力していることを考えると、彼らの目的は、予想がつく。
継承式の場で、ボンゴレを襲うか、至宝『罪』に何らかの危害を加える、または盗み出そうとしているのだろう。
だがその理由がわからなかった。
ボンゴレの罪?
シモンとボンゴレの間に、何があった?
悶々と考えるアクーラに、今度は古里炎真から声が掛けられる。

「お兄さんは、なんでこんなところに来たの?」
「通りすがりに一人ぼっちの少年が見えたからさ」
「……僕が?」
「一人ぼっちで寂しそうだった」
「……」
「なあ、少年。シモンってなんだ?」
「!?な、んで、シモンのことを?」
「少年の制服に書いてあるだろう。学校の名前か?」
「……あ」

シモンと名前を出しただけで、こんなに動揺して、勘違いだと思ったらこんなに安心した顔をして。
本当の本当に、普通の子供だった。
こんな子供が、巨大マフィアに楯突こうとするなんて、何か不自然だ。

「至門は、僕らの学校で……」
「遠いのか?」
「……うん、ここから、遠くにあるんだ」
「友達は?」
「みんな一緒に、民宿に泊まってる……」
「家族は?」
「…………」
「……いないのか?」
「死んでる」

家族の話を出した瞬間、古里炎真の表情が一変した。
悲しみと、憎しみと、悔しさと、怒りとが入り交じった表情。
この顔は知っている。
大事な者を、殺された人の顔。
古里炎真の経歴を調べた時、不審な点がひとつあった。
彼の家族は、7年前に殺されている。
両親に妹、3人が殺され、炎真一人が生き延びた。
彼は全てを見ていたはずなのに、この事件は犯人不明の迷宮入り事件となっている。
まさか、それにボンゴレが関わっているのか?
気になり、ボンゴレ内の知り合いに確認を頼んだところ、その犯人として、当時、沢田家光の名が上がっていたことがわかった。
そしてその一家惨殺事件の前に、古物商だった古里炎真の父が所持していた銃による襲撃事件が、門外顧問管轄内で起こっていたという話も出てきた。
その復讐に、ボンゴレを襲おうとしているのか?
だが、個人の復讐にファミリー全体が協力するものか?
家族の話をした古里炎真の顔には、確かに憎悪の感情もあったが、まるでその怒りはやり場のないモノに見えたし……。
もっと明確な、シモンとボンゴレとの確執があるのでは?
ああ、どれだけ考えてもわからない……。
だいたい、今回のボンゴレ継承式襲撃に、シモンがどれくらい関わっているのかもわからない。
シモンは罪を狙っているだけ?
それとも、ボンゴレ壊滅をねらっているのか?
ギーグファミリーを殺したのはシモンなのか?
疑問が、尽きない。

「お兄さん、家族は?」
「……みんな死んでる」
「そうなんだ……。おんなじ、だね」

少し、古里炎真の表情が柔らかくなる。
こいつがもっと、分かりやすい悪なら良かったのに。
それなら、こんなに迷うことなく、殺せたのに。
明確な殺意を持ってくれていたなら、その時点でオレの心は決まったのに。
なのにこの少年は、沢田綱吉の友達で、あまりにも純粋で、彼らの友情はあまりにも強くて。
これまで暗殺してきた、どのファミリーとも違う。
きっとこいつも、迷っている。
迷いながら、その正体のわからない因縁に、抗うことも許されずに引き寄せられている。
……考えすぎて、頭が痛い。
考えるのは嫌いじゃないし、むしろ得意だし、考えてなきゃ今頃死んで、地獄にいるのだろうが、それでもやっぱり、考えるよりスパッと行動に移した方が気分が良い。
オレは立ち上がって、古里炎真の前に立ち、むにっと掌で頬を潰した。

「んむ?」
「少年、オレは回りくどいのが苦手だ。だからこの際、ハッキリ聞こう。シモンとは、シモンファミリーとはどんなファミリーだ?何を思い、どういう歴史をたどってきた?」
「っ!!お前っ!?」
「聞け少年。ボンゴレとシモンに何があったのか。知りたいのに、どれだけ探しても答えが出ない。お前達が何を求めるのかもわからない。オレは掃除屋だ。もしお前らがボンゴレに敵対するのなら、殺さなければならない。だが、お前らがボンゴレを、人を殺したいと考えているようには見えなかった。だから迷っている。教えてくれ、お前らは、何なんだ?」
「僕、たちは……!!」
「……ちっ!」

古里炎真が答える前に、強い殺気を感じてその場から飛び退く。
オレのいた場所には鉄扇が突き刺さっていた。

「炎真、大丈夫!?」
「アーデル!!」
「……」

鈴木アーデルハイト。
彼女が来てしまっては、話を聞くことは叶いそうにない。
オレは距離をとり、二人の様子を窺う。

「貴様……何者だ!?」
「……」
「アーデル、あの人、ボンゴレだ……」
「ボンゴレ?ボンゴレの者がなぜ我々を……?」
「……お前らを、疑っている。確証はない。だから聞きに来た」
「!!例のギーグファミリー惨殺についてか!!我々は知らない!わかったら帰りなさい!!」
「……」

古里炎真は視線を逸らす。
関係していると、自白しているようなものだ。

「あのギーグファミリーを殺したのがお前らなら、1対2では部が悪いな。……古里炎真、お前は、人を殺せるのか?」
「え……」
「人を殺せば、その分だけの呪いを背負うことになる。お前の背で、背負いきれるのか」
「僕は……っ」
「炎真……!」

揺さぶりは、掛けた。
これで動かなくなるのならそれで良い。
ギーグファミリー殺害の罪だけ、背負ってもらおう。
もし、敵対の様子を見せるのなら、その時は……。

「ボンゴレに敵対するのなら、その時はオレがお前らを殺す。……見ているからな」
「待っ……!!」

古里炎真が手を伸ばしていたが、オレはその場から立ち去った。
できるなら、何もないことを祈ろう。
……とりあえず、シモンのことについてはジジイに報告しておくか。
アクーラはボンゴレ9代目と守護者達の泊まるホテルへと、足を向けた。
15/32ページ
スキ