リング争奪戦

「大空の争奪戦はもう始まってるぜ」

目が覚めて、初めに聞いたのはその言葉だった。
慌てて起き上がろうとして、身体中を襲った引き攣るような痛みに、顔を歪めて崩れ落ちる。

「っ……う"……!」
「おいバカっ!いきなり起き上がるなよ!お前超重症患者なんだぞ!?」
「う、るせぇ!オレは……、行かねぇとっ!!」

重たい手足を無理矢理動かして、滑り落ちるようにベッドから降りた。
出口は、どこにある?
早く、はやく並盛中学に行かないと。

「ちょっと、待てよスクアーロ!!そんな傷で無理矢理動いたりしたら!!」
「る、せ……っ!」

逸る気持ちに、体がついていかない。
踏み出した足が地面の固さを感じると同時に、膝からガクンと崩れ落ちる。
跳ね馬の手がオレの腹を抱えて、地面との衝突を防いだ。

「っぶね!だから無理すんなっての!!」
「はっ、ぐ……、離せぇ!!」
「うおっ!?暴れんなっつの!!オレ達が連れてってやるから!」

跳ね馬の腕を外そうと暴れる。
一人で充分だ。
こいつらの助けなんか必要ねぇ。
早く、ザンザスの元へ行かねぇと。
あのリングは、初代ボンゴレから脈々と受け継がれる、謎の多い品だ。
あのリングを、揃えてしまったら、どうなるか予想がつかない。
何があっても良いように、あいつの、傍に。

「クソッ、クソッ!!んで、動かね、んだぁ……!オレの、足だろ!!動け!」
「落ち着けって!!」

跳ね馬の腕からずり落ちて、床に膝をつき、這いずって進もうとする。
しかし、爆ぜるような鋭い音を立てて、何かがオレの手首に巻き付いた。
黒くしなやかなそれは跳ね馬の手に繋がっている。
それは鞭だった。

「傷が開いたらどうすんだ!!大体、服もまともに着ないで行く気かお前!?」
「そんなの、どうでも、いい!!」

歯を食い縛って、鞭から逃れようとするオレを、跳ね馬は軽く抱き上げた。
しなやかな筋肉に包まれた力強い腕が、丁寧にオレの体を持ち上げている。
まるで、オレの無力を証明しているようで、オレが力のない女だと言われているようで、堪らなく悔しかった。
噛み締めすぎて、切れた唇から滴った血の鉄臭い味が、口の中いっぱいに広がった。

「ボス、スクアーロは起きたのか?」
「ああ、医者呼んでくれ。並中に行くぜ」

頭上で交わされる会話すら、忌々しかった。

「ったく、唇噛むんじゃねーよ。血ぃ出てんじゃねぇか」
「ん"、さわる……な!」
「あーもう、暴れるなってば!」

大人しくするように言い含められて、唇を拭われる。
服を着せられ、車イスに乗せられる。
布で手を拘束され、動けないようにされた。
先程の暴れようを見たからだろうか。
大きな車に乗せられて、隣に座った跳ね馬に顔を覗き込まれた。

「少しは落ち着いたか?」
「……」
「……オレとは話したくもねぇってか」

移動の間ずっと、跳ね馬の監視するような厳しい視線を感じていた。
息が、苦しい。
傷が痛む。
それを悟られないように、歯をきつく噛み締めていた。

「――着きました、ボス」
「ああ、降りるぞ」

車を下ろされると、目の前には黒々と聳える、並盛中学校の校舎があった。
時折聞こえる爆発音。
ザンザスの銃とは違う音だ。
だが続けて、見覚えのある赤い炎が燃え上がる。
あの炎の量、質。
ああ、間違いない。
あれはザンザスの、憤怒の炎。

「何て奴だ……、ここにきて更に炎が増幅してやがる」
「奴の実力は底無しか」

観客席だろうか、人が集まり、各々の感想を呟いていた。

「あれは怒りだぁ……」

思わず、声が口をついて出る。
モニターに映るザンザスの様子を見て、口角が上がる。
胸を撫で下ろした。
やはり、お前は強い、ザンザス。
そしてザンザスの持つ憤怒の炎は、怒りが増せば増すほどに強くなる。

「いいぞぉ……、その怒りが、お前を強くする。その怒りで、全てを、叩き伏せろ。全て、ぶつけてしまえ……」

そして、お前の存在を、全ての者に刻み付けるのだ。
怒りのあまりに、全身に血を上らせて、零地点突破で受けた凍傷の痕を露にして、ザンザスが、空を駆ける。
敵の攻撃を喰らってもなお、怯むことなく反撃するザンザスの姿に、しかしオレの心が休まることはなかった。

「かっ消す!!!」

銃を地に向け、炎を発射することで宙に舞い上がったサンザスの前に、沢田綱吉が立ち塞がる。
お互いに素手でぶつかり合い、炎が眩く弾けた瞬間、オレの背筋には悪寒が走った。
それは9代目との戦いの時に感じたものに酷似していて、それは、まるで……。

「誰かいるぜコラ!」

アルコバレーノの一人、コロネロの声に、ハッと視線を戻す。
二人の炎がぶつかり合い、爆発したために、校庭に満ちていた煙が、少しずつ晴れてきていた。
その煙の中に浮かび上がったザンザスの姿に、オレは、絶句した。
ザンザスの手が、凍り付いている。
固く冷たい氷が、ザンザスの手を覆っている。
あれはまるで、まるで9代目のあの攻撃と――零地点突破と、同じ!!

「まさか、なぜあのガキが……っ!」

なぜ、沢田綱吉が零地点突破を使えるのだ!?
あの技は、一朝一夕で手に入れられるようなものではないのに……!!

「そんな、バカな……」

ザンザスの呟きが耳に届く。

「こんなことが!!!なぜだ!!ありえん!!お前みてぇなカスにボンゴレの奥義など……!!」

目を見開き、叫ぶザンザスの姿に、あの日の記憶が甦る。
凍った手、血に濡れた肌、瞬くオレンジの炎。
オレはまた、あいつを、守れねぇのか?
遠くでザンザスが膝に手を打ち付けている。
あの氷を砕こうとしているのか。
だが、氷は砕けることはない。
溶けることなど、尚ない。
あの氷は、封印だから。
そして、ザンザスは氷に炎を封じられたままに、走り出す。
もういい、と。
やめろ、と叫びたいのに、声は喉の奥に張り付いて、出てきてくれない。

「ボンゴレ10代目は!!このオレだ!!!」

沢田綱吉に殴りかかるも、避けられ、殴られて、地に跪く。

「いくぞ。零地点突破、初代(ファースト)エディション」

沢田綱吉の手が、ザンザスへと伸びる。
氷に覆われていくザンザスの、苦悶の叫びが耳に届き、漸くオレは声を取り戻した。

「やめろぉ!!!」

また、またザンザスが凍っていく。
あの時と同じ。
限界まで見開かれたザンザスの真っ赤な瞳。
流れる血の色。
透明な氷。

「なぜだ……、なんでお前は……」

あの時と同じようなセリフ。

「うるせぇ!!!!老いぼれと同じようなことをほざくな!!」

そして、ザンザスは、再び氷に閉ざされた。
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