プロローグ:ゆりかご~マレ・ディアボラ編
その出会いはまさしく運命だった。
まるで雷に打たれたかのような衝撃が、体の中を頭のてっぺんから足の先まで駆け抜ける。
その一挙一動に、その鋭く人を射抜く赤い瞳に。
その身体を支配する途方もない怒りに、気付けばオレは屈服していた。
平たく言えば、惚れたのだ、その男の圧倒的なまでの『強さ』に。
誰かの下に甘んじるつもりなんてなかった。
なのに、そんな安い決意は簡単に打ち砕かれる。
一目見て、敵わない相手だと直感する。
ボンゴレ主催のパーティーで出会ったその男が、ボンゴレ9世の実子と知った後のオレの行動は早かった。
当時ヴァリアー次期ボスになると言われていたオレは、挨拶をするという名目でその男、ザンザスとあいまみえることができた。
椅子の背に凭れて尊大な態度でオレを見据えたザンザスに、オレは跪いた。
「オレの主になってくれぇ」
こいつになら、従っても良い。
ザンザスのその強さに、オレは一瞬の内に魅せられたのだ。
周りはどよめいていたが、そんなことはどうだって良かった。
オレはきっとこいつに尽くすために生まれてきたのだ、などとブッ飛んだことを思えるほどに、その存在は絶大だった。
「勝手にしろ、ドカスが」
ザンザスはぶっきらぼうにそう答えた。
だがその真っ赤な瞳が、こちらを真っ直ぐに見詰めていることが嬉しくて嬉しくて、オレは大きく頷く。
その後、その話を誰かから聞いたのか、それともボンゴレ特有の超直感とか言うやつか、9代目の意思により、ザンザスのヴァリアーボス就任が決まった。
勿論、心の中でガッツポーズ。
そして次期ボスと言われていたオレはザンザスの補佐となることが決定した。
オッタビオという男が副隊長として就任したが、そいつのいない隙を突いてザンザスの部屋に突撃した。
「ゔおぉい、今日からオレがお前の補佐をする。スペルビ・スクアーロだぁ。よろしくなぁザンザス!」
「……」
「ゔおっ!?」
無言で灰皿を投げられた。
どうやらその日は機嫌が悪かったらしい。
それから、オレはザンザスの傍らで、暴力と隣り合わせの危険な生活を送り始めたのだった。
ザンザスはボンゴレの御曹司なだけあって、相当に我が儘だった。
腹が減っては花瓶を投げ、料理が気に食わなければグラスを投げ、酒がなければ椅子を投げる。
たまにふらりと出掛けたかと思うと、一日中酒浸りの日もある。
「ザンザス、お前は何をそんなに怒ってるんだぁ?」
ある日気紛れに、そんなことを聞いた。
いつも無口なザンザスに、答えなんて期待してはいなかったが、ふとそんな疑問が口を突いたのだ。
「ボンゴレ9世……」
ポツリと、ザンザスの口から零れた言葉に、オレは目を驚く。
ボンゴレ9世ってことは、つまりザンザスの実父。
こいつは親父に対して、これ程の怒りを抱いているのか。
その後も、少しずつ少しずつ、ザンザスから話を聞き出していった。
オレは仕事の傍らで、ザンザスとボンゴレとの関係を調べ始めた。
ザンザスは、5歳の頃まで貧民街に住んでいた。
それを引き取ったのがボンゴレ9世。
オレはその事に違和感を感じる。
天下のボンゴレ9世が何故、貧民街の女となんざ……。
ザンザスの母親の写真も見たが、何処にでもいる普通の女だと思う。
と、言うか、ザンザスは母親とも父親とも似てねえ。
まさかとは思ったが、オレは密かに、ザンザスと9代目のDNAを調べた。
そのまさかだった。
ザンザスと9代目に血縁関係はねぇ。
加えて言うなら、ボンゴレのボスは初代と血の繋がりの無い者には継承できない掟だ。
そうつまり、ザンザスにボンゴレを継ぐ資格は、ない。
「ザンザス、てめえ、ボンゴレを潰すつもりかぁ?」
「……あぁ、あのクズどもを潰し、オレがボンゴレを継ぐ」
彼の名はXANXUS。
X(10)の称号を二つ持つ男。
憤怒の炎をその掌に携えて生まれてきたその男には、ボンゴレを継ぐ資格がなかったのだ。
だがザンザスはこれまで、ボンゴレを継ぐために生きてきた。
それ以外の道は彼にはない。
何となく、自分の姿と彼を重ねていた。
ザンザスにもオレにも、道などない。
他の道を選ぶ、方法も知らない。
「クーデターなんて馬鹿げてると思う」
「……」
「だがぁ、オレはお前を止めねえ。馬鹿げてるとわかっていても止められねぇもんがある。オレにもわかるぞぉ」
「カスザメごときに何がわかる」
「わかる。オレだって前に進むことしか出来ねぇからなぁ」
ザンザスと視線を合わせる。
ルビーの瞳がオレを射抜いた。
「話せ」
「……珍しいな、お前が大人しく人の話を聞くなんざよぉ」
今日はヴァリアーに槍が降るかもしれねぇ。
ナイフならよく降るんだがな。
そしてオレは話した。
オレの生い立ち、オレの秘密。
「……ハッ!」
全て聞いたザンザスはオレの胸を見て嘲笑った。
それはあれか、オレが救いようのないほどの貧乳で良かったな男に化けやすいじゃねえか(笑)みたいな意味かチクショウ!
「良かったな、貧相な体で」
事実そう言われた。
いくら主でも、そんなことを言われれば流石にちょっと凹む。
「……予想はしてたが実際言われると地味に腹が立つぞぉ」
「女だったとはな」
「文句あるかぁ?」
「強けりゃ良い」
「ハッ!単純で良いぜぇ。わかりやすい!」
「……カスザメ」
「んだぁ?」
「オレに着いてこい」
「……ったりめぇだぁ!初めて会ったときからそのつもりだったぜぇ!!ザンザス、てめえはボスになる器をもった男だぁ!!オレはてめえをボンゴレのボスにしてやる。それまでこの髪を切らねえ。オレなりの願掛けだぁ」
「くだらねえ」
「かもな。これはオレが勝手にやることだ。お前はただ、いつも通り、勝手にしろと言ってりゃ良いんだぁ」
「ふん、勝手にしろ」
ああ、勝手にしてやる。
例え無理だと言われようと、勝手に、オレはてめえをボンゴレのボスにすると誓おう。
例え何年かけても、何十年かけても。
ザンザスとの話の後、オレは幹部達を集めた。
「……待たせたなぁ。ボンゴレを討つ。それまでにきっちり、準備を整えておけぇ」
オレの言葉に即座に幹部たちは色めき立った。
どいつもこいつも、ザンザスに心酔しているバカどもだから、最近はずっと、なかなか10代目継承を認めないボンゴレに苛立っていたようだった。
「しし、やっとあのムカつく奴ら殺れるんだな」
「さっさとボスに10代目の座を譲っておれば良かったものを」
決行に関しての詳細は後で伝えると言い、解散させた。
そして、数日後、オレ達はボンゴレ本部へと侵攻していた。
外は下っ端どもに任せる。
中の、それなりに強い奴らは、幹部たちに任せる。
そうして辿り着いた地下の部屋で、ザンザスと9代目は戦った。
氷漬けになったザンザスの姿を見て思う。
きっとオレはこうなることをわかっていた。
魔王が勇者に勝てないように、悪役は主役に倒されるように、ザンザスは正当継承者としてブラッド・オブ・ボンゴレを持つ9代目には、勝てないということを。
それでも、叶えてやりたかったのだ。
一人の男の、人生を懸けた願いを。
「9代目、オレはアンタを殺したい。今すぐにでもだ」
「スクアーロ君……」
一瞬の気絶の間に、長い長い、夢を見たような気がする。
過去の記憶だった。
オレは立ち尽くす9代目の頚に剣を添えながら、今すぐにでもその喉を切り裂きたい衝動と戦っていた。
「ザンザスは、眠ってるのか……」
「ああ、深い眠りについている」
「……」
オレは、9代目の頚から剣を退けて、地面に膝をついて、ごつりと床に額をぶつけた。
「ザンザスを、この封印から解かないでくれ……解かないで、ください」
「な、何を言って!!」
「アンタはボンゴレ9世だろう!?それが当たり前の判断だぁ!何より、ザンザスが起きたとき、アンタはこいつと、向き合うことが出来るのか!?こいつに現実突きつけて、また絶望に陥れることが出来んのかよ!?」
「だが……!!」
「うるせぇ!いいか、オレたちヴァリアーは降伏する。そして、今回のクーデターの主導者はオレだ。オレがザンザスを唆し、隊員たちを先導した」
「まさか君は!!」
「オレが主犯で、他の奴らはオレの手の平で踊らされていただけだぁ。アイツらみんな、馬鹿だから、だから……無理を承知で、頼み、ます。アイツらには手を、出さないでください」
オレは、憎くて仕方のない9代目に頭を下げる。
ザンザスが敗れた今、部下を守れるのはオレしかいないんだ。
全ての罰はオレが受ける。
本当は、最初から決めていた。
9代目が頷いたのを確認して、オレは立ち上がった。
重い足を引き摺って、ザンザスの前に立つ。
「ごめん、ザンザス、ごめんなぁ……」
冷たい氷の中、苦しそうに顔を歪めたザンザス。
伸ばされたその手に、オレ自身の手を重ね、オレは呟いた。
「死ぬときには、必ずお前の元に来るぞぉ」
それだけを言ってその場を立ち去る。
9代目を引き連れ、ボンゴレ本部の一番高いところに上る。
その部屋のテラスから、全ての奴らに聞こえるように叫んだ。
「聞けぇ!!ザンザスは9代目との戦いに敗れたぁ!!オレ達ヴァリアーはこの時よりボンゴレに全面降伏する!武器を下ろせ!!無駄な血を流すな……!オレ達は、ヴァリアーは、ボンゴレに負けた……!!」
震えて、情けない声だったと思う。
それでも、仲間達は武器を下ろし戦いを止めてくれた。
その後、オレは後にゆりかごと呼ばれるこのクーデターの首謀者として幹部達に捕まった。
ヴァリアーの処分は無期限の謹慎に留まったそうだ。
有能な部隊だ。
そう間を置かずに、また仕事が来るようになるだろう。
彼らは『オレに命令されて仕方なく』クーデターに参加したのだから。
そしてオレは、9代目の指示の元、ボンゴレに軟禁されることになる。
だがそれだけで許されるはずもない。
オレは9代目以外には素性を隠し、ヴァリアーからのスケープゴートとして、ボンゴレの下働きをさせられることになった。
下働きっつってもパシリって訳じゃねえ。
常人には難しい任務や、ヴァリアーの任務よりも遥かに汚い任務をこなしている。
失敗すりゃあいつでも切り落とすことができる蜥蜴の尻尾のようなものか。
もししくじって失敗した時は、自爆して名無しの誰かとして死ぬことになるだろう。
……元々、自分の名前なんてない、けど。
それにしても、ゲロが出るほど甘い処分だと思う。
だが、オレは何も言わずに働く。
オレ達の私情で、ヴァリアーの奴らに迷惑を懸けたのだ。
これくらいの対価は、当然のことだろう。
……まあ、オレ達が動かなくても、あの血の気の多い連中のことだから、クーデターくらい起こしていたかもしれねえが。
とにかく、オレはザンザスに尽くし、そして失敗し、今こうしてボンゴレの尻尾になって働いている。
それだけの、ことである。
まるで雷に打たれたかのような衝撃が、体の中を頭のてっぺんから足の先まで駆け抜ける。
その一挙一動に、その鋭く人を射抜く赤い瞳に。
その身体を支配する途方もない怒りに、気付けばオレは屈服していた。
平たく言えば、惚れたのだ、その男の圧倒的なまでの『強さ』に。
誰かの下に甘んじるつもりなんてなかった。
なのに、そんな安い決意は簡単に打ち砕かれる。
一目見て、敵わない相手だと直感する。
ボンゴレ主催のパーティーで出会ったその男が、ボンゴレ9世の実子と知った後のオレの行動は早かった。
当時ヴァリアー次期ボスになると言われていたオレは、挨拶をするという名目でその男、ザンザスとあいまみえることができた。
椅子の背に凭れて尊大な態度でオレを見据えたザンザスに、オレは跪いた。
「オレの主になってくれぇ」
こいつになら、従っても良い。
ザンザスのその強さに、オレは一瞬の内に魅せられたのだ。
周りはどよめいていたが、そんなことはどうだって良かった。
オレはきっとこいつに尽くすために生まれてきたのだ、などとブッ飛んだことを思えるほどに、その存在は絶大だった。
「勝手にしろ、ドカスが」
ザンザスはぶっきらぼうにそう答えた。
だがその真っ赤な瞳が、こちらを真っ直ぐに見詰めていることが嬉しくて嬉しくて、オレは大きく頷く。
その後、その話を誰かから聞いたのか、それともボンゴレ特有の超直感とか言うやつか、9代目の意思により、ザンザスのヴァリアーボス就任が決まった。
勿論、心の中でガッツポーズ。
そして次期ボスと言われていたオレはザンザスの補佐となることが決定した。
オッタビオという男が副隊長として就任したが、そいつのいない隙を突いてザンザスの部屋に突撃した。
「ゔおぉい、今日からオレがお前の補佐をする。スペルビ・スクアーロだぁ。よろしくなぁザンザス!」
「……」
「ゔおっ!?」
無言で灰皿を投げられた。
どうやらその日は機嫌が悪かったらしい。
それから、オレはザンザスの傍らで、暴力と隣り合わせの危険な生活を送り始めたのだった。
ザンザスはボンゴレの御曹司なだけあって、相当に我が儘だった。
腹が減っては花瓶を投げ、料理が気に食わなければグラスを投げ、酒がなければ椅子を投げる。
たまにふらりと出掛けたかと思うと、一日中酒浸りの日もある。
「ザンザス、お前は何をそんなに怒ってるんだぁ?」
ある日気紛れに、そんなことを聞いた。
いつも無口なザンザスに、答えなんて期待してはいなかったが、ふとそんな疑問が口を突いたのだ。
「ボンゴレ9世……」
ポツリと、ザンザスの口から零れた言葉に、オレは目を驚く。
ボンゴレ9世ってことは、つまりザンザスの実父。
こいつは親父に対して、これ程の怒りを抱いているのか。
その後も、少しずつ少しずつ、ザンザスから話を聞き出していった。
オレは仕事の傍らで、ザンザスとボンゴレとの関係を調べ始めた。
ザンザスは、5歳の頃まで貧民街に住んでいた。
それを引き取ったのがボンゴレ9世。
オレはその事に違和感を感じる。
天下のボンゴレ9世が何故、貧民街の女となんざ……。
ザンザスの母親の写真も見たが、何処にでもいる普通の女だと思う。
と、言うか、ザンザスは母親とも父親とも似てねえ。
まさかとは思ったが、オレは密かに、ザンザスと9代目のDNAを調べた。
そのまさかだった。
ザンザスと9代目に血縁関係はねぇ。
加えて言うなら、ボンゴレのボスは初代と血の繋がりの無い者には継承できない掟だ。
そうつまり、ザンザスにボンゴレを継ぐ資格は、ない。
「ザンザス、てめえ、ボンゴレを潰すつもりかぁ?」
「……あぁ、あのクズどもを潰し、オレがボンゴレを継ぐ」
彼の名はXANXUS。
X(10)の称号を二つ持つ男。
憤怒の炎をその掌に携えて生まれてきたその男には、ボンゴレを継ぐ資格がなかったのだ。
だがザンザスはこれまで、ボンゴレを継ぐために生きてきた。
それ以外の道は彼にはない。
何となく、自分の姿と彼を重ねていた。
ザンザスにもオレにも、道などない。
他の道を選ぶ、方法も知らない。
「クーデターなんて馬鹿げてると思う」
「……」
「だがぁ、オレはお前を止めねえ。馬鹿げてるとわかっていても止められねぇもんがある。オレにもわかるぞぉ」
「カスザメごときに何がわかる」
「わかる。オレだって前に進むことしか出来ねぇからなぁ」
ザンザスと視線を合わせる。
ルビーの瞳がオレを射抜いた。
「話せ」
「……珍しいな、お前が大人しく人の話を聞くなんざよぉ」
今日はヴァリアーに槍が降るかもしれねぇ。
ナイフならよく降るんだがな。
そしてオレは話した。
オレの生い立ち、オレの秘密。
「……ハッ!」
全て聞いたザンザスはオレの胸を見て嘲笑った。
それはあれか、オレが救いようのないほどの貧乳で良かったな男に化けやすいじゃねえか(笑)みたいな意味かチクショウ!
「良かったな、貧相な体で」
事実そう言われた。
いくら主でも、そんなことを言われれば流石にちょっと凹む。
「……予想はしてたが実際言われると地味に腹が立つぞぉ」
「女だったとはな」
「文句あるかぁ?」
「強けりゃ良い」
「ハッ!単純で良いぜぇ。わかりやすい!」
「……カスザメ」
「んだぁ?」
「オレに着いてこい」
「……ったりめぇだぁ!初めて会ったときからそのつもりだったぜぇ!!ザンザス、てめえはボスになる器をもった男だぁ!!オレはてめえをボンゴレのボスにしてやる。それまでこの髪を切らねえ。オレなりの願掛けだぁ」
「くだらねえ」
「かもな。これはオレが勝手にやることだ。お前はただ、いつも通り、勝手にしろと言ってりゃ良いんだぁ」
「ふん、勝手にしろ」
ああ、勝手にしてやる。
例え無理だと言われようと、勝手に、オレはてめえをボンゴレのボスにすると誓おう。
例え何年かけても、何十年かけても。
ザンザスとの話の後、オレは幹部達を集めた。
「……待たせたなぁ。ボンゴレを討つ。それまでにきっちり、準備を整えておけぇ」
オレの言葉に即座に幹部たちは色めき立った。
どいつもこいつも、ザンザスに心酔しているバカどもだから、最近はずっと、なかなか10代目継承を認めないボンゴレに苛立っていたようだった。
「しし、やっとあのムカつく奴ら殺れるんだな」
「さっさとボスに10代目の座を譲っておれば良かったものを」
決行に関しての詳細は後で伝えると言い、解散させた。
そして、数日後、オレ達はボンゴレ本部へと侵攻していた。
外は下っ端どもに任せる。
中の、それなりに強い奴らは、幹部たちに任せる。
そうして辿り着いた地下の部屋で、ザンザスと9代目は戦った。
氷漬けになったザンザスの姿を見て思う。
きっとオレはこうなることをわかっていた。
魔王が勇者に勝てないように、悪役は主役に倒されるように、ザンザスは正当継承者としてブラッド・オブ・ボンゴレを持つ9代目には、勝てないということを。
それでも、叶えてやりたかったのだ。
一人の男の、人生を懸けた願いを。
「9代目、オレはアンタを殺したい。今すぐにでもだ」
「スクアーロ君……」
一瞬の気絶の間に、長い長い、夢を見たような気がする。
過去の記憶だった。
オレは立ち尽くす9代目の頚に剣を添えながら、今すぐにでもその喉を切り裂きたい衝動と戦っていた。
「ザンザスは、眠ってるのか……」
「ああ、深い眠りについている」
「……」
オレは、9代目の頚から剣を退けて、地面に膝をついて、ごつりと床に額をぶつけた。
「ザンザスを、この封印から解かないでくれ……解かないで、ください」
「な、何を言って!!」
「アンタはボンゴレ9世だろう!?それが当たり前の判断だぁ!何より、ザンザスが起きたとき、アンタはこいつと、向き合うことが出来るのか!?こいつに現実突きつけて、また絶望に陥れることが出来んのかよ!?」
「だが……!!」
「うるせぇ!いいか、オレたちヴァリアーは降伏する。そして、今回のクーデターの主導者はオレだ。オレがザンザスを唆し、隊員たちを先導した」
「まさか君は!!」
「オレが主犯で、他の奴らはオレの手の平で踊らされていただけだぁ。アイツらみんな、馬鹿だから、だから……無理を承知で、頼み、ます。アイツらには手を、出さないでください」
オレは、憎くて仕方のない9代目に頭を下げる。
ザンザスが敗れた今、部下を守れるのはオレしかいないんだ。
全ての罰はオレが受ける。
本当は、最初から決めていた。
9代目が頷いたのを確認して、オレは立ち上がった。
重い足を引き摺って、ザンザスの前に立つ。
「ごめん、ザンザス、ごめんなぁ……」
冷たい氷の中、苦しそうに顔を歪めたザンザス。
伸ばされたその手に、オレ自身の手を重ね、オレは呟いた。
「死ぬときには、必ずお前の元に来るぞぉ」
それだけを言ってその場を立ち去る。
9代目を引き連れ、ボンゴレ本部の一番高いところに上る。
その部屋のテラスから、全ての奴らに聞こえるように叫んだ。
「聞けぇ!!ザンザスは9代目との戦いに敗れたぁ!!オレ達ヴァリアーはこの時よりボンゴレに全面降伏する!武器を下ろせ!!無駄な血を流すな……!オレ達は、ヴァリアーは、ボンゴレに負けた……!!」
震えて、情けない声だったと思う。
それでも、仲間達は武器を下ろし戦いを止めてくれた。
その後、オレは後にゆりかごと呼ばれるこのクーデターの首謀者として幹部達に捕まった。
ヴァリアーの処分は無期限の謹慎に留まったそうだ。
有能な部隊だ。
そう間を置かずに、また仕事が来るようになるだろう。
彼らは『オレに命令されて仕方なく』クーデターに参加したのだから。
そしてオレは、9代目の指示の元、ボンゴレに軟禁されることになる。
だがそれだけで許されるはずもない。
オレは9代目以外には素性を隠し、ヴァリアーからのスケープゴートとして、ボンゴレの下働きをさせられることになった。
下働きっつってもパシリって訳じゃねえ。
常人には難しい任務や、ヴァリアーの任務よりも遥かに汚い任務をこなしている。
失敗すりゃあいつでも切り落とすことができる蜥蜴の尻尾のようなものか。
もししくじって失敗した時は、自爆して名無しの誰かとして死ぬことになるだろう。
……元々、自分の名前なんてない、けど。
それにしても、ゲロが出るほど甘い処分だと思う。
だが、オレは何も言わずに働く。
オレ達の私情で、ヴァリアーの奴らに迷惑を懸けたのだ。
これくらいの対価は、当然のことだろう。
……まあ、オレ達が動かなくても、あの血の気の多い連中のことだから、クーデターくらい起こしていたかもしれねえが。
とにかく、オレはザンザスに尽くし、そして失敗し、今こうしてボンゴレの尻尾になって働いている。
それだけの、ことである。